休戦協定を祝うために、休戦協定に参加した一族同士で宴が行われたのは、秋も近づいた頃だった。





「やっぱりはめんこいなぁ、」





 柱間は久々に会ったを見て、なんの臆面もなくそう言った。途端にの表情が凍り付く。随分と気にしていたようだから、他人に言われてなおのことぐさっと来たのだろう。の反応を見た柱間の隣にいるミトが目の色を変えて柱間を睨んだことに、彼はまだ気づいていない。

 の装いはうちは一族の頭領の妻としては完璧なものだった。

 少し陰った色合いながらも鮮やかな青の布地に、光の加減によって光る銀色の刺繍をあしらった着物。品の良い、三つ巴の鞠と紅葉の描かれた黒い帯。髪の毛は高く結い上げて、真珠と銀細工の簪で束ね、残りは背中に流している。

 白い首筋は少し暗めの色合いの帯と相まって酷く頼りなげに映る。だがそれが逆に年相応の幼さを隠し、人にあとげなさと儚げな美しさをみせた。いつもは淡い色合いの唇にのせられた緋色の紅も、彼女の白い肌と相まっていつものかわいさは全くなく、ぞくりとするほどの妖艶さがある。





「マダラは美人を嫁に貰ったな。」





 柱間はしみじみと言って何度も頷く。





「…まさに10人並の台詞だな。今日だけでそれを十人以上から聞いたぞ。」






 マダラは飽き飽きしたに対する称賛に閉口気味だった。

 多くの一族の長やその家族が参加しているため、柱間の前にも十数人と挨拶をかわしたが、全員が口を揃えて同じことを言うのだ。

 嫁いでからすぐに妊娠や出産だと忙しかったため、マダラはをほとんど外に出していなかった。そのため初対面の人間も多く、日頃のを知らない人間は口を揃えて“綺麗で美人な妻を貰った”マダラに言った。

 その儚げで繊細な印象に圧倒されてか、誰もがマダラより十も若いとは言わない。要するに少なくとも侮られていないと言うことだったが、マダラとしては複雑だった。





「確かに、いつもは可愛いのにな。今日は美人さんだ。」






 柱間は一度と常の時に顔を合わせているので、今のに笑う。





「女って言うのは服と化粧だけで変わるものだな。俺も驚きだ。」





 マダラもそれには同意して、を眺めて少し眉を寄せる。珍しく長い髪を上に上げているため目立つ白い首筋が悩ましげで、それが他人に晒されていることが存外不快だ。





「おまえ不機嫌そうだな…どうしたんだ?」





 柱間はそれをめざとく感じてか、心から不思議そうに首を傾げる。





「…」





 が美人の域に入るのか、それに関しては正直マダラにはどうでも良いし、よく分からない。僅かだがを見せびらかしたいという願望はあるにはある。が褒めそやされるのは悪い気分ではない。だがまだ年若い長たちの子弟がを見て頬を染めるのは実に不快そのものだった。

 事実、マダラが少し彼女から離れると、それだけでが人妻だと知らない子弟が話しかけに来ていた。





「皆、蒼一族は美人の家系だと噂しておりました。」





 ミトはに笑いかける。

 蒼一族はいつの間にか宴の中心になっていた。蒼一族は今までうん百年もの間、結界の中に引きこもって外に出てこなかった恐るべき一族だ。他の一族の中には伝説上の存在だと思い込んでいる人間もいた。だからこそ、蒼一族の当主である萩を初め、当主家の3姉弟は注目も的になっている。






「…本当に美人なのは、愁だけだと思うけど。」







 は小さく聞こえないくらいの声で呟いた。

 3姉弟の中で、長女のと末子の萩はどちらかというと童顔で可愛らしいタイプだ。対して次女の愁だけが母親似らしく、派手めで彫りの深い顔立ちをしていた。正直今となっては2歳差のと愁が並んでも、どちらが年上なのか分からない。

 マダラがちらりと扉間といる愁を確認すると、彼女は幸せそうに出された食事を満喫していた。扉間が止めようとしているが、まったく気にしていないようだ。実に図太い女である。





「愁か、あやつは面白い奴だな!しかも実に食欲に忠実だ。」

「その節はご迷惑をおかけしております。」





 は目じりを下げて深々と柱間に頭を下げる。母を早くに亡くし、忙しい父に代わり、妹と弟を育てた姉としては思う所が多いらしい。育て方を間違ったとマダラの前で唸ったこともあった。





