うちは一族も当初、遊びに来るの妹で千手扉間の妻となった愁に警戒の目を向けていたが、あまりに無鉄砲かつ素直な愁に呆れと、諦めを抱いたらしい。
「どうしておめめが赤くなるの?とても痛そうよ。どうやったら赤くなるの?痛くない?うちは一族って変だわ。」
の護衛のアスカを質問攻めにする愁を縁側から眺めながら、は小首を傾げる。
「もうその辺にして上げたら?」
「だって姉様。千手はみんな体が馬鹿みたいに丈夫なのよ。うちはは普通なのにおめめが赤くなる。みんな変だわ。」
「それを言うなら、目が水色になるわたしたちも変かもしれないよ」
「そんなことないわ。普通よ。」
何が普通なのか、愁の言うことは全く分からない。アスカは頭領の妻の妹である愁を素っ気なく扱う事も出来ず、酷く困った顔をしていた。
最初は千手一族からの偵察かとびくついていた人間も、あまりにぺらぺらといろいろなことを話すので、違うと分かったらしい。愁は驚くほどにあっさりと千手一族のことも話す。代わりに驚くほどあっさりうちは一族の能力も聞くのだ。
とはいえ蒼一族で育ち、戦いを知らない、出た事もない愁が知っている情報などたかが知れている。
愁からしてみれば、千手も蒼一族と全く違うので不思議だが、うちはも同じように違うため、同じように興味の対象なのだ。誰かを見つけると不思議だ、不思議だと聞いて回る。少し鬱陶しいだろうが、は妹の所業を基本的に放って置いた。
「またやってるのか?」
仕事を終えて縁側に出てきたマダラが、うちは一族の者を追い回している愁を見て呆れたような視線を送る。ついでに、の方に自分の上着を掛けた。
「ありがとう。」
「最近は冷える。体調に気をつけろ。」
まだ帯を巻けばよく分からない程度だが、腹の中の子供は順調に育っている。春が過ぎれば生まれる予定だが、その前に長い冬を越さなければならない。この時代冬になれば戦争が止まるのが普通だ。うちは一族に望まれる大名の依頼も同じように緩慢になってきている。
代わりに屋敷にいる時間が増えた。
「とと、とと、」
最近危なっかしいまではいはいをするようになった初夏生まれのアカルは廊下を這って、マダラの方へとよる。
「仕方がないな。」
甘えたな娘にマダラは腕を伸ばして抱き上げ、の隣に腰を下ろした。はマダラと娘の横顔を見比べて、小さな笑いを零す。
本当にマダラと娘のアカルの顔はそっくりで、精悍で少しつり目、整った顔立ちがそっくりだ。
は二人の顔が並ぶのを見るのが好きだった。アカルを見下ろしているときのマダラは本当に優しい目をしている。つり目には見えないほどで、穏やかさと愛情のこもった眼差しをアカルに向けるのを見ると、は自分の胸に一杯の幸せが広がるのを感じる。
アカルも父親が大好きなのか、機嫌良く父親に抱きついて笑っていた。
「愁、もうそろそろ帰らないと、千手からお迎えが来るよー」
日の暮れ具合を見てから、は妹に声をかける。
「遅くなるって言っておいたわよ。」
「でもいつもお迎えが来るでしょう?」
当然のことだが、姉の実家とは言え、千手一族にとってうちは一族は宿敵だ。わだかまりは大きく、どんなに愁が“遅くなる”と言っても、千手一族からは毎回帰って来いとわざわざ迎えがやってくる。
愁はそれが疎ましいらしく、毎回夫の扉間と喧嘩しているようだった。
としては妹が遊びに来てくれるのは嬉しいが、妹が嫁ぎ先で立場を悪くするのはあまりよろしくない。そう思って注意はするのだが、妹は当人のくせに我関せずだ。
「前から思っていたんだが、あいつは言う程気にしていないんだな。」
「そうなんだよね…」
マダラも最近愁の性格を理解してきたらしい。相変わらず好きではないらしいが、特別嫌うのはやめたようだった。というのも、徐々に打ち解けるにつれて、あの憎まれ口には力が入っていないことがよく分かったからだ。
愁は口がすごい。気が強く、思ったことをそのまま口にする。そのために酷く生意気で無鉄砲に映るのだ。
