うちは一族とともにが里の一角に住むようになると、勝手に妹の愁と弟の萩が訪れるようになっていた。






「おかえりー」






 まだ声変わりの終わっていない独特の高い声ととそっくりの笑顔で、萩が帰ってきたマダラを迎える。

 とマダラの私室は同じであるため、寝室も同じ。皆からは仲睦まじくて良い事だと言われていたが、が人を招けば自然とマダラも会うことになる。流石に自分の屋敷で義理の弟に迎えられると複雑な気分だった。

 ましてや彼は幼いとは言え、蒼一族の当主だ。だが、座布団の上で寝そべって足をひらひらさせて出された干菓子をつついている彼は、その辺の少年に他ならない。





「お帰りなさい。…あら、萩、だらしない。挨拶くらい身を起こしてしようよ。」






 隣の部屋から襖を開けてやってきたは、いつも通りゆったりとした口調ながら、弟の姿に眉を寄せる。






「はいはい。」






 萩も心得たもので、二つ返事で体を起こし、座布団の上に座った。





「ごめんなさい。愁と一緒に衣装合わせをしていたの。」





 はマダラにわびて、隣の部屋を見やる。だが、マダラはの格好の方に驚いた。

 彼女は新しく仕立てた質の良い青色の着物を着て、珍しく長い紺色の髪を最近のはやりで、上へと結い上げているせいか、涼しげだ。髪にはマダラが贈った連なる真珠の髪飾りがされていて、着物の色が落ち着いているせいか、いつもの幼さよりも、儚さとあとげない頼りなさが、ぞくりとするほど妖艶に見えた。

 動けばやはりいつもの明るく幼い無邪気さが目立つが、薄くのせられた紅が艶やかだ。





「似合わない?」






 凍り付いたまま一言も発さないマダラに、は不安そうにその長い紺色の睫を揺らす。






「い、いや、似合っていると思うぞ。」






 マダラは恥じらいを隠すために咄嗟に早口に答えた。その途端には安堵した表情で、「良かった」と満面の笑みを形作った。無邪気にくるりと回ってみせるを見ながら、マダラは自分の口元を抑えて目をそらす。

 この年になって10近く年下の女に見とれて頬を染めたなんて知られたくなかった。






姉上は、やっぱり似合うよね。」






 萩はいつの間にかマダラの隣に立って、にこにこと笑う。はにかみを堪えていたマダラは、ふとそこに含まれる険に首を傾げて萩を見下ろす。今、姉上“は”と言った気がする。

 マダラよりかなり背が低い萩は、マダラの視線を感じてか、誤魔化すようにへらっと笑って見せた。





「愁も可愛いよ?」





 は萩に抗議するように言う。萩は肩を竦めるだけだ。

 マダラが隣の部屋を見やると侍女に囲まれて、が縫った着物を着ている愁がいた。こちらはのように鮮やかな青色ではなく、薄い水色に近いような、しかしと同じ意匠の着物を纏った愁がいた。 

 よりも大人びた顔立ちをしている愁は、それでも薄い水色をつけるには年齢としてあまりよろしくなかった。また堀が深いため、のような儚さもない。幼さとその落ち着いた着物の色が完全にアンバランスだ。






「…色が薄すぎやしないか?」






 マダラも声高に似合わないとは言わなかったが、一応感想だけを控えめに言っておく。






「大丈夫よ。化粧をすれば、愁の顔は派手だから。」






 の答えはあっさりしていた。






「それにわたしの余った布で、二重襟にするの。わたしの着物と似た色合いの肩掛けを羽織れば問題無いよ。」

「おまえ、自分のことは何も言わないのに、よくそれだけぺらぺら他人の服装については出てくるものだな。」





 マダラは少し呆れた。

 は嫁いできてから長らく必要がないからと自分の着物をろくすっぽ作らず、マダラが無理矢理買わせたほどだった。なのに、マダラやイズナの服はせっせと作っていたし、今とて妹の服装に関してはしっかりと整える気があるらしい。





