炎一族の宗主はマダラが相対すると、攻撃もすることなくあっさりと帰って行った。

 うちは一族の集落は大きな打撃をうけ、所々燃やされ、壊されていたが、殺された人間もおらず、一応何とか炎一族を撃退できたかのように見えていた。だが、マダラは避難していた女たちの所に行って愕然とした。





「…なんだこれは、」





 結界が完全に炎で破壊され、近くにあった家屋はほぼ全壊している。老人は呆然とし、女たちは皆固まって震えていたが、全員怪我をしている雰囲気はない。






「まだ、ら、様…」






 震える声で一人の女が、マダラを呼ぶ。

 精悍な顔つきと、長くまっすぐな黒髪の印象的な彼女は、の護衛をしていたアスカの妹だったはずだ。別段親しくはないが、何度か話したことはある。確か名前はカワチと言ったはずだ。

 彼女は腕にマダラの娘のアカルを抱えており、アカルは酷く泣きじゃくっていた。






「…アカル、」






 マダラは無事だったのかと気の抜ける思いで、まだ7ヶ月ほどの娘を抱きとる。こんなに泣きじゃくってよく攻撃のターゲットにならなかったものだ。運が良いのかも知れないなと思ったが、ふとマダラは顔を上げた。






はどうした。」






 アカルがこんなに泣きじゃくっているというのに、が放って置くなどおかしい。マダラが辺りを見回すが、固まった女たちの中に紺色の髪は見あたらなかった。

 問わなければいけないのに、恐ろしくて中々口に出せない。





「うぁああああ、ひっ、あぁあぁぁ、うっ、うっ」






 マダラがあやすといつも機嫌を直してすぐに泣き止むはずのアカルが、揺らしているのに全く泣き止まない。それが嫌な予感を助長させて、マダラはぞっとした。






、様を、炎一族の男が、」






 申し訳ありません、とカワチは頭を深く下げる。近くにはアスカが昏倒した状態で横たわっていた。

 カワチと他の女たちがを避難所の中に入れようとカズナと揉めている時に、銀色の髪の男が現れたのだ。男はあっさりと近くにいたうちは一族の男たちを組み伏せ、結界を白い炎で破った後、言ったのだ。






「取ったものを帰さぬなら、人質をとるしかないと、」

「人質、だと?」

「はい、最初はうちはのものが名乗りを上げましたが、様が…」




 自分は頭領の妻だから、人質ならば都合が良いだろうとが自ら立ち上がったのだ。






「…その時に、これを…」





 カワチはそっと小さな紙切れをマダラに渡す。それには走り書きをしたのだろう。ミミズが這ったような文字で1言、「見捨てて」とだけ書かれていた。

 マダラは確認して、拳を握りしめる。

 はおそらく、うちは一族が自分を歓迎していないことは百も承知だった。だからこそ、うちは一族の頭領の妻として炎一族に行くことで、頭領の娘のアカルを守ろうとしたのだ。自身、自分がうちは一族にとってなんの価値もない存在だと、人質にもならないと理解している。

 母親を奪われたアカルは、ぐずぐずとまだ鼻をすすり、マダラにしがみついている。マダラは娘の背中を撫でながら、焦り、狼狽える自分の心を落ち着けようと努めた。






「どうして、完全に避難所を閉めなかったんだ。」





 イズナは狼狽えるマダラの代わりにカワチに尋ねた。

 もしも彼女達がきちんと避難所を閉めていたら、例え炎一族の者でも見つけられなかったはずだ。結界のカモフラージュも作ってある。要するに彼女達は扉を開けたままにしていたわけだ。もちろん避難の状況もあるが、人が来た時だけ、扉を開けるという方法もあるはずだ。






「それは…、」






 女たちは皆、一斉に一人の年老いた老婆―カズナに目を向ける。カズナはその皺だらけの顔を怒りで赤くした。






「何が問題があるのです!あの女はうちはではない、人質として何ら関係はないではないですか!!」






 はうちは一族ではない。だからこそ、をうちは一族の避難所にはいれなかった。うちは一族に対しての価値は、うちは一族でないにはないからこそ、避難所に入れる必要性がないと、カズナは思ったのだと主張する。

