はたまに夢を見る事がある。

 柱間や扉間と似たような岩のある、見たこともないような大きな里で、少女が笑っている。紺色の長い髪の少女は驚くほど自分にそっくりの童顔で、大きな紺色の瞳をしている、小柄で色白だ。

 その紺色の髪と瞳から、彼女は蒼一族の少女であると分かるけれど、は彼女を一度も見たことがない。たまに出てくる彼女の父親だと言う男はどこかの弟の萩に似ていて、彼もまた蒼一族のようだったが、は彼もまた知らなかった。



 だからはそれが未来だと知っている。



 たまにある事だ。誰も知っている人が居ないから、自分と関わりはあるけれど、きっと遠い未来のことなのだろう。

 長い着物の袖を翻し、楽しそうにはしゃぐ少女の背中には蒼一族の五咲きの花の家紋と、炎一族の一つ羽の家紋がある。

 少女は肩に白い蝶を連れていた。




“母上、”






 少女がその紺色の瞳を細めて、己の母を呼ぶ。

 振り向いたのは波打つ桃色がかった銀色の髪を持つ大人びた美貌の女性で、優しく灰青色の瞳で弧を描く。その涼しげな美貌は白磁と言うよりは風雪によく似ていて、は小さく笑う。






“あら、宮。どこにでかけるんですの?”






 彼女は娘に柔らかく微笑みかけ、娘を愛おしそうに呼ぶ。





“イタチとサスケとねぇ、お団子やさん、”




 少女は無邪気に答えて、後ろを振り返る。は少女の後ろにいた青年と少年を見て目を丸くした。

 一人は漆黒の柔らかそうな髪の、それを一つに束ねた青年で、少女よりいくつも年かさだろう。落ち着いた柔らかさとともに、少女を見る漆黒の瞳には優しさと溢れんばかりの愛情が透けていた。

 少年の方は少しマダラに似て固そうな髪の、少女と同じ年頃だった。照れ隠しなのかそっぽを向いて不機嫌を装っていたが、僅かに口角が上がっていた。

 彼らの服にはうちは一族の家紋が縫い付けてある。






“サスケ君は、甘い物が嫌いでなくて?”

“父上が行ってこいってー。代わりに好きなのも買ってきて良いよって言ってたよ。”

“まぁ、宮とイタチさんには行幸ですけど、サスケ君には苦行ですわね。”







 少し呆れた口調で女性は袖の影でくすくすと笑う。笑われた少年は眉間の皺を深くしたが、少女が気づくことはなく、鈴を鳴らすように軽やかに、楽しそうに笑うだけだった。






“雪さんも何かいりますか?”





 青年が気遣うように女性に言う。





“あら、未来の息子から貢ぎ物なんて、楽しいですわね。”

“母上はどら焼き好きだよね。”

“えぇ、じゃあそれをお願いしようかしら。くれぐれも気をつけるんですよ。”









 母親は少女にありきたりな声をかけて送り出す。

 幸せ過ぎるほどに、優しい、温かい夢だ。が望んだ、一族なんて関係ない、互いが互いに寄り添う、ただ当たり前に温かい、家族の風景。それは遠い、遠い、には手に入らない、遠い世界のものだ。それでも決して繋がっていないわけではない。

 関係ない未来を、たちが見る事は出来ないから。





“いってきまーす!”





 少女ははにかむように笑って青年と少年の手を取り、嬉しそうに母親に言う。弾けるような笑顔は一片の曇りもなく明るい。

 髪の色も、目の色も容姿も全く違う。一族も全く違う。それでも少女は曇りなく笑い、女性は娘を心配している。青年と少年も柔らかな目で少女を見ている。

 そこには、が求めたものがすべて存在していた。



















?」






 高い声がの意識を揺さぶり、目を覚まさせる。目を開けると、目の前にいたのは銀色の髪に灰青色の瞳をした小さな子供だった。

 四歳の炎一族の東宮白縹だ。


 どうやらは座ったまま眠っていたらしく、幼い東宮は仁王立ちをしてむっとした顔をしていた。そういえば花札の真っ最中だったかも知れない。うとうとしたのは覚えているが、実際に眠っていたのは数分と言ったところだろう。なのに随分と長い夢を見ていた気がする。






、ねちゃうなんてひどい。」






 のうたた寝は東宮の機嫌を頗る損ねてしまったらしい。






「いい加減もう眠る時間だと言うことだ。」







 風雪は幼い甥御の背中を軽く叩いてせかす。

 かれこれ時間はもう既に9時を過ぎている。大人にはまだ眠るに早い時間だが、幼い東宮はもう眠るべきだろう。

 は先ほどの夢の余韻に目をぱちくりさせた。





、うれしそう。」






 を見ていた東宮が話をそらすように言う。







「うん。嬉しい夢を見たの。」

「どんなゆめ?」





 東宮にとっての会話は少なくとも夢の話であっても、眠りに行くよりも楽しいものなのだろう。の膝に頭を置いて、ぽんぽんとの膝を叩いて話の続きを求めた。









「蒼一族の女の子が、笑ってるの。」

「わらってる?」

「うん。お母さんと恋人に囲まれて、笑っている夢だった。」





 は笑って言うと、つまらない話だったのか、東宮は興味もなさそうに「ふーん」とだけ言った。






「お母さんはきっと炎一族の宗家の人でね、恋人はうちは一族の人だったの。」

「荒唐無稽な夢だな。」






 風雪はの言葉にあっさりと言った。

 少なくとも今の情勢では母親が炎一族、本人が蒼一族、そして恋人がうちは一族なんてあり得ない話だ。

 炎一族は自分の領域を守るためにどことも同盟をせず、休戦協定にも参加していない、蒼一族は希少な血継限界を持つ非常に規模の小さい血筋で、劣性遺伝であるため蒼一族同士でしか紺色の髪の子供は生まれてこないし、うちは一族は炎一族の東宮の母を殺している。相容れるはずもない。


 今の段階では本当に、まさに荒唐無稽な夢だった。






「そうだね。でも時は動くものだから、」






 はそれを身をもって知っている。

 今まで一度も外に出ず、ただ結界の中だけで過ごしてきた蒼一族が結界の外に出て休戦協定に参加し、千手と同盟を結んだように、そして同族婚だけを繰り返してきた蒼一族が他の一族にを嫁に出したように、時代は変わる。

 争い続けていた千手とうちは一族が手を組んだ。休戦協定は大きくなり続けている。

 世界はあっという間に過ぎていく。変わっていく。今はあり得ないこと、あり得ないものが、次の世代では普通になる事だってあり得るのだ。





「ふぅん。じゃあそのおんなのこは、とおなじ、こんのかみかな。」





 東宮はにこにこと笑いながら、長いの髪を軽く手に絡めて笑う。





「うん。そうだよ。」






 は夢で見た少女を思い出して、頷いた。






「そっか、じゃあ、ぼくのこどもにこんのかみのこがうまれたら、だね。」







 東宮は何気なくそう言って、の腰に抱きつく。夢の解釈はいくつもある。は彼の視点に逆にはっとさせられた。

 それはあまりに本質を理解した、的を射た意見だった。

 きっとあの蒼一族の少女の恋人であろう青年はうちは一族だった。幸せそうに手をつないで、お互いに笑いあっていた彼女は、いつかのように彼に嫁ぐのかも知れない。

 ある意味で彼女はもう一人のだ。






「うん。でも、きっと彼女は違うよ。」






 彼女はきっともっと望まれた形で、彼と寄り添うだろう。

 もっと穏やかに、幸せに。そしてよりずっと長い時間を。

夢見焦がれる