あまりに人が多くて疲れたは、マダラに告げて庭へと出た。


 賑やかな屋敷とは違い、こちらは闇に覆われているが静かだ。近くにあった丸い椅子に座ると、少し落ち着けた。虫の声がさわさわと心地よく耳に響く。もう秋で涼しいが、酒を口にして少しほてった体にはちょうど良かった。


 のんびりとが寛いでると、ごそごそと木陰で音がする。が座った高さよりもずっと低い生け垣の中だ。動物でもいるのかと思ったが、そこからひょこっと顔を出したのは、長い黒髪を木の葉まみれにした柱間だった。








「…」






 ばっちり目が合ってしまい、は言葉が見つからずに固まる。だが柱間はの反応など全く気にしないように、にっこりと笑って手元にあった籠を見せた。





「…鈴、虫?」

「あぁ、この辺りにはたくさんいてな。ミトに聞かせてやろうと思って。」





 女性が虫を喜ぶかどうかはともかく、子供が親に誉めて貰いたがるような無邪気さに、は思わず吹き出してしまった。

 マダラは柱間のことを一言で“変な奴”と表現していた。

 も噂はいろいろ聞いているが、少し間の抜けた、まったく噂通りの不思議な人だと思う。人の調子を狂わすのが得意で、穏やかだ。視点も人より少し違うので、だからこそ面白い。マダラがその強さとカリスマ性で人を率いるなら、間違いなく彼は人望を持ってして人を率いるタイプだ。

 相反する二人がぶつかるのは、何も一族故だけではないのかも知れない。複雑な感情がそこにあるのだろうとは思う。





「ミトが直接訪ねた件はすまなかった。」





 唐突に、柱間はに謝った。

 ミトがうちは一族の屋敷にを訪ねて直接会いに来たのは、数週間前の事だ。うちは一族の面々は皆、にやめろと止めたが、屋敷にあげたくないらしい男衆を見て、はミトとともにふたりで茶屋に出かけて後からこっぴどくイズナとマダラに怒られる羽目になった。


 それを柱間は理解していたのだろう。






「いえ、一緒に出かけてしまったのはわたしの認識不足ですから、」







 ミトと出かけるという事実が、男衆がマダラに告げ口をして、挙げ句の果てにを探してかけずり回るほどの大事だとは、思っていなかったのだ。ましてやミトも一人で来ていたし、も同じくだ。ただ少しだけ反感があるのだなと言う程度にしかとっていなかった。

 うちは一族と千手一族の確執を、はよく分かっていなかった。今でも正確に理解できているとは言いがたい。

 結界の中で長らく引きこもり、争いごとに感化してこなかった蒼一族出身のにとって、偶然の父のように争いに巻き込まれてなくなる人もいるが、うん十年に一度のことで、事故のようにしか感じていなかった。

 だから、兄弟を殺し合ったと言われても根本的には理解できていないと思う。






「それに俺はもう一つ、に謝らなければならないことがある。」





 柱間は言葉をきって、それから意を決したように尋ねる。





「今、幸せか?」






 唐突な問いに、は小首を傾げる。するとマダラから貰った真珠の簪についた銀色の鎖がちりりと鳴った。





「素直な意見が聞きたい。」





 付け足された言葉に、少し考えてみる。

 うちは一族の頭領であるマダラの妻となってやはり危険も色々ある。うちは一族は閉鎖的だし、に冷たい。弟妹と完全に離れてしまって少し寂しく思う時もある。他人から見れば、うちは一族に攫われ、無理矢理妻にされ、政略的な意味合いから正妻として遇され、なのにうちは一族に受け入れられることなく、不遇に晒されていると思うかも知れない。

 だが、は胸を張って言うことが出来る。





「幸せですよ。」






 は笑って、柱間に返す。

 蒼一族で過ごした緩慢な日々は心から愛おしいし、弟妹たちの世話をして苦痛だったわけではない。寄り添い合うように過ごし、同族のうちとけた中で、決められた道を歩むのは、それしか知らなかった頃のならばそう悪くないと思っただろう。

 でも、はマダラに出会ってしまった。





「だって今まで見れなかった綺麗なものを見れる、」





 蒼一族の小さな世界の中で、は生きてきた。世界の綺麗なものを全く見ぬままに、代わりに争いを知らず、穏やかに緩慢な時間を過ごしてきた。それは決してすばらしいことではない。