 だがそんな言い訳が許せるほど、マダラは冷静ではなかった。






「ほぉ、その首で贖えるとでも言うのか、」






 つかつかとカズナに歩み寄ると、マダラはがっと彼女の首を掴み、無理矢理立たせる。その神経の浮き出た首は、それでもの物よりもずっと太かった。足をばたつかせ、何とか空気を確保しようとする様が見苦しくて、マダラは眉を寄せる。





の価値が、おまえで贖えるとでも、」

「兄さん!」






 イズナが慌てた様子で止めて、首を絞めているのとは反対の手に抱えられているアカルを示す。アカルは泣き止んでいたのに、父親の不穏な動きを感じてか、またぐずり始めていた。

 マダラはぱっと手を離す。どさりと地に落ちた体をマダラはなんの感情もなく睥睨する。カズナは死んではいなかったが、もう気を失ったのかぐったりしていた。






「あんまりです!!」





 向こうからやってきたイカダが、カズナを見て声を上げる。

 カズナはこの間谷を通り、炎一族に襲われた時に唯一生き残ったイカダの妻だ。だからこそ、どちらもがが嫁いでくることにも反対だった。しかし、今の状況を作り出したのは間違いなく、の予言を無視し、谷の道を無理矢理通ることによって炎一族とのもめ事を起こしたイカダ自身だ。





「おまえらは何も分かっていない、」





 マダラはに対して冷たく当たっていたイカダたちを初めとする全員を見回す。





「あれに変わる遠目を持つ人間が、いるのか?」





 は蒼一族の出身であり、うちは一族と違う瞳術を持つ。蒼一族は非常に数が少なく珍しい一族であり、同時に劣性遺伝であるため、蒼一族のほとんどは他家に娘を嫁に出さない。同族婚を推奨している。そのため、蒼一族以外で透先眼を保有するのは、うちはとたった一つだ。







「あれの妹は扉間の妻だぞ。いくらでもうちはの悪い印象を吹き込むことが出来る。」






 の妹・愁は千手一族に嫁いでいる。愁とは非常に仲が良く、頻繁に連絡を取り合っていると同時に、難しい案件があっさりとうまくいくのは、が先に愁に話し、愁が夫の扉間や、その兄で千手の頭領である柱間と話し合って折り合いをつけるからだ。

 逆にうちは一族に反意があれば、それを相手に言うことだって出来るのだ。もちろん、がそれをするとはマダラとて思っていない。だが、可能性はあるのだ。






「千手が婚姻上のつてを持つのに対して、俺たちは何も持たない。その意味が分かっているのか?」





 千手一族は頭領の柱間が渦の国うずまき一族のミトを、弟の扉間が蒼一族の愁を嫁にし、他の一族との融和を図っている。忍の緩やかな休戦協定を結び、それを足がかりに同盟を作り、協力していく傾向にあるというのに、うちは一族はそれと完全に逆行している。

 時代の流れについて行けない。それは同時に、滅びを意味する。






「武力は確かに重要だ、だが、この戦いの時代は、変わりつつある。」





 確かにうちは一族は武力という点では余すことなく持っているが、徐々に武力だけでは生き残れない時代にさしかかっている。様々な一族が同盟することによって術は多様性を増し、協力によって方向性も読みがたくなるだろう。

 だからこそ、普通に考えてもは時代の象徴であり、重要な存在なのだ。





「もしもに何かあれば、覚えておけ、」






 イカダと気絶したままのカズナを緋色の瞳で睥睨して、マダラは口にする。






「おまえらの首を炎一族に差し出してわびるしかあるまい。」






 が避難所に入ることを拒否して人質として炎一族に攫われたと分かれば、蒼一族も黙ってはいないだろうし、千手に嫁いだ妹の愁も怒り狂ってうちはを糾弾することだろう。炎一族と争いを望んでいない休戦協定に調印した多くの一族に、このことを知らせれば大事になるのは間違いない。

 だがどちらにしても知らせなければならないだろう。







「くれぐれも炎一族が慈悲深いことを願うんだな。」






 引き渡した後、炎一族がどうするかは相手によって決められることになる。仮に炎一族がそれを求めなかったとしても、休戦協定を結んでいる一族に、見せしめとして引き渡さなければあちらも納得すまい。うちは一族を嫌っている奴らも多くいる中で、どういう扱いを受けるかは非常に興味深いところだ。

 真っ青の顔で項垂れるイカダを見ながら、マダラは娘を抱き直した。



透かして見える殺意