宴には蒼一族の者も当主の萩だけでなく、何人か出席していた。



、無事で良かった!」






 2年近くぶりにに再会したひとりの蒼一族の少年は危うく感動のあまりに抱きつきかけ、隣で不機嫌そうな顔をしているマダラを見て、慌てて歩を止めた。




「節、久しぶりだね、元気だった?」




 代わりにがにこにこと笑って抱きつき、すぐに離れる。途端に節と言われた少年はマダラを恐れてか酷く怯えた様子を見せたがは全く気にせず、楽しげに話しかけた。

 彼はと同じ年頃で、凹凸のない顔をしていたが、目じりが酷く優しげで、手だけが何故か大きくごつごつしていた。戦う事をほとんど知らず、刀を持つことのない蒼一族としては珍しい、労働を知る手だった。





「あ、あぁ、おまえが攫われたって聞いてびびったぞ。」

「うん。実際に攫われたよ。」





 呆れるほどあっさりとはそういう。





「まぁ、そうなんだけどな。変わってないなぁ。」





 間延びした口調であっさり返してくるに節は拍子抜けしたのか、かりかりと頭を掻いた。






「…」






 マダラはそんな少年を冷たい目で眺めた。

 30人くらいしかいないという蒼一族は、常に同族婚を旨としていたらしい。結界内で引きこもり生活をうん百年も続けていたのだから当然だ。兄姉間での結婚も普通だったらしく、人数も少ないため、年頃によって相手は限られる。

 同年代の候補者は2人しかいないとは素直にマダラに話していたから、そのうちの1人が節なのだろう。そう思えば、マダラはその事実が何となく嫌だった。

 家族のように普通に抱きつくのも、なんだか嫌だ。

 ただあまりにが楽しそうなので何も言えず、マダラはため息一つに留めるしかなかった。





「そうかな。」

「美人にはなったとは思うよ。でもそのずれたところは変わってないな。」

「ずれてた?」

「ずれてたさ!昔っから、ぼっさーって、重要な状況でもやることはわかってるくせに、全然人と違うことをするんだから、」





 昔からだったらしい。

 マダラが攫った時も、は自分の処遇がどうなるかに怯えも何も感じていないようだった。むしろ結界の外に初めて出られたことで、最大限に外に出られた、違う一族にいるという利点を使っていたように思う。

 もちろんは攫われたという事実も、自分が何をすべきかということも理解していた。

 マダラは最初、は何も理解していない、平和に育ったぼけた女だと思っていた。普通攫われた一族で怯えもせず、暢気に本を読むような女がいるだろうか。ましてや14歳だ。だからこそ、が情報を持ち出し死のうとした時に驚愕したのだ。

 蒼一族の人間は勘で相手が理解しているか、理解していないかはわかる。

 が何をすべきか、現実を理解していると言うことは分かるのだ。その上で全く人と違う結論と反応を返すことを、蒼一族の人間ですら不思議に思っていたらしい。






「旦那さんも年上だけど顔良いな。良かったじゃん。」







 節はマダラを見て、悪気もなく笑う。

 忍として他の一族の価値観なら、頭領の妻になれて良かったとか、強い男の妻になれて、とか言うものなのだろう。だが旦那にもあっさり容姿を求めるところが、蒼一族らしい。彼らは戦いがないために強さや地位、名誉に重きを置いていないのだ。






「うん。優しいよ。」






 またも節は容姿の話しをしているのに、ころりと性格の話に変える。にとって重要なのはマダラの性格の方だと言うことだろう。





「もうそろそろ行くぞ。」





 マダラはの腕を軽く引く。





「あ、節、またね。手紙を書くよ。」

「あぁ、楽しみにしてる。」






 は節に手を振る。彼も普通にあっさりとした調子で返して、かつての婚約者候補を見送った。












 人の喧噪を避けて庭へと出ると、鈴虫の声が聞こえる。




「マダラさん、どうして今日はそんなに面白くなさそうなの?」





 はしごく不思議そうにマダラの横顔を眺めて尋ねた。






「俺はそんな顔をしてるか?」






「え、マダラさんだって分かってるでしょう」
 自覚はあるんだろう、と言われて、その通りだとマダラも納得する。どうせに安易な嘘をついたところで、その優れた勘で見抜かれて終わりだ。