姉であるに対してはその口も噤むが、それ以外の人間に対しては良くも悪くも公平で、相手が恐ろしいと噂されるマダラであろうが、夫の扉間であろうが関係なく悪態をつく。そこまで分かってしまえば、マダラとて鬱陶しいとは思うが、特別嫌うほどではなくなった。
「別にミト様も柱間様もうるさくおっしゃらないわ。なのにぐたぐたうるさいのよ。」
愁は腰に手を当てて、むっとした顔でに聞こえるように声を張った。
「一番うるさいのは扉間だけどね。姉に会いに言って何が悪いのって言ったら詰まるくせに、ぐたぐた言うのよ。」
「…わたし、扉間様に同情を禁じ得ないんだけど。」
「どうしてよ。まったく、姉と姪っ子に会いに行って何が悪いのよ。」
ぷりぷりと怒る愁に呆れているのはきっとだけではないだろう。
マダラが嫌いだと言っておきながらも、マダラとそっくりの姪っ子に愁はめろめろだった。何かと理由をつけて会いに来てはかまい倒している。弟の萩が生まれたとき、愁はまだ2歳だったのでほとんど覚えていない。突然母性に目覚めたと言ったところなのだろう。
愁はマダラの隣に座り、ぷにぷにとアカルの頬をつついた。
「白い肌に黒い髪、きっと美人になるわね。髪質も姉様に似てあんまりとげとげしてないし。」
白い肌と滑らかなまっすぐながらもしっかりした黒髪は、アカルの特徴だ。生後半年を過ぎて髪も伸びてきたためなおさらその特徴がよく分かる。
「じゃあ、嫁のもらい手は沢山ありそうだけど、」
はゆったりと目を細めてマダラに笑う。
「まだ先の話だろう?」
マダラが酷く低い、不機嫌そうな顔でに返した。それを聞いて思わず愁とは顔を見合わせて軽やかな笑い声を上げる。
「やっぱり天下のうちはマダラ言えど、娘を嫁にやるのは嫌な訳ね。自分は姉様を攫ったのによく言うわ。」
「でもアカルはマダラさんが大好きだから、わたしが取られてしまうかも知れないよ。」
「くだらないことを言うな。おまえは俺の正妻だ。死んでも変わるわけがないだろう。」
姉妹の楽しげな会話にマダラはため息をついて、なんだか眠たそうに欠伸をしているアカルを見下ろした。
アカルは父親の腕に頭をもたせかけて、今にも眠ってしまいそうに瞼を閉じたり開けたりを繰り返している。今は厚着をさせているので寒くはないだろうが、眠るなら部屋の中に入れてやるべきだろう。
「もうすぐ冬ね、」
は白い息が出る季節になってきた。秋は既に深まって紅葉した葉が落ちつつある。
「姉様って、戦い、行った?」
愁が少し目じりを下げて、躊躇いがちにに尋ねる。
「うぅん。わたし、嫁いできてすぐに妊娠したから、一応マダラさんが、教えてくれるけど、まだない。」
は嫁いできてすぐに妊娠が発覚し、出産してまた2ヶ月で妊娠しているため、少なくとも来年子供を産むまでは戦いに出る予定はない。巻き込まれることがあっても、一度もまともに依頼を受けて戦いに出た事はなく、図面や偵察を透先眼を使って行うのみだった。
「…わたし、こないだ行ったの。怖いわ。人を傷つけるのも、だって依頼でしょう?相手に恨みなんてないじゃない。」
蒼一族は結界の外に出ず、これまで依頼も受けなければ、戦いを行ったこともない。そうして穏やかに育った愁やにとっては、嫁いだとはいえ千手やうちは一族がやっている“戦い”は簡単な物ではない。人が死ぬ、それは相手にとっても自分にとっても辛いことだ。
「だから貴方、最近頻繁にここに来るのね。」
は困ったような顔をして、妹を見やる。
「扉間が悪いんじゃないってわかってるの。みんな必死なのも分かってる。でも、なんで、なんで戦わなくちゃいけないんだろう。みんな、生きていたいだけなのに。」
愁はぐっと拳を握りしめて、ねぇ?とアカルに問いかける。
まだ幼いアカルは、叔母にそう言われてもわからないのか、眠たそうに目を擦って首を傾げて見せるだけだった。
突きつける刃を恐れている