うちは一族にマダラたちが戻ると、出迎えもそこそこにが疲れているだろうとすぐに私室に戻ったが、まず最初に侍女のカナがアカルをつれてやってきた。
「かかーーーーー!」
久方ぶりに会うは、一言悲鳴のように高い声を上げると、カナの腕から出ようと手足をばたつかせた。やはり母親が良いらしい。
「駄目だ、アカル。」
マダラはそんな様子に苦笑して、妊娠が判明して重たいものを抱けないの代わりにアカルを抱き、の傍に連れて行く。マダラの腕に抱かれていることは不満だったらしいが、それでも母親の胸にしがみつけば落ち着いたらしいアカルは、子供ながら安堵の息を吐いて、の胸に顔を埋めた。
母親の元が一番安心するのだろう。
「あらら、貴方話すようになったの。」
「ちなみに最初の言葉は“とと”だったよ。」
イズナが付け足すと、は少し目じりを下げて不本意そうな顔をした。
「ずるい…」
「そうすねるな。俺がすねたくなるほど、アカルは不機嫌だったんだからな。」
マダラがの頬に軽く触れて笑う。それに真剣な顔でカナが同意したのは、無理からぬ事だろう。
母のが攫われてから三日間泣き叫び、疲れて眠り、また泣くということを繰り返したアカルは、父親のマダラがいようがなんだろうが、とことん不機嫌そのもので、夜泣きも悪化した。乳母をつけておらず、付きの侍女もカナしかいないため、世話はカナに一任される羽目になり、一番被害を被ったのは間違いなくカナだ。
そのためカナの顔色は良くなく、挙げ句目の下にクマまでできていた。
「ひとまず座れ、」
マダラはに用意された柔らかな座布団に座るように言う。は娘の頭を撫でてから、腰を下ろした。マダラも隣に座る。アカルは母親から離れたくないのか、とマダラの間に座り、の膝に頭をこてんと寝かせかけた。
イズナと少し後ろにカナが座ってから、廊下の方にいた女性をイズナが呼び寄せる。
女性は漆黒の髪に赤い唇の美しい、よりも5つほど年上で、にも見覚えがあった。カズナに避難所に入ることを拒まれた時、の言葉に応じてすぐにアカルを抱いてくれた、の護衛をしてくれていたアスカの妹だ。
「、彼女はカワチ。今回侍女は兄さんの命令で大分解任されたんだけど、彼女がどうしても付きの侍女になりたいって言ったんで、ね。」
「改めて、カワチと申します。」
カワチは深々と頭を下げる。
「あの時はアカルを貴方が預かってくれていたおかげで、アカルが攫われずに済みました。ありがとう。」
「滅相も御座いません。」
がそう笑いかけると、彼女ははっと顔を上げて、申し訳なさそうにまた深々と頭を下げた。
「一応、他に知らせないが、はどうやら妊娠しているらしい。心に留めておいてくれ。」
「かしこまりました。」
マダラが言うと、カナも一緒に頷く。
まだ妊娠して日が浅いため、流産の危険性もある。皆に知らせるのは腹が目立ってきてからで十分だろうが、気をつけなくてはならないことに変わりはない。
「来月には引っ越すが、おまえはくれぐれも重たいものを持つなよ。」
マダラはにも注意する。
来月、多くの一族が、休戦協定を結んだ一族が共同で作り始めた里に引っ越すことになる。それはうちは一族や千手一族も例外ではない。共同でその里を守り、結界を張り、暮らすことになる。その準備のためにいろいろと整えなければならないことはある。
マダラが屋敷を開ければ細かい指示は代わりに頭領の妻であるが出すことになる。一応イズナを置いて行くし、今まではをうちは一族のことに関わらせるのにマダラも消極的だったが、イズナと話し合って、マダラの母達が果たしていたことと同じことを出来るように人をつけながら教えることにした。
頭領の妻として完全に役割を果たすようになれば、うちは一族の見方も変わるだろう。
だが妊娠中であるので、様子を見ながらだ。
「ちなみに蒼一族の住まう一角までは歩いて20分、千手一族の住まう所まで30分と言ったところか、」
「近いのね。」
今まで揉めていた千手とうちはがたった30分の所に住まうというのは驚くべき事だ。まだもちろんわだかまりは大きく、互いに互いの親族を殺し合ってきた。憎しみの根は深い。
