が久方ぶりに侍女・カナと寛いでいると、騒がしさに気づいた。何か揉めているような声だったので思わずが玄関の方へと足を運んで覗くと、そこにはうちは一族の人に囲まれて何かを言われている、背の高い緋色の髪を二つにお団子にした女性がいた。




「あら、」






 は小さく小首を傾げて、彼女を見やる。何となくその緋色の髪に見覚えがあった。彼女もこちらに気づいたのだろう、はっとした顔をしてから、をまっすぐ見て口を開いた。




様と、お見受けします。」

「いかにも。わたしが、ですが、」






 を確認すると、彼女は深々と頭を下げた。





「私はうずまきミトと申す者です。貴方とお話ししたくて、こちらに足を運びました。」






 ミトと言う名前に、は聞き覚えがあった。

 うずまきミト、彼女は千手一族の頭領である柱間の奥方であり、弟の扉間に嫁いだの妹愁にとって義理の姉に当たる。うちは一族からすれば宿敵の妻だ。






「お話、ですか。上がって…」

「いけません!」






 がミトを部屋にあげようとすると、護衛のアスカが声を上げる。





「いけません。そういうことを嫌われます。」





 誰が、と彼は言わなかったが、その主語がマダラである事は火を見るより明らかだ。は案内しようとしてあげた手を下げ、周りを見回して少し思案する。

 これだけ玄関に侍女やら護衛やらうちは一族の者が集まっていると言うことは、誰もがこの屋敷に彼女をあげたくなかったのだろう。ならばあまりここで話をするのは、彼女にとってもよい事ではないだろうし、後々侍女や屋敷にいる者がマダラに怒られるかも知れない。





「わかったよ。わたし、少し出てくるから。」





 は侍女のカナに目配せをして、上着と草履を取りに行くように指示をする。






「しかし、奥方様っ、」

様っ、それは!」






 そこにいる男衆がこぞって止める。宿敵の妻と頭領の妻が出かけるなどもってのほかだと思っているのだろう。だが、ミトに敵意があるならそもそも一人でを尋ねるようなマネをしないはずだ。しかも近いと言っても、敵同士だったうちは一族と千手一族の集落は歩いて30分ほどの距離がある。

 供もつれずに来るには少し不用心だ。





「外でのお話でも、よろしいですか?」





 が言うと、「構いません、」とミトは短く答えた。





「大丈夫。少しだけこの間出来たって言う甘味屋に出かけるだけだから。」





 カナが持って来た着物を羽織り、は安心させるように優しく言う。草履をが履くに辺り、誰かがばたばたと伝令用の鷹のいる建物に走っていった。あまり長い時間出かけることは出来ないだろう。

 侍女のカワチが突いてこようとしたが、それを目で制して、は歩き出す。最近集落の近くに出来た甘味屋は美味しいという噂だ。いろいろな忍の一族が集落を作り、里となるにあたり、商売人の家や商店も増えた。そこは商店など見たこともなかったにとって、夢のように楽しい場所だ。





「甘味屋にはもう出かけられました?」

「いえ、まだです。」






 に続いていたミトは、早足での隣に並ぶ。






「だったらちょうど良かったあそこは美味しいと言う噂なのです。」





 は手を揃えて笑い、ミトを見上げた。

 彼女はよりまだ随分と背が高く、どちらかというと精悍な美人だった。目鼻立ちもそつなく整っていて、すっと背を伸ばしているため、ますます背が高く見える。年齢もよりもかなり年上だろう。

 甘味屋は昼間で、時間も食事ともおやつとも外れているせいか、もしくは出来たばかりだから、人はそれ程多くなかったので、とミトは近くの個室に入れて貰うことが出来た。お互いに人目を避けたかったし、邪魔をされたくはなかったからだ。

