大きな口寄せ動物に乗せられて数時間ほどでたどり着いたのは、驚くほどに大きな屋敷だった。

 を攫ったのは綺麗な銀色の髪をした男でが目を見開くほど整った顔立ちをしている。綺麗な銀色の模様の入った緑色の着物を纏った彼は、少し申し訳なさそうに目じりを下げていた。屋敷に入ると先に戻っていたのか、もう一人同じような容姿と緋色の着物を纏った男がいた。そちらの方にはも覚えがある。

 谷を視た時にいた、長なのか、ひとまず身分が高そうな男だ。とはいえどちらの男も炎一族内では重要な地位を占めているのだろうと服装と周りの者たちの態度で十分に理解できた。




「喉が渇いているだろう。飲め。何も入れていない。」






 開口一番、彼は近くの座布団に自分が座り、に席を勧めてからそう言った。

 侍女と思しき女性がぱたぱたとの前に茶と茶菓子を置いて行く。それを見ては目をぱちくりさせる。どうやら突然殺されたりと言うことはないらしい。少しだけ安堵して顔を上げると、目の前の男とばっちりと目が合ってしまった。

 灰色がかった青色の、独特の色合いの目をしている。






「余は宗主の白磁。彼は風雪。余の弟だ。」





 彼は自分の自己紹介をしてから、を攫った方の男を示した。






「えっと、わたしは、です。」





 も一応自己紹介をする。人質の自分が自己紹介をするなどおかしな話だったが、それを忘れるほど、彼らの自分に対する扱いに危機感が持てなかった。何となく、自分を傷つける気がしないのだ。





「最初に言っておくが、余は汝を殺す気はない。ただ取られた物が取り返したかっただけだ。それが取り返せれば別におまえを攫う理由もなかった。」






 白磁と名乗った彼は大きなため息をついて肘掛けに頬杖を突く。






「とられた、もの?」






 は小首を傾げて、尋ねる。






「あぁ、うちは一族は、余らの伴侶の首飾りを取っただろう?あれは特別なものだと承知のはずだ。帰して貰わねば困る。」

「え?」





 うちは一族は、と言われても全く覚えがなかった。






「どういったものなんですか?形とか。」

「青色の、特別な鉱石で出来た首飾りだ。」

「…青色の首飾り?」







 確かにに知らない所でやっていたら分からないが、なんと言ってもとマダラの私室は同じ、寝室も同じだ。金庫というかそういう特別な物を隠す部屋もあるが、彼は当然に隠そうとしたことはないし、大体のことは教えて貰っている。

 そこには確か青色の鉱石の首飾りなどなかっただろうし、炎一族の襲撃の件があった後ならばなおさらばたばたしたから、あそこを開けたことはなかったはずだ。





「頭領のマダラさんは多分知らないと思います。…というか、その話自体一度もうちは一族では聞きませんでした。」






 が知らないことは知らない動きはそれなりにあるだろうが、もしも意図して取っていたならばに地図の作成などの依頼が来るはずだし、それが特別な物であれば炎一族からの報復も恐れてもっと警戒していただろう。それがなかったと言うことは、マダラは知らない。






「それに、生き残ったのは、イカダさんだけです。もしかしたら彼が…」






 谷に行った6人のうち炎一族に襲撃されて生き残ったのはイカダという老人ただ一人だった。5人は消えた、おそらく炎一族に殺されたのだろう。

 谷は炎一族の領域であり、この時代、他人の領域に入ることは襲撃を意味し、殺されても文句は言えない。知らなかったこととは言え、領域に入った時点で殺されても文句は言えない。ましてや、特別な何かを取ったのであればなおさらだ。





「こちらも4人が犠牲になった。」





 ぼそりと、風雪と言われた青年が口を開く。





「交戦に、なったのですか?」





 詳しくはも過去視をしていないのでそこまでは視ていない。が尋ねると、僅かに白磁が声を荒げた。





「あぁ、余の妾が亡くなった。」





 その言葉に、は気が重くなるのを感じた。怒りが僅かに覗く白磁の様子から、妾とは言え愛された女性だったのだろう。それをイカダたちは殺したのだ。

 どういった経緯だったのかは分からない、だが、失われた命は戻って来ない。





「だから汝と交換で、首飾りをかえして欲しい。」





 白磁は伴侶の首飾りだと言ったから、おそらくその首飾りは殺された妾の持っていたものなのだ。もうなくなっているのだから、それは形見と言うことになる。値段云々の前に返して欲しいと思うのは人間として当然の感情だろう。

