の容態が安定してくる妊娠4ヶ月頃を待って、すぐにうちは一族は休戦協定を作った一族同士で決められた区画に引っ越しをした。
「木の匂いが素敵ね。」
は小さく笑って、障子の向こうに広がる庭を見ながら、針に糸を通していく。
新たに作られた屋敷は和風の落ち着いたもので、広々としている。まだ新しい木材と畳の匂いが心地よくて、は目を細めた。
「あらあら、姫様、いけませんわ。早くこちらへ」
廊下から布地を持って来た侍女のカワチが困ったようにアカルを止める。
娘のアカルは6ヶ月を過ぎ、最近はごろごろ転がるようになっていて、しかもつかまり立ちまでするので、危なっかしい。少し目を離すとあっという間に布団から出て廊下に出ているので、こちらが戦戦恐恐だった。
「活発なお子様です。きっとすぐにお強くおなりでしょうね。」
侍女のカナがゆったりとに話しかける。
「うん。マダラさんに似て、美人さんになると良いな。」
「あら、様だって、」
「マダラさんは最初にわたしを見た時に12歳くらいだろうって思ったんだって。」
少しすねるように言うと、の意図するところが分かったのだろう。カナとカワチが肩を竦めて笑う。
は童顔だ。紺色の瞳は大きく、他の顔のパーツが小作りなこともあり、16歳を過ぎた今でもせいぜい13,4歳。到底子供がいるような年には見えない。
がマダラに攫われた時、は14歳だった。この時代、戦いのために成人の儀は早い。も既に成人の儀を終えていたが、それがなければマダラはを子供としか思わなかっただろうと言っていた。要するに容姿と年齢があっていないのだ。
「それにしても、様のことをマダラ様は本当に大切にしていらっしゃる。これほどの布地とは。」
カワチは布地をてきぱきと広げながら、微笑む。
その布地は淡い光沢のある明るい青色の随分と華やかなもので、一見して高価だと分かる品。もう一枚は同じ光沢のある生地の、少し薄い青色のものだ。特に明るい青色の方には銀色で薄い刺繍がなされており、光の当たり具合によって文様が浮かび上がる。
派手すぎず、それでいて鮮やかなこの布地を選んだのはマダラだった。
「本当に美しい生地ですわ。」
カナもうっとりとその布地を眺めた。
二枚あるどちらもが仕立てるが、片方はのもの、もう片方は嫁いだ妹の愁のためのものとなる。が着る方が格段と質が良いのは、がうちは一族の頭領の妻だからだ。あまり衣装の色合いが被るのは良くないが、姉妹の上、姉妹としての順列は正しいので、お互いが納得しており問題はなさそうだった。
来月に休戦協定が一年続き、それに里が作られたことを祝い、宴が催される。そのために着るもので、うちは一族と千手一族は中でも二大巨頭と言っても良い。があまり無様な格好で行くことは許されない。
おかげで衣装に関しては細心の注意を払うことになった。
宴においてあまり衣装が被るのは良くないと、千手の頭領である柱間の妻、ミトに衣装の色合いを尋ねたが、より遙かに年上であり、衣装も持っているのかすぐに白い衣装に赤い帯を着ける連絡があった。青ならば色が重なることもない。
ミトに直接言葉を交わしたことはないが、緋色の髪の美しい女性だった。
「わたしもこんな綺麗な衣装が着れるなんて幸せ。」
がにこにこと笑う。それは綺麗な服が着れることを喜ぶ年頃の少女そのものだった。
「様でしたら、本当に縫い師よりもお綺麗に仕立てられますわ。」
カナはの裁縫の腕をよく知っているので、自分が手を出すまでのこともないとよく知っている。もちろんカナも侍女として裁縫が出来ないわけではないが、の腕は一段上だった。
既にマダラとイズナの着物は縫い終わっているので、の仕立ての速度を考えれば問題はない。後の心配はのお腹の子供くらいのものだ。
「髪飾りはどうなさいますか?」
カワチは目を輝かせながらも、必要なものがないか目を配る。
「うん。マダラさんから貰った真珠の髪飾りがあるから、大丈夫だよ。わたし、真珠って見たことなかったから驚いたよ。」
祝言から一年たったからと、マダラがに贈ったのは真珠の髪飾りだった。
真珠はこの時代、養殖が出来ないためほとんど見つかることがない高価な品で、元々はマダラの母が所有していたものを、今風の繊細な作りに仕立て直したものだそうだ。
「蒼一族は内陸でしたか。よくは存じ上げないのですが、」
