がうちは一族に戻ることになったのは更に二日後のことだった。
熱は下がっていたが、流産の可能性もあるのでゆっくりするように宗主は言ったが、出血の収まっていたは帰ることに決めた。
「首飾りは確かに返して貰った。」
イズナが持って来た首飾りを確認して、炎一族の宗主の白磁は一度それを自らが持つ白色の炎で燃やしてから、鷹揚に頷く。その淡い色合いの鉱石は傷一つついておらず、それどころか光って白い炎をかき消した。
青色の光る独特の色合いのその首飾りは、宗主の伴侶の首飾りと言われているが特別な力を持っており、それを与えられるのは跡取りの親だけだ。はそのことを宗主の弟である風雪から聞いた。と首飾りの受け渡しの場には、彼もいる。
不思議なその鉱石は白い炎から一定の範囲を守るらしい。
白炎こそが宗主を宗主、宗家を宗家たらしめるすべてらしく、その白い炎はかつて六道仙人より昔の頃に住んでおり、先祖でもある鳳凰が炎一族に愛情の証として残したものらしい。
その白炎を持つ者は親の片方が必ず白炎を持っている。要するに遺伝な訳だが、そうすると、もう片方の親はその炎を少し子供が暴走させるだけで死ぬことになる。それを防ぐために宗主の伴侶に与えられるのが、その首飾りだった。
首飾りを渡されると言うことは、白炎を持つ東宮の親であるという証でもあるのだ。
東宮の母であった女性はうちは一族のイカダたちに殺されてしまった。だからその首飾りを持つべきなのは、次に宗主となる東宮だ。
「…、かえるの?」
4歳になる東宮は仲良くしていたが帰るのは嫌らしく、なかなかの袖を掴んで離さなかった。母が亡くなり、寂しくてたまらないのだろう。
は彼の前に膝を突き、白銀の髪をさらりと撫でる。
「約束して、東宮、」
まだ4歳の彼は、きっと今日のことを覚えていないだろう。きっと彼がこの意味を知るのは、ずっと先の事になる。は小さな体を己の体にいる子供ごと抱き締める。
少し他人より体温の高い体は、確かな重みを持っている。
「貴方の子供たちの中に、またわたしによく似た子に会える。」
は夢を思い出して、優しい声音で言う。
「きっとその子は滅びとともにわたしの夢の欠片になる。」
いつか、の夢の欠片はきっと、の子孫ではなく、彼の子供たちの一人として生まれてくるだろう。それと同時におそらく蒼一族は消滅する。
「その子に、大好きよ、と伝えて頂戴。」
はきっと彼女に手助けはしてやれないだろう。かけるのは、本当に迷惑だけの気がする。
幼い東宮は不思議そうな顔をしたが、の言葉を何度か反芻した。どうやら少しだけは覚えてくれる気があるらしい。柔らかく微笑んでもう一度温もりを覚えておくように強く抱き締めてから、は彼から離れて、マダラの隣に立った。
「大丈夫?体調は。」
うちは側の代表者の一人としてきていたイズナが心配そうにに尋ねる。
「うん。ちょっと熱が高かったし、でも、流産もその、出血が、止まった、し、大丈夫、みたい。」
は義理の弟とは言え、少し流産のことなどを自分で説明するのは恥じらいと躊躇いがあるのか、たどたどしく言って、体を隠すようにマダラの腕に寄りかかった。
「様…」
高い声音で泣きそうな顔をして名を呼んだのは、避難所でカズナに拒まれた時に殴られ、気絶してしまったの護衛・アスカだ。彼は大きくて四角い体を小さくして、耳まで真っ赤にしていた。彼が気絶していたせいで炎一族にが攫われ、本来のを守るという役目を果たせなかったことを重く受け止めているのだ。
「良かった。貴方も酷い怪我をしたりしていなくて。」
笑いかけると、堪えきれなくなったのか、彼は俯いてしまった。
まさか侍女頭をしていた女がを避難所に入れないために、護衛を本気で殴るとは思わなかった。それはも一緒だったので、ただ素直にあの時アスカが失神しただけで怪我をしなかったことを心から安堵した。
「あぁ、そうだ。命令を出してな。侍女はほとんど首にした。」
「え?」
「イズナに言ってすぐにな。おまえは身の回りのことはある程度自分で出来るだろう?」
蒼一族は当主一家でも侍女をつける習慣がないため、は自分の事は自分でしてきたし、あまりに人数もいないのでそれを当然のことと思ってきた。だが人が多いうちは一族では頭領の屋敷に侍女がいることが普通だった。
とはいえどちらにしても、の性格としては別に侍女がいなくても困らない。困るのはせいぜいアカルの世話くらいのものだ。侍女の存在がに負担をかけるなら、首にしてしまった方が良い。
「でも、早かったね。」
