うちは一族と休戦協定を結んだ忍たちの一族に届いた通告は、恐ろしいものだった。

 うちは一族が奪った首飾りを返さ、返さなければ、休戦協定を組んだ忍たちが住まう一体の通商を妨げるというのが、炎一族が休戦協定を甘受しているすべての一族に突きつけた要求だった。




「首飾りを返せ?」





 正式な要求を受け取ったマダラは、眉を寄せる。




「…マダラ、首飾りなんかに興味があったのか?意外だったな。」





 柱間はまったくお門違いのコメントを漏らし、彼の腹を隣から弟であり、愁の夫でもある扉間が肘で突いた。






「首飾りとは、どういうことだ?」






 マダラの弟のイズナも聞いたことも無い話に、思わず要求自体を訝しむ。だがこれが要求として出てきている限りは、少なくとも炎一族は首飾りをうちは一族が奪ったと思っているだろう。





「ひとまず、これは大事になってる。それに姉上も攫われてるってのに、なんの記述もないのは気になるよ。」




 蒼一族の当主であり、ここに居並ぶ人間の中で一番若い、まだ12歳の萩が一番この事態を重く受け止めているのか、いつものふざけた調子とは違う真剣な顔で言った。

 炎一族からの要求はうちは一族に対してではなく、の実家である蒼一族に届けられ、それが手に負えないと判断した当主の萩は、結局攫われたの嫁ぎ先であるうちは一族ともう一人の姉、愁の嫁ぎ先である千手一族の柱間を集めて、協議をすることになったのだ。




「ただ、マダラもイズナも、首飾りの事を知らないんだろ?お手上げじゃないか。」





 柱間はあっさりとした口調で言うが、そう言ってしまえば何も解決しない。






「だが、そもそもどういった経緯で、そう言ったことになったんだ。それが分からないことには。」





 扉間は冷静にマダラに問う。状況を把握しないことには対策もとれない。





「…もしも、首飾りを隠してるって言うなら、イカダだよね。」





 イズナはちらりとマダラを窺う。 

 うちは一族の長老のひとりであるイカダは他の5人とともにが止めるのも聞かず、炎一族が治める谷へ誤って進入した際、唯一生き残った。もしも炎一族の重要な首飾りを奪ったとするならば、あの男しかいないだろう。 

 大切な首飾りを取り戻すために炎一族はうちは一族の集落を襲い、首飾りを見つけようとしたが見つけられず、人質としてを奪ったのだ。





「んー、二つ疑問だよー、その話。」




 イズナの状況説明に、萩はによく似たくるりとした紺色の瞳を瞬く。





「首飾りって、取り返しに来られてるって事はかなり大事な物なんでしょ?そんな大事なもの、誰から奪ったの?」




 まだ声変わりの終わっていない高い声音は少し不機嫌そうに響いた。

 元々領域に入ってこない限り中立を旨とする炎一族がうちは一族の集落を襲い、最近できはじめたとは言え多くの一族が参加する休戦協定を敵に回し、大がかりな圧力をかけてまで取り返したい思う程貴重な首飾りを、そもそも誰が持っていたのだ。




「わからん。そもそも、谷のルートはが危ないと言い出して相当止めたんでな。俺たちは別ルートを使った。それを無視した6人だけがそこを通ったはずだ。5人は帰って来なかった」





 当初知らなかったとは言え谷は炎一族の領域であり、再び侵入することは危険すぎるため、遺体の確認すら出来ていない。谷で何があったのかに関しても、マダラには全く分からなかった。

 正直マダラには把握できるのは目の前にある状況だけだ。





「姉上が必死で言ったのに行ったって、相当うちは一族も馬鹿だよね。自分で死にに行くなんて自業自得だよ。」





 萩の言葉は全くと言って容赦がなかった。そのせいで姉が危険な目に遭っているのだからなおさらだ。

 蒼一族の勘は大体八割当たるのだから、従っておくのが大体当然の反応なのだろう。とはいえマダラの前でこの歯に衣着せぬ物言いは、穏やかで童顔のにそっくりの容姿をしている萩の、もう一人の姉で気が強い愁にそっくりの部分である。

 扉間も流石に妻の愁の発言は止めるが、幼いとは言え蒼一族の当主である萩には何も言えないらしく、口をぱくぱくさせていた。

 まだ子供で他人の反応を勘以外で窺うことのない萩は、平気そうに涼しい顔で話を続ける。






「あともう一つは、姉上、うちはに連絡しても、無駄って思ったみたいだね。」

「…」

「っていうか、むしろ人質にならないって言ったんじゃないかな。」







 本来ならば、これはうちは一族と炎一族だけの問題。確かには蒼一族の出身とはいえ嫁いだ身だ。嫁の身柄を持つのは当然婚家で然るべきだ。その上炎一族の首飾りを取ったのはうちは一族なのだから、直接首飾りを返せとうちは一族を脅せば良い。