それでも、時はゆったりとだがすすんでいく。
「そういえば、愁がアカルを見たいって言っていたね。」
は膝の上でもううとうとしているアカルを見下ろして、そっと頭を撫でる。
母親が帰ってきて安心して疲れたのか、娘はもう眠そうだ。は自分の羽織っていた上着を脱いで、膝の上の娘が寒くないようにかけてやる。
「、おまえの方が風邪を引くぞ。」
マダラは自分の着ていた羽織をの肩にかける。
高熱が続いて流産しかけていたが娘のためとはいえ、寒い格好をするのは良くないだろう。体にもお腹の子供にも良くない。
「大丈夫だよ。わたしは体が強いんだから。」
「高熱で寝込んでいた奴の台詞じゃないな。」
「本当だよ。1年に一度も風邪を引かないんだから。」
ゆったりとした口調では言って、幸せそうに紺色の瞳を細めて娘を見下ろす。娘はもう目を閉じていて、幸せそうに母親の膝で眠っていた。
「本当に、しばらくしたらアカルはきっと兄さんとを取り合うよ。」
「言っておくが、は俺の妻だぞ。とれるわけがない。」
「どうだか、子供の特権を最大限に使ってくるかもよ。なんと言っても兄さんの子供だから。」
マダラがふざけたように返せば、イズナはからからと笑う。笑いの雰囲気に満たされ、もカナやカワチもくすくすと笑った。
「近く、うちは一族が住まう一角を見に行くついでに、千手にも会いに行く。護衛はつけていく予定だ。」
今里を建設している場所は他の一族も行き来する。万が一を考えれば護衛は必須だ。ましてや妊娠中であればなおさらだ。
「カワチは女だが腕も立つ。あまりカワチから離れるなよ。」
カワチが新たにの侍女になった原因の一つは、護衛の必要性もあった。元々護衛をしていたカワチの兄・アスカは男で、やはりどうしてもから離れることになる時がある。だからこそ、新たに妹で腕が立つカワチを雇い入れたのだ。
「ふぅん。あ、火遁の練習しなくちゃ。」
はそれで思い出したのか、少し嫌そうな顔をした。
何度か実戦に出すためにマダラはの火遁を教えたが、術自体に問題はないが速度があまりに遅く、戦いにはまったく向かなかった。おかげで今でもが使えるのは結界術と攻撃を跳ね返す水鏡くらいのものだった。
これから一族同士が共同で任務を受ける事になる。だがそれは、が出産してからになるだろう。
「無理はしなくて良い。おまえはどうやら火遁はむかないらしいしな。」
「ごめんなさい…」
「誰にでも向き不向きはあるらしい。火遁でないなら、水遁とかか。扉間は得意だったな。」
マダラは少し嫌そうな、何とも言えない表情をした。
「あぁ、愁の旦那さんの…。」
は思わずその名前に目じりを下げてしまう。
昔から気が強く傍若無人、細かいことは気にしない上、気が強い愁の嫁ぎ先が、千手の次男・扉間だと聞いた時、は目眩がした。
姉のから見ると妹は確かに気が強いが優しい子で、姉の自分を慕ってくれていた。だが、姉妹のひいき目で見ても、活発で蒼一族内でも有名な乱暴者だったため、嫁ぎ先は自分の弟以外ないだろうくらいに思っていた。
見る限り扉間は愁の発言にはらはらし、必死に止めているが、千手一族で愁はうまくやっているらしい。
特に義兄の柱間とは仲が良く、馬鹿みたいな事を二人でやって、柱間の妻のミトから怒られて二人でしょんぼりしていることもあると扉間から手紙が来ていた。ちなみに存外扉間とが連絡を取っている理由は、先頃裁縫の全く出来ない愁の代わりに、扉間の着物を縫ったからだ。
黙っておけば良いのに、愁は素直に姉が縫ったと言ったらしい。そういう所が悪気のない愁らしいとは思う。ちなみに扉間からは丁寧なお礼の手紙が来た。そういう、扉間というのは酷く律儀で、礼儀正しい印象のある男だった。
よりいくつも年上なのだが、愁に振り回されている姿は年上には見えない。
「どちらにしても、も知ることになるよ、いろいろなこと。」
イズナも扉間のことを知っているのか、少し肩を竦めて笑って見せた。
紡ぎ緩く変わりゆく日常