「え、あ、わ、わたしは、何着ても変わらないから、良いんだよ…」





 少し傷ついたような、すねたような口調では言う。それは自分を卑下してのことだったが、その言葉をマダラはあっさり逆方向にとった。





「あぁ、確かにおまえは何を着てもそこそこ似合うがな、おまえこそ足りないものはないのか?…萩、おまえは何を笑ってるんだ。」

「別にー!マダラ義兄上って面白いなぁって。」





 萩は満面の笑みでころころと声を上げる。





「どうでも良いわよ。実際、姉様はなんでも似合うんだから。」






 愁もマダラに同意して、腰に手を当てる。

 は確かに童顔だが、ともすればそのあとげなさが色白と相まって儚く見える。だから別に可愛らしい服を着なくても、落ち着いた色合いを身につければ自然と儚げに、大人びて見えるのだ。

 対して派手な顔立ちをしている愁はそれでもその幼さが中々隠せず、年相応の格好をするには顔が大人びているし、かといってあまり大人びた格好をすると、アンバランスだった。






「本当は赤で仕立てようと思ってたけど、ミト様が白地に赤の帯を身につけられると言うから。思い切って薄い色合いにしたの。髪を下ろした方が、きっと可愛く見えるね。」






 は愁の髪を掻き上げて笑う。彼女と妹は二つ違いと聞いているが、背丈は既にあまり変わらない。もうは背が伸びていないと言うから、数年のうちに逆転するだろう。年齢も今となってはどちらが上か聞かないと分からない。

 どうやら元々とて妹の着物を年相応の明るい色で仕立てようと思っていたようだ。だが、あまり色合いが重なるのは避けるのが常識だし、ましてや長男の正妻と同じというのは次男に嫁いだ愁の立場を悪くするだろう。





「着物など面倒だが、俺はおまえが縫ったのがあるからな。」





 マダラは座布団に腰を下ろして、近くにあった肘掛けを引き寄せる。





「面倒がないのは姉様がちゃんと羽織を作ってくれたりするからでしょ?千手は今すったもんだしてるって言うのに。」





 愁はマダラの言い方に素直にむっとして、マダラを睨む。前から妻の妹だとは言え、初対面に罵られたマダラは愁が嫌いだったし、愁も姉を攫った男としてマダラを目の敵にしている。言えばお互い様の関係だ。

 ついでに宿敵、千手一族の嫁でもあった。






「おまえが裁縫が出来ないからじゃないのか。」

「良いのよ。ミト様だってそれ程得意じゃないわ。」






 ふんっと愁は鼻を鳴らして言う。だがそれは姉のの逆鱗に触れたらしく、彼女はふにっと妹の頬をひねった。






「練習なさいって言ってたでしょう?」

「痛いわ!仕方ないじゃない!!姉様みたいにうまく行かないもの!!」

「最初から誰だってうまくいかないの。だからきちんと頑張って毎日練習すれば上手になるの。」






 別に怒った風ではないが、ゆったりとした口調では妹を諫める。





「姉様はなんでも出来るからそんなことが言えるのよ。」





 完全にへそを曲げた愁はそっぽを向いて隣の部屋へと戻っていった。どうやら採寸に問題はなかったため、脱ぐ気のようだ。手伝っていたの侍女達は苦笑して、襖を閉める。





「本当に、攫われてうちは一族に嫁いだのが姉上で良かったよ。愁姉上ならマダラ義兄上に殺されちゃってる。」





 萩は歯に衣着せぬ物言いで、さらりと言ってみせる。

 確かに、これほど初対面の相手に噛みつかれては、マダラとて我慢できずに手にかけていたかも知れない。そういう点では少しのんびりしたくらいのでぴったりだったのだろう。

 そしてまた、姉のがのんびりしているからこの生意気な弟妹が出来たのだ。





「もう、萩、貴方も口が過ぎるよ。」

「はぁい。自重しまーす。」





 の注意に萩はふざけた返事を返して、また近くにあった干菓子を遠慮なく口の中に放り込んだ。