マダラがの体から離れたのは夜半も過ぎた頃だった。
情事の後の何とも言えない倦怠感にうとうとしながら、抱き締めてくるマダラの腕に身を委ねる。
「体は大丈夫か?」
改めて耳元で問われて、は恥ずかしくなって答えずに彼の胸に顔を埋めた。
炎一族から帰ってきてからも、毎日一緒には眠っていたが、しばらく彼はに触れようとはしなかった。多分、妊娠中と言うだけでなく出血して流産の危険性があったから控えていたのだろう。
女中頭のカズナが首になってうるさい者がいなくなってから、をマダラの閨に引っ立てる者はいない。前は義務感に駆られてマダラの相手をするのが酷く負担だったのに、彼女がいなくなって言われることがなくなった途端、はマダラに応えるのが嫌ではなくなった。
確かに初めての時は恐怖と痛みの中に震えるだけだったし、今も苦しさは一緒だが、彼の手を気持ち悪いと厭ったことは一度もない。
心を通わせてからは、マダラは情事の後にを心から気遣ってくれる。素肌が触れあう感触はくすぐったいが、穏やかで心地よかった。
は目の前にあるマダラの胸元にある傷を手で撫でる。
「やめろ、くすぐったい。」
上から声が降って来て、の髪を梳く手が止まる。眠たい頭では彼の言ったことがすぐには理解できなかったが、ぼんやりとひきつれたそれを見つめる。随分大きい傷だったようで、見ると脇腹まで斜めに広がっている。
彼の体には沢山の傷がある。小さな物は数え切れないほどだし、大きなものもいくつかある。きっと怪我をした時は目を覆うような状態だっただろう。
が彼を見ていると、マダラはそっとの腹に手を当て、少し残念そうに口を開く。
「わからないな、」
まだ妊娠3,4ヶ月と言ったところだ。ですら悪阻でしか分からないと言うのに、外からマダラが分かるはずもない。
腹に当てられた大きな手が染み渡るような温もりをに与えてくれる。はそれを感じて目を細めてマダラの手の上に自分の手を置いた。
「でも、いるんだよ。」
ここにはマダラと自分の子供がいる。
最初の妊娠はただ戸惑うばかりで、喜びよりもどうしたら良いか分からず、泣きそうな孤独を味わった。蒼一族の娘として無理矢理娶られてしまい、妊娠してしまったので、自分は死んだ方が良いのでは無いかと移ろう心を支えるので必死だった。
マダラは確かに優しかったが、それを受け入れるだけの心の余裕も持ち合わせていなかったように思う。
だが今は本当に心穏やかに妊娠を受け入れ、こうして幸せを味わうことが出来る。好きな人の子供を産むことが出来る。これほどに幸せなことがあるのだろうか。
「本当に、おまえは年若いというのに、よく身ごもるな、」
マダラはの腹から手を離し、の頬を優しく撫でる。
「そう、かな。」
「なかなか3日やそこらで、身ごもるものじゃない。」
妊娠するというのは、なかなか難しい。実際に千手のところにうずまきミトも嫁いできたが、のように早く妊娠することはなかった。だが、マダラが当初を抱いたのはたった3日だけだったというのに、はあっさりと妊娠してしまった。
マダラとてまだ15歳になったばかりだったがそんなに簡単に妊娠するとは思っていなかったので、避妊など考えもしなかった。
結果的にそれが一族のために死のうとするを繋ぎとめたのは、まさに偶然だ。
周囲もが若く初産だと言うことでかなり気をもんだのだが、妊娠期間に何ら問題はなく、出産直前で逆子になってしまい、帝王切開になったこと以外は本当に順調そのものだった。
今回も流産の危険がと言われた割に、今のところは順調だ。
「…マダラさんは、いや?」
「おまえの子供は嫌じゃない。それに、アカルは可愛い。」
マダラは女も子供も鬱陶しいので、いらないと思っていた。