 お茶と軽いお菓子や甘味を頼んで、改めては迎えに座る女性を見た。






「お子様がおられるそうで。」





 呼び出したのは彼女だというのに話題をどうふって良いのか分からなかったのか、ミトは少し躊躇いがちに尋ねた。





「はい。女の子です。阿加流姫神から名を取ってアカルと名付けました。」

「日の出を表す瑪瑙の化身の名前ですね。」

「少し不遜ですけれど、どうせならば、と。」






 は小さくその時のことを思い出して笑った。

 神の名をつけるなど不遜だと言ったに、マダラは何が悪い、娘は自分にとって神にも等しい大切なものだとのたもうたのだ。その親ばかっぷりにはも呆れたものだった。

 祝言を挙げた途端に子供の出来たとは違い、ミトにはまだ子供はいないと聞いている。





「愁から、貴方のお人柄について聞きました。」






 ミトは唐突に本題に移った。の妹の愁は、ミトの夫・柱間の弟である扉間に嫁いでいる。彼女と妹は嫁同士で、親しく話すことも多いと妹からもよく聞いていた。






「それは、いろいろとご迷惑をおかけしていることと思います。」






 は目じりを下げたが、ミトは首を横に振る。





「夫、千手柱間は、この休戦協定が長く続くことを願っています。」

「はい。」

「だからこそ、それに尽力する手伝いをして欲しいのです。」







 ミトの目は縋るようだった。

 は戦いをほとんど知らない。だが、うちは一族の者たちが千手のことを語る時の、あの憎しみと悔しさの入り交じった目をよく知っている。

 彼らは自分たちが不利になってきたから千手と休戦協定を結んだだけのことで、力の均衡が変わればすぐに千手との休戦協定を破棄するだろう。その時、愁と姉妹のの事など、関係ないくらいにあっさりと、そうするはずだ。


 元々うちは一族はに人質としての価値などないと考えている。


 おそらく、千手との休戦協定が破棄されたとしても、はなんの価値もないので殺されないだろうし、一応頭領の子供の母親であるため、敵対的行動を取りさえせず、その能力でマダラを助けるなら、頭領の正妻としてそのまま遇されるだろう。

 だが、その想像は思ったよりもずっとをぞっとさせるものだった。この休戦協定があまりに不安定の元に成り立っていると改めてに再確認させたからだ。

 はその時、自分がどうするのか、想像するのも嫌だった。

 自分一人ならば蒼一族のために命を絶つことも出来た。だが、今は娘がいる。がマダラに、そして強いてはうちは一族に協力しなければ、千手一族に娘が殺されてしまうかも知れない。同時にそれは、千手一族と同盟関係にある蒼一族―自分の実家と敵対することになる。 


 つきんと、頭が僅かに痛む。






「ぁ、」





 優れた勘がに警鐘を鳴らす。だが、その杞憂に関してはが心配する必要がないようだった。




「…これは、蒼一族としての、勘ですが。」

「はい。」





 ミトはの前置きに、酷く真剣な顔になった。






「あと、5年は大丈夫だと思います。」

「その後は、」

「わかりません。でも、わたしが生きている限りは、休戦協定が続くように尽力します。」





 があまりにはっきりと即答したので、ミトは驚いた顔をして、の手をそっと握った。予想通り、彼女の手はより大きい。





「でも、一つだけ約束してください。」





 は彼女の手を握り、まっすぐとミトの綺麗で澄んだ瞳を見上げた。





「…萩と、愁をお願いします。あの子は、わたしにとって大切な、弟妹です。」





 千手と蒼が同盟し、愁が千手に嫁いだ限り、蒼一族の運命はおそらく千手と一緒にある事になるだろう。ならば、きっとミトが一番重要な人物となる。はもうきっと、弟妹を守ってやることは出来ない。





「もちろんです。それに愁は楽しい子です。」






 ミトは何度か瞳を瞬いたが、神妙な顔で頷く。ただその内容には少し眉を寄せた。







「本当ですよ。だって夫と一緒に博打に出かけたんですよ。しかもいつも負けて帰ってくる夫ががっぽり儲けて帰ってきたんです。」

「…なんてことを。」






 おそらく、愁は蒼一族特有の優れた“勘”を博打に使ったのだ。呆れて言葉も出ないに、ミトは別段気にした様子なく、楽しそうに話してくれた。
小さな協定