屋敷の侍女を変えて欲しいと言ったのはちょうど二日ほど前の事だったが、どうやらマダラがイズナに連絡してくれたらしい。あまりに対応が早くては目を白黒させたが、マダラは淡々と告げる。
「あぁ、カナは首にしていない。今アカルの面倒を見て貰っているが、随分とこたえているらしいから、少し休みをやらないと気の毒かも知れん。」
がいない間、娘のアカルの世話を一任されていたのは侍女のカナだ。
彼女は元々が最初にうちは一族に攫われた時からともにいた彼女はを妹のように思い、一番にの事を考えているため、たまにを庇ってマダラと揉めることすらあったが、にとっては非常に良い侍女だった。
がいなくなってからマダラが出来ないアカルの世話をほとんど変わってくれている。とはいえ、母親がいなくなってからご機嫌斜めで眠らない、泣きわめくアカルをあやすのは簡単ではなく、ぐったりしていた。
それでもマダラがを迎えに行く際はわざわざやってきてアカルとともにマダラを送り出してくれた。とは彼女の心持ちは、なんとしてもをつれて帰ってくれと言った所だっただろう。
「あと、どうしても付きの侍女になりたいって、アスカの妹のカワチが名乗りを上げたから、しばらく侍女は二人体制になるよ。子供も増えるしね。ただ子供に関してはしばらくは言わないよ。」
イズナは笑いながらに言う。
どうやら妊娠のことをマダラはイズナには話したらしい。とはいえ、まだ数ヶ月であれば流産の危険性も消えないため、内輪だけにしておこうと思っているようだ。正式に発表するのは半年を過ぎてからで問題無いだろう。
その配慮には素直に感謝する。初めて流産の話が出たため酷く不安だったし、アカルの面倒を考えればカナが限界なのは目に見えていたから、侍女が増えるならば幸いだ。これから子供も増えることを考えればなおさら必要と言えるだろう。
「どちらにしても油断は禁物。くれぐれも安静にせよ。」
炎一族の宗主の白磁はを労るように柔らかに言った。
「はい。ご迷惑をおかけしました。」
「いや、こちらの方が悪かった。やはり他人を人質に取るというのは好かんし、やめた方が良さそうだ。二度としない。」
が深々と頭を下げると、彼は小さく笑う。その言葉にマダラとイズナも苦笑した。
白磁は宗主としては確かに甘い考えかも知れないが、非常に情に厚く、大らかだ。だからこそ、が僅かでもうちは一族に帰りたくなさそうなそぶりを見せると、人質に取った申し訳なさから留め置こうとしたのだ。
が炎一族にいる間に受けたのは本当に客人としてだけで、丁重そのものだった。
「炎一族はこれからも緩やかに繁栄するでしょう。」
偽りではなく、ははっきりとそう言った。自身もそれを願っている。
時代とともに形は変われども、炎一族は彼らが持つ広大な農土と商業都市・不知火を中心に発展していくだろう。
穏やかで絶対的な力を持つ宗主の元で。そして次の代を継ぐ、東宮の元で。
は改めて宗主と東宮、そしてもう一人、宗主の弟であり、一番長い間一緒に過ごしたといても良い風雪に目を向ける。
「良いのか?苦しい思いをするぞ。」
風雪は小さく笑って困ったような顔をしていた。男のくせに鮮やかな美貌を持つ彼に、はできる限り、自分の浮かべられる一番の笑顔を向ける。
「知ってる。でもわたしはやっぱり、好きな人の傍で生きて、人生を終えたいの。」
うちは一族は簡単に他家出身のを受け入れたりはしないだろう。これからもきっと色々と辛いことがの身にふりかかると思う。だったとしても、はマダラが自分を望み、自分のために何かをしてくれようと思ってくれる限りは、やはり傍にいようと思う。
それに、自分が未来の夢を見た時に、父の言葉を思い出したのだ。
――――――――――――――おまえは他人より短い人生を歩むだろう。だからこそ、幸せになる。
彼はそう言った。それをは、人間50年より短いのだと思った。今の戦いのご時世、外の世界では50年生きる人間の方が珍しいのだという。
30代前半で亡くなった父が、どういう意味での人生を“短い”と言ったのかは分からない。だが、は少なくとも父より長生きできる気はしなかった。
そしてだからこそ、の優れた勘が告げる。
「わたしはできる限り、好きな人と生きたいの。」
どうせ短い人生ならば、きっとどんなに辛くても、終わりの見えない戦いではない。終わりはすぐに来るはずだ。ならば、好きだと思った相手と生きていたい。傍にいたい。少しでも。
高らかに歌うように言うに、風雪は少し目じりを下げたが、納得したように顎を引いた。
別れ道