「もう少し厳しく育てたら良かったのですけど、」





 どうせ蒼一族は同族婚しかしないので、貰い先は弟の萩ぐらいしかないだろうと思って、多少の我が儘は注意せずに育てたのがの根本的な間違いだ。まさかうん百年引きこもっていた一族が、他の一族と政略結婚をするなど、誰が予想しただろうか。






「そういえばマダラ、おまえにはまた子供が生まれるそうじゃないか。」






 柱間は自分のことのように楽しそうに言う。

 流産の危険があったのであまり公にしていなかったが、もうそろそろ五ヶ月。頃合いだろうと表明することになった。お腹の膨らみはまだ着物の上から目立つほどではない。だが着物を脱げば僅かに分かる程度にはなっていた。








「そうだな。アカルに続く二人目だ。」









 マダラは負うように頷いた。

 この時代、子だくさんは普通だ。幼児死亡率は高く、その上戦で死ぬ子供も山のようにいる。マダラも5人兄弟だったが、今残っているのはたった二人だ。子供が多いことはどこの一族でもよい事だった。

 男の子はまだ生まれていないが、若いというのに祝言を挙げてすぐに妊娠、一人目を産んで、次二人目であるは、なかなか優秀だと言えた。しかもは体が強く、ほとんど風邪を引かない。若ければ妊娠にも色々問題はつきものだったが、幸い第一子も帝王切開ながら目立った問題はなかった。





「予定はいつ頃なんだ。」

「年明けの3月には生まれているだろう。」

「娘の方は今何ヶ月だったか、」

「もうそろそろ10ヶ月だ。風邪も引かぬ逞しい子だぞ。子供というのはもう少し弱いものだと思っていたが、」





 マダラの娘のアカルはそろそろ乳離れする頃だ。風邪も引き出す頃だろうと皆気をもんでいたが、今のところ見事に何もない。





「強い子は良いことじゃないか、」

「性別は女だがな。」

「そりゃ心配もつきないな。どちらでも良いことじゃないか。」






 柱間は無邪気にそう言うが、紛れもなく彼にとってもの出産は良いことだった。

 やはり出産となればは動けなくなる。同時にうちは一族も動きが鈍くなり、定住を望む。マダラもを大切に思っている限りはなおさら、に負担をかけるようなまねは慎むだろうとの、目算がある。

 要するに大きな争いが減ると言うことだ。





「祝いの品を、考えねばなりませんね。」






 ミトはに優しい目を向けて言う。そこに憐憫が含まれているのが、よりいくつも年上の彼女にまだ子供がいないからだ。






「産着はやめてくれ、今回山のようにが縫ったからな。必要ない。」

「そういえば扉間が言っていたが、随分とは裁縫がうまいらしいな。」

「あぁ。おかげで宴の仕立ても滞りなかった。」






 マダラの言葉は千手一族への当てつけの意味もあった。嫁が二人とも裁縫が苦手だと言うことを重々承知しているからだ。






「うちは滞りまくったさ。なぁ?」





 だが気づかない柱間はなんの悪気もなく笑ってミトに目を向ける。彼女は夫の愚痴にむっとした顔で脇腹をひねった。

 原因の一端はミトも、弟嫁の愁もどちらもがあまり裁縫が得意でないためだった。

 柱間は小さな悲鳴を上げたが、取り直して、マダラに手をさしのべる。





「ひとまず、これからは協力していければ良いと思う。」





 マダラはそれに返事はせずに手だけを重ねた。

 はそんなマダラを紺色の瞳でじっと見ていたが、何も言わない。ただマダラのもう片方の手を握るの手は、汗ばんでいた。

 イズナに後から聞いた話だが、イズナはにマダラの兄弟たちが千手に殺されたこと、また同時に柱間の兄弟たちもうちは一族が殺した事を聞かせたらしい。はそんなことを想像もしていなかったようで、酷く驚いていたとイズナは言っていた。

 当然だろう。はほとんど争いごとを知らず、人を傷つけるために刃を持ったこともなければ、戦で死んだ人間すらも見たこともないのだ。

 柱間とマダラの握手に特別複雑な感情を抱くのは、至極自然なことだろう。

 マダラはの手を少し強く握りかえした。




初秋の宴