 ただ、が助けてやることは出来そうになかった。




「…申し訳ありません。わたしは、うちは一族の娘ではないんです…。」

「何?」

「だから、人質としてここにおります。頭領の妻ですが、わたしにはなんの価値もありません。」




 は彼らの手助けが出来ないことは本当に申し訳なかったが、そう返すしかなかった。

 うちは一族は蒼一族が頭領の妻になる事を、望んでいなかったのだろう。能力故に必要とされるだろうと思っていたが、それは甘い考えだったと思う。武力を重視するうちは一族にとって、は索敵追尾は出来ても、戦えない役立たずだ。




「はぁ?おまえはうちはの頭領の妻なのだろう?」






 流石に驚いたのか白磁は不思議そうにを見て、首を傾げた。

 普通ならば仮に頭領の妻に迎えたのなら他の一族の娘とは言え有力家の娘だろう。だからこそ政略結婚で愛情がなかったとしても一定大切にされるのだ。そしてだからこそ、お互い便宜を図る。それがなければ、何の意味もないだろう。

 普通なら他家の娘が人質に取られれば、うちは一族の中だけの問題ではなく、娘の生まれた家からも責められるのが道理だ。むしろ人質としての価値は、生家との関係を考えればより上がる。

 だが、はそれは違うと言う。




「妾なのか?」

「正妻です。…わたしはうちは一族に初めて嫁いできた他の一族の娘なのです。最近の休戦協定の件はご存じだと思いますが、その…関係で。」





 が断言すると、白磁はあからさまに大きなため息をついた。






「聞いてはいる、千手が中心としてまとまりつつあるという話だろう?汝が役に立たぬと言うなら、そうだな、ならば、休戦協定に参加しているすべての一族自体を脅そう。」

「!?」

「余らに汝を人質に取るという以外に、力がないというわけではない。」






 炎一族はこの辺りも含め、農作物を自分たちで生産し、それを商業都市・不知火で売っている。それは強いてはうちは一族や千手一族を初めとする忍たちが住まう一体の食糧供給を担っていると言うに等しい。これは大きな事実だ。

 うちは一族が首飾りを取ったため、頭領の妻であるを人質に取った方が話が手軽にすむと思ったが、人質に意味がないならないで、炎一族には多数打つ事の出来る手があった。





「あ、あの…わたし、どうなりますか?」





 はあまり聞きたくないことではあったが、おずおずと尋ねる。

 白磁からは全くと言って良いほどを害する感情は感じられなかったが、確証があるわけではない。思わず役立たずの自分はどうされるのかと恐ろしくなったが、白磁は軽く首を傾げる。





「実家はどちらだ。」

「蒼一族です。」

「ならば、汝は汝の実家に返そう、いや、それでは困るのか?」

「え、あの、」

「政略結婚なのだろう?戻ると困るのか?いやなら別にいくらでも家は用意しても良いし、こちらも攫ってきてしまって気の毒なことをしたしな。」





 白磁は立ったままでいる弟の風雪をちらりと見て、どう思う、と短く尋ねた。





「どちらにしても、進退は休戦協定の中心人物たちを脅してからで良いんじゃ無いか?」





 あっさりと風雪は言う。

 別にを連れて来たのも、おそらくそれでうちは一族が首飾りをあっさり返してくれれば良いな、くらいの軽い感覚で、全くと言って良いほどの能力を利用しようという気概は、二人の両方から感じられなかった。

 この間出来たばかりの忍の休戦協定を脅すと口では確かに言っているが、別段言う程本気ではないだろう。ただそれであっさり内輪揉めで休戦協定が瓦解すると言うことは十分に考えられる。

 とはいえ、炎一族は別にどちらだって良いのだろう。それは首飾りを奪われたことや一族の一員を殺された事には憤っているが、炎一族自体の余裕と経済力の現れだと言える。だからこそ簡単にに家を与えるなんて言えるのだ。





「行幸の気分で、ゆっくりしていきたまえ」





 白磁が厳かに結論を出すのを聞きながら、はあまりに違う、初めての世界に目眩がした。



別世界への扉