「うん。千手にほど近い、泉の近くだよ。まぁ、でも蒼一族も今はもうここから20分の区画に住んでるらしいけど。」
カワチはどこに蒼一族が住んでいたのかは知らなかったらしい。蒼一族は元々泉の近くに集落を作って自給自足の暮らしをし、結界の中から出てこないのが常だった。精密な結界を作るのは得意であるため、今回も蒼一族が今回作った里を守る結界を張ったのだという。
結界の中がどうなっているかなど誰も知らないから、結界が張られている範囲のどこに住んでいるのか、詳しい事はうちは一族でも知らないのだ。
だが現在は結局、うちは一族の屋敷から歩いて20分ほどの区画に蒼一族の集落が作られている。
「1週間後くらいには、愁が衣装合わせに来るって言っていた。」
「あらあら、でしたらまたマダラ様が嫌な顔をなさいますね。」
ある程度の人間関係を心得ているカナが少し困ったような顔をした。
一応の妹の愁は、うちは一族の宿敵・千手一族に嫁いだ。しかもマダラを嫌っている。簡単に皆が行き来できるようになったとは言え、もめ事が起こらないかと心配だ。
愁は辺り構わず暴言を吐いたりするが、その点やはりマダラは大人で、不快そうな顔はしても目くじらを立てて怒ったりはしない。呆れてはいるが、表だって文句を言うことも、大きな喧嘩に発展することもなかった。
むしろいつも申し訳なさそうにしている彼女の夫の扉間に申し訳ないというのが、の実際の心境だった。
「前は私もマダラ様が恐ろしくてたまりませんでしたが、様と一緒にいるとあんまり怖く見えません。不思議なものですね。」
カワチは顎に手を当ててしみじみと言った。
彼女は腕も立つと言うから、戦いに参加することも多い。その中で見るマダラは酷く恐ろしく、圧倒的な強さを持って君臨する頭領に相応しい。同時に同じ人間として化け物のごとき強さを持つ彼に恐怖すら感じていた。
だが、といる時のマダラは、少し言葉足らずで不器用ながら、ただ妻を慮る夫であり、アカルにとっての良い父親だった。
「ふぅん。戦ってるマダラさんはそんなに怖いんだ…今度のぞき見してみようかなぁ。」
の透先眼であれば、戦場をリアルタイムでそれを見る事は可能だ。
あまり戦いが好きではないため今まで覗こうと思ったことはなかったが、戦いを知らないにとってまず“見る”ことから知るのは良いことかも知れない。いつかも戦場に出る。前段階として、慣れるためには良いかも知れない。
「例えようもないくらいお強いです。様も惚れ直されますよ。」
カワチは確信を持って力強い声音を響かせる。
「そっかぁ。アカル。お父さんはとってもお強いらしいよ。」
は布地を自分から少し遠ざけてから、退屈してきてにもたれかかってうとうとしている娘に言う。
「と?」
眠そうな娘は、父親のことかと尋ねるように一文字口に出した。だがよく分かっていないらしく、甘えるようにの膝に乗って、だっこをねだる。
「いけませんわ、姫様。」
カナがゆったりと間延びした声で注意して、アカルをの膝から抱き上げようとする。
だが抱いてもらえないと分かったアカルはすぐに不機嫌になり、ぐずって泣きだし、カナの手を振り払ってにしがみついた。
「また泣いているのか?」
呆れたような低い声とともに、廊下からマダラが現れる。
「ごめんなさい。うるさかったね。」
マダラは少し向こうの部屋で書き物をしていたはずだ。
「いや、構わんが、何を泣いてるんだ。」
「うん、だっこして欲しいみたいなの。」
妊娠してからはあまり重いものは持ってはいけないと言われている。そのため、がアカルを抱き上げてやることは出来ない。ただ今まで母親に抱いて貰っていた娘にとっては不満だろう。
「仕方ないな。」
マダラは笑って、のしがみついている娘を抱き上げる。
アカルも父親ならば妥協できると思ったのか、ぺちぺちとマダラの顔を叩いて確認した後、小さく一つ頷いてマダラの首に手を回した。
そんなマダラの姿をカナとカワチはじっと見上げる。
マダラは娘を抱いたまま、淡く笑ってあやしている。その姿はどこにでもいる父親そのもので、日頃の恐ろしさは全くない。
「なんだ?」
マダラは物言いたげな視線を感じ、僅かに眉を寄せる。
「何も。」
カナとカワチは目配せをしてから小さく吹き出した。
布地に錦