「それに、好きな人の隣で、好きな人の子供が産める。すごく幸せでしょう?」





 自分を望み、愛してくれる人の隣で、好きな人の子供を産むことが出来る。それは女として、この上もない幸せに他ならない。





「攫われて、辛かった時もあるけど、きっとわたしも悪かったと思うし、今はとても、」






 確かに攫われて、無理矢理手込めにされて、蒼一族である事を利用して娶られた時はショックだった。でも何よりもショックだったのは、自分に好意をもってくれていると思っていたマダラが、自分を嫌っているかも知れないと感じたことだったと思う。

 結局で言うと、はマダラが好きで、だからこそ蒼一族だからと娶られたことに傷ついたのだ。

 冷静に考えれば、うちは一族の頭領であるマダラの妻になるにはそれなりの家柄が必要で、どちらにしても蒼一族の当主の姉だと言うことを利用せざるを得なかっただろう。思いあっていたとしても、マダラはそういう道を取るしかなかった。

 死のうとし、冷たい態度を取ってマダラを傷つけたのは、きっとだった。





「マダラが、好きか。」






 少し目じりを下げて、柱間はに問う。




「うん。愛してる。」




 マダラには恥ずかしすぎてなかなか言えない言葉だが、はそれを柱間の前で口にした。すると彼は自分のことのように嬉しそうな顔で笑う。だが、すぐにその表情は曇った。





「俺たちは、蒼一族のことで、うちは一族が休戦協定に同意するように、脅したんだ。攫ったという事実をあちこちの一族に言って回って。希少な血継限界を持っている一族は、危険だと。」

「え?」

「同時に蒼一族の萩には千手と同盟をするなら守ってやる。だが、は諦めろと説得したんだ。」





 柱間が言い出したことではない。だが、扉間はそうして、蒼一族を千手側に引き込もうとした。それと同時に、蒼一族にうちは一族がしたことを広め、他のうちは一族からの離反を勧め、うちは一族に圧力をかけた。

 結果それは成功した。うちはがこれ以上蒼一族の人間を攫うことを恐れた萩は、長らくの結界の中での暮らしをやめ、千手一族と協力関係を結んだ。それは、千手一族が欲したことだった。






「…だが、同時に俺はマダラと和解したいと思っている。だから蒼一族に、休戦協定にうちは一族が同意したら、を取り返さないと約束させた。」






 柱間はうちは一族との関係を重視したかった。

 千手は大きい。蒼一族はあまりに小さい。例え希少な能力を持っていようが対等というわけではないのだ。うちは一族が千手一族との和解に同意さえしてくれれば良かった千手は、を取り返したがる蒼一族に、水を差させたくはなかったのだ。

 を無理矢理にでも取り返すと言えば、おそらくうちは一族は態度を硬化させる。





「マダラは大義名分を守るために、を妻にするか、殺すかするしかなかった。」






 うちは一族は蒼一族を理由なく攫ったわけではない。そう表明する方法は二つだ。を妻としてきちんと蒼一族に申し入れたと嘯くか、何らかの理由をつけて報復として蒼一族を襲ったことにし、戦利品のを殺すかだ。

 マダラがに特別な感情を抱いていることも、柱間はうすうす感じていた。実際にマダラは他の一族との関係なども考えて、前者を選んだ。







「本当に、すまなかった。」









 千手はが攫われた一件を大いに利用したのだ。結果を見ればはうちは一族の頭領の妻として正式に遇され、今こうして柱間と一緒に話すことも出来ている。

 だが失敗していれば、間違いなくはマダラに殺されていたのだ。そしてそれでも構わないと千手一族は考えて行動に出た。





「…そんなこと、今更言われても。」






 もうが正式にマダラと祝言を挙げてからかれこれ一年たっている。

 今更政に利用していましたすいませんと謝罪されたところで、正直には関係ない。だが、柱間はそのことを心の片隅にずっと置いて、苦しんでいたであろう事だけは何となく分かった。






「しかし、だな…」





 柱間はどうにも煮え切らない表情で、目じりを下げている。は彼をぼんやりと眺めながら、少しずつだが彼の性格を掴みつつあった。

 結構、いや、かなり彼は気にしいだし、女々しい。情に厚いとも言えなくはないが、そういう性格なのだろう。






「…」








 少し鬱陶しい人かも知れない。じめじめもしているし、とは少しだけ、柱間を嫌うマダラの気持ちが分かった気がした。














悔やみの夢