「あんまり、似合わない?」

「いや、そんなことはない。」

「嘘、半分半分って感じ。」






 はさらりとマダラの心情を当てて見せた。

 今日のの着物は確かに彼女によく似合っている。マダラの妻としても、誰もが美しいと褒めそやすほどに立派で、綺麗だ。頭領の妻としてはあまりに若いに、マダラが離れた途端に多くの人間が声をかけてくる程に美しい。

 だが、それとは裏腹に、マダラは宴で酒に酔っ払ったのを良いことににふざけて声をかけてくる男たちが、心からいらだたしかった。





「やっぱり背伸びしすぎたかな。」






 はその濃い青色の布地がまだ16歳の自分には少し大人びすぎていることに不安があったらしく、自分の着物を撫でつけた。

 別にマダラとて、美しい姿をしたが自分の部屋にだけいるのなら満足だ。

 はこんな機会でなければあまり着物に興味がなく、節約だなんだと着物をあまり新調しない。その割にマダラやイズナの着物は自分であっさり何枚も仕立てるのだから、困ったものだった。




「たまには、屋敷でもそのくらい良い着物を着ても良いと思ったんだ。」





 マダラはを攫って、無理矢理妻にした。

 その関係から蒼一族に正式に結婚が認められてからも、持参金はなし、必要なものはすべてうちは一族が用意すると言うことになっていた。なのにはほとんど着物なども購入せず、攫われた時にもらったお古などを普通に着ていた。 

 彼女は裁縫が極めてうまいため、着物を仕立てることは良くあるが、人の物ばかりで、自分のものなど今回仕立てた一着のみでないだろうかと、マダラでも思う程だ。





「マダラさんが言うなら、たまにはそうしようかな。」





 は小さく笑って、マダラに少しもたれる。





「疲れたか?」

「うぅん。でも少し、眠たい。」






 妊娠中だからだろう。前の妊娠の時もそうだったが、突然倒れるように眠り、何時間も起きないと言ったことがあった。

 その上はマダラが帰ってくるのが遅くならない限りは、比較的早寝早起きの健康的な生活を心がけていた。だから眠い理由は沢山見つかるが、今日の大人びた装いに小さな欠伸を漏らすは酷く不釣り合いで、幼く見えた。


 とはいえ、マダラより十程も年下なのだから、実際に子供なのだが。





「子供は大丈夫か?」

「うん。お腹も張っていないし大丈夫。」





 正確な日にちなど分からないが、半年ほどでは僅かに子供がいると腹が膨らむことで分かる程度だ。悪阻ももう終わっているため頗る体調も良いらしく、だからこそこの宴にも参加することが出来た。あまりに体調が悪いなら、だけ欠席の予定だったのだ。




「でも、宴に出て、マダラさんが結構怖がられてるのはよく分かったよ。」






 はマダラの頬にそっと触れて、くすくすと笑う。

 宴の際にいろいろな一族の頭領や長に会ったが、マダラを見た途端に裸足で逃げ出した者までいたのだ。酔っているとは言え流石にそれは酷いと笑うに、マダラは複雑だ。

 間違いなく酔っているからではなく、本気で彼らは逃げたのだろう。





「…おまえはちっとも怖がらなかったのにな。一族の長が小娘に負けるか。」






 マダラはを抱き締めながら、呆れた低い声音で言った。

 マダラたちに捕らえられたときですら、はのんびりとマダラたちに質問を投げかける余裕があった。宴の席だというのにマダラから逃げ出した奴らはよりも度胸がないなと心底思ってしまった。

勇気か鈍感か