 それなのに、蒼一族に連絡してきた上、書状にはのことは何一つ書いていなかった。





はうちは一族に戻りたくないのか?」






 柱間は目じりを下げて、マダラに尋ねる。





「おまえは俺に嫁に逃げられたとでも言いたいのか?」





 マダラが僅かに声を荒げて尋ねれば、「そうじゃない。」と彼はしょぼくれた様子で言ったが、どんなに否定しようと萩の言った台詞の意図はまさしくその通りだろう。

 萩は紺色の大きな瞳でじっとマダラの表情を窺っていたが、小さくため息をついてから、水色に目の色を変えた。






「どっちでも良いけど、事態を知らないとどうしようもない。」





 その薄い水面を映すような澄んだ色合いは、現在、過去、そして未来すらも映すと言われる透先眼だ。






「おまえらは、過去まで見えるのか。」




 マダラは目を丸くして問う。








「聞いてないの?というか、あんまり姉上の能力を積極的に使おうという気が無いんだね。」







 萩の言葉は、うちは一族の本質を正しく見抜いている。

 の能力はうちは一族にとって非常に有益だ。なのにうちは一族は他家の娘であるに積極的に戦いに関わらせたりしない。信頼していないのだ。対してマダラはを愛しているからこそ、あまりにうちは一族の戦いにを引き込もうとは思えなかった。

 萩は水色の瞳で何かを見ていたが、しばらくすると目じりを下げ、目を伏せる。





「…確かに、谷でうちは一族が5人殺されているけど、最初に敵と誤認して女性とその護衛を殺した上に、首飾りを奪ったのは、うちは一族だよ。」






 谷を通ったうちは一族の面々はの予言を生半可に信じていたせいか警戒心丸出しで、最初から何かに怯えていた。谷を通り過ぎる時に通りかかった一団を襲ってしまったことは、恐怖から来た行為だろう。誤って殺してしまった死んだ女性の首飾りを奪ったのはその遺体を処分しようとしたからだ。

 だが、襲われたことに気づいた炎一族側の反撃によって、うちは一族の5人が殺された。生き残ったイカダは持った首飾りを返すこともなく、持ったまま命からがら逃げてしまった。

 どちらにしても領域に勝手に入ったのはうちは一族であり、炎一族は元々自分の領域に踏み込んだ場合、皆殺しにすると通達がある。領域に知らなかったとはいえ入ったことは、十分に宣戦布告と判断されても仕方がないし、犠牲になった5人には悪いがそのことについて炎一族側に罪はない。

 むしろ、誤認とはいえ女性を襲ったことの方が問題だ。





「…イカダのせいか、夫婦で首を揃えて持ってくるべきだったな。」





 マダラは机に肘を突いて、吐き捨てた。イカダを妻のカズナがを見捨てた時点で、両方揃って首を切って持ってこれば良かったと心から後悔する。





「首飾りを早く取り返さないと、この休戦協定に参加している多くの一族たちも多大な被害を被ることになる。少なくとも炎一族はうちは一族の失敗を休戦協定に参加するすべての一族の失敗と見なしていると言うことだ」






 扉間はマダラとイズナを睨み付ける。

 炎一族に早く首飾りを返さなければ、通商を阻害され、経済的に抑えられてしまう。その前に、うちは一族は行動を取らねばならない。






「うちは一族の顔に泥を塗ったんだ。…炎一族にイカダの首と首飾りを返すと交渉してくれ。」






 マダラはぐっと机の上で拳を握って言い切る。

 イカダの行動は結果的にの意見を無視したという簡単なことではなく、休戦協定の証でもあるを攫われ、炎一族との戦争、ひいては結ばれた他の一族と結ばれている休戦協定すらも壊すかも知れないという重大なことに発展した。その責任は、彼の首だけでは贖えないほどだ。





「出来そうなのか?」





 不安そうに柱間は萩に尋ねる。





「勘的にはOKだけど…」 






 萩は水色の瞳を数度瞬いて紺色の瞳に戻してから、続けた。





「個人的なことで悪いんだけどさぁ、マダラ義兄上と姉上って、仲が悪いの?」

「萩!?」







 あまりにプライベートそのものの質問に、扉間が目を剥く。真面目な扉間にとって公の場でのその質問は容認しきれなかったらしい。

 むしろマダラは萩が義兄上と呼んだことの方が不自然で気になったが、それにマダラは無言で返した。

 少なくとも、和解してからマダラとは喧嘩をしたことはないし、周りの雑音はともかく、二人の間に波風が立ったこともなければ、が不平不満を言ったことは一度もなかった。だがそれが逆にマダラの自信をなくす。


 が心の中でどう思っていたのか、マダラは知らない。






「だって、自分の姉のことだし気になるじゃない。なんか人質にもされないくらい価値ないって判断するってさぁ、酷い扱いされてるのかなとか思うじゃん?」

「でも、マダラは生まれたばかりの娘に下手惚れだよなぁ?」





 柱間はさも不思議ですというきょとんとした顔でマダラに尋ねる。

 休戦協定を結んでから柱間はよくマダラと顔を合わせるせいか、一応それなりの話も聞いている。また、柱間と嫁いできた弟嫁で、の妹でもある愁と柱間はふざけ仲間で、よく馬鹿みたいな事をして一緒にミトに怒られていた。

 そのため、マダラの話を弟嫁経由でよく聞いているらしい。





「毎日娘をよしよししてるって言ってたぞ。」

「でもさぁ、こんなことになってるんだよ?」

「そんなことないさ、毎日の部屋に入り浸ってるって言ってたぞ。」






 マダラに関する極めて無意味なマダラ擁護をする柱間と現実的な状況把握から姉に対する危惧を主張している一番幼いはずの萩を見ながら、マダラは頭痛がした。

 ひとまずが心配でたまらなかった。

無意味な螺旋を描く