頭領である限り妻を娶るのは普通だが、恋愛などという柔らかい感情は既に捨て去って久しかったし、自分が誰かを好きになるなど、考えたこともなかった。ましてや子供など論外だ。
だが案外出来てみると、妻のは愛しいし、子供のアカルは可愛い。
子供は授かり物だと言われるから、が子供を産み、また夜をともにするようになっても、少しゆっくりしても良いかと思いつつも、わざわざ避妊をしようとは思わなかった。結果が、こんなにも早い二人目の妊娠という訳なのだが。
忙しくもなるだろうから、さすがに次は時間をおいても良いと思う。
「良かった」
はゆったりと紺色の瞳を細める。マダラはの穏やかなその表情が好きだった。
あまりはせこせこしていないし、姦しくもない。良くも悪くもあまり焦ることがなく、のんびり動く。そう言ったうちは一族にない所が、マダラを安心させるのかも知れない。
「おまえこそ、嫌じゃないのか?」
「え?」
「妊娠ばかりして、落ち着かないだろう?」
結婚してから、妊娠と出産ばかりでろくに慣れる時間を取ることが出来なかっただろう。極めつけに今回の誘拐事件だ。
「そ、そんなことないよ。むしろわたしの方が…あんまり戦いに役に立てないし、」
「それは妊娠して訓練が出来ないからだろう?」
「…わたし、なんかすぐに妊娠しちゃうし。」
「妊娠はおまえのせいじゃない。」
侍女達がなんと教えたのかは知らないが、明らかに妊娠で戦いの訓練が出来ないのは、マダラのせいであってのせいではない。種をまくのはあくまで男の方で、もしもを妊娠させたくないのならば、マダラが避妊をすれば良いだけの話だ。
しなかったマダラが一番悪い。
「それに、多産は良いことだ。」
幼児死亡率の高いこの時代、多産は何よりも重要な、妻に課される義務だ。むしろそれを望んで血筋を選ぶことすらあるし、離婚の原因になる事もある。
「そうだね。蒼一族では珍しいことだし、」
は小さく笑う。
「そうなのか?」
「うん。近親婚を重ねてるから、出生率がどんどん落ちてるんだ。大抵一人っ子が多いし、若く死ぬことも多いの。」
蒼一族は長らく近親婚を重ねている。しかもそれを云百年単位で繰り返して結果的に一族は今、30人程度になっている。兄弟姉妹での結婚も許されているため、出生率はどんどん落ちているし、体が悪いこともが生まれることも多かった。
の母は確かに蒼一族としては3人の子供を産み、多産だったと言えるが、出産の折に亡くなっているし、非常に珍しい例である。
「多分、マダラさんが強いんだよ。」
マダラは性格や力だけでなく、遺伝子的にも劣性遺伝の蒼一族とは違い、うちは一族は強いのだろう。そう揶揄すると、少しマダラは不本意そうな顔をして、の髪を撫でた。
「どちらにしても、もうすぐ冬だ。今度こそゆっくり出来る。」
このまま秋が過ぎ、冬になれば戦争はすべて一度止まる。今回はもマダラもふたりでゆっくりと妊娠した時間を大切に過ごすことが出来るだろう。
「次は男か、女か。まぁ、どちらでも無事に生まれさえすれば良いがな。」
マダラは子供に対して男でも女でも良いと思っている。
うちは一族のものの一部は男の子を跡継ぎとして望んでいるが、マダラはアカルを抱いた時も無事に生まれて良かったと言うだけで、性別に関しては何も希望はなかった。今回もそれは同じで、子供と母胎がともに無事ならばそれで良い。
「ん。でも、今度は多分、男の子だと思う。」
「まあ、おまえが言うなら間違いないだろう。」
マダラはの腹にまた手を触れながら、目を細める。
「名前を、考えねばならないな。酷い名前をつけては可哀想だからな。」
それはとても楽しい悩み事だった。
満たされし闇と隣り合う