蒼一族から愁が千手一族に嫁ぐことになったのは、姉がうちは一族に攫われてから扉間と関わりが出来たからだった。
扉間から望まれての結婚だった。
蒼一族としては大きな千手一族と縁続きになる事は全く悪いことではなかったし、何度も協議で弟で当主の萩について行くうちに、千手の頭領である柱間の弟である扉間とも親しく話すようになっていた。
もう13歳だったし、当主の姉である限り早く結婚するのもおかしな事ではない。14歳で成人するのを待ってすぐに結婚するという条件の下、正式に婚約が成立したのは、姉の一件が一応の決着を見てからだった。
姉のがうちは一族に望まれないながらも早くに子供を産み、マダラからの寵愛を手にうちは一族も認めざる得ない状況になったのに対して、愁の方は逆に望まれて嫁いだにもかかわらず、本人の方が徐々に溝を広げていた。
「あの子、うまくいっていないんじゃないかな、」
「…そうなのか?」
布団の上で巻物を開いていたマダラは、ふとに目を向ける。彼女は灯りの下で縫い物をしていたが、縫い終わったのか、針箱を片付けにかかっていた。どうやらもう良い時間らしい。
「そういえば最近よく来るな。」
千手と住処が近くなってから、の妹の愁はよくうちは邸にやってくるようになった。元々仲の良い姉妹だと聞いているし、早くに母を亡くしたためが母親代わりだったから仕方ないのだろう。だが、冬になってからとみに酷い。
3日に一度はやってきて、しかもへたをすれば夕飯まで食べ、挙げ句泊まることもある。
「姉のおまえに会いたいんじゃないのか?」
愁はあまりマダラが好きではないが、姉のが大好きだ。協議の場で会えば誰の目も気にせず抱きついてくるほど姉を想っている。確かに千手の嫁である事を思えば、うちは一族にしょっちゅうやってくるのは誉めた物ではないが、本人が馬鹿なのは確認しているため、目くじらを立てるほどのことではなかった。
だが、は違うらしい。
「…嫁いでからこんなに頻繁に姉の嫁ぎ先に遊びに来るなんて良くないよ。」
針箱をきちんとしまって、は布団の方へと歩み寄り、ちょこんと座る。マダラは巻物を畳の方へと放り出して、に向き直る。
「案外厳しいな。」
「マダラさんはわたしが一週間の半分千手に遊びに行っていて怒りませんか、」
「…怒りはしないが、心配にはなるな。」
千手一族は宿敵だ。はうちは一族の頭領の妻である。妹の嫁ぎ先とはいえ、頭領の妻が宿敵の家に遊びに行くとは笑えない。愁が許されているのはあくまで扉間が次男であり、家督に関係がなく、またうちは一族の頭領の妻が姉だからだ。
「マダラさんは大らかね。」
「おまえだって俺が依頼で1週間帰らずとも怒りはしないだろう。それとも言わないだけで、不満に思ってるのか?」
「まさか。だって依頼は仕方がないことでしょう?」
は目を丸くして首を振った。
「でも、遊びで帰って来なかったら、寂しいよ。」
「わかってるさ」
素直な言葉に、マダラは思わず苦笑する。
依頼は仕方のないことだ。大名から受ける依頼によって一族は成り立っている。それは決して遊びではない。ただ、愁がの所にやってくるのはあくまで遊びだ。だからこそも問題だと言っているのだ。
「一週間の半分も遊びに来るなんて、問題だと思うの。」
どうやらマダラよりも愁がうちは一族に遊びに来ていることを、実姉のの方が問題だと感じていたらしい。それにはマダラの方が少し驚いた。彼女は弟妹には甘い方だと思っていたからだ。
そういえばのんびりしているだが、弟妹たちに礼儀に関しては厳しく言っていた。マダラに対して転がったまま挨拶をした弟に注意していたこともある。長女の上、親を早くに亡くしたから、どうしても気になるのだろう。弟妹も反抗せずにさらりと聞いていた。
「まぁ、俺が扉間の立場にあったなら、…まず理由を尋ねるだろうがな。」
は義務は良く理解している女だ。今ではうちは一族の内部感情まで配慮している。
もし妹の嫁ぎ先が千手一族でなかったとして、一週間の半分を妹のところで過ごすとなれば、理由を聞き出すことに全力を注ぐだろうと思う。とはいえ、ならばそこまでの行動に出ようとはしないだろう。実際にうちは一族から疎まれていた頃でも、耐えていた。
「そうね。理由を聞かないと、でも話すかな。」
「確かに、愁はまったく素直ではなさそうだな。」
マダラの言葉は、実に正しかった。
昔から愁は気が強いだけでなく意地っ張りで、自分が弱っていれば弱っているほど本心を隠して逃げまくる。姉のは昔からこんこんと彼女に言い聞かせていたが、今回はどうなのだろうと思う。
「まぁ、別に気にするな。たまに悪態をつかれるのは疎ましいが、どうせ冬で暇だしな。」
「マダラさんは優しいね。」
「そんなことを言うのはおまえだけだ。千手の奴らが聞いたら卒倒するぞ。」
マダラは彼女の体を抱き寄せ、あぐらをかいた自分の膝の上に座らせた。
「少し重いな。」
「酷い、」
少しがむくれてみせるので、マダラはそっと彼女の腹に手を置いた。襦袢の下にある日頃は薄い腹は、今は下腹部が僅かに膨らんでいる。もう5ヶ月を過ぎているため、誰が見ても妊娠していると分かるようになっていた。
当初は流産の危険も言われたが順調だ。
最初の妊娠の時は臨月まで互いに和解できず、孤独に揺れる中ではマダラを受け入れることが出来なかったし、マダラもいつが死を選ぶかと不安でたまらなかった。和解してすぐに出産することになったが帝王切開で、何も分からないはパニックを起こし、マダラも初めての妻の出産が帝王切開で落ち着く暇もなかった。
だが、今はお互いに落ち着いて子供について語らうことも、生まれてくる子供に夢を膨らませることも出来る。
「わたし、すぐに妊娠してしまったから、戦いに出ずに済んだけど、愁は覚悟がなかったのかもしれない。」
はマダラに攫われたため、死すらも覚悟していたし、すぐに妊娠してしまったため、戦いに出向いていない。それに蒼一族の特殊性を理解しているマダラはに索敵や追尾、地図の作成などを中心に行わせ、戦場に突然を出そうとはしていない。
対して愁はなんの覚悟もないままに嫁ぎ、戦場に出たのだろう。
「俺たちが正常ではないんだろうな。」
マダラたちは幼い頃から死を前にしてきた。時には人を殺し、それが普通の生活だ。躊躇えば自分が殺される。しかし争いを見たこともない蒼一族の人間にとってはマダラたちこそが“異常”なのだ。そういう点では千手もうちはも蒼一族にとっては変わらない。
その事実を、マダラはから十分に知る時間が合った。だが、扉間はどうだったのだろうか。
「わたしは幸せね。」
は目を伏せて、とんと横向きにマダラの胸に頭をもたせかける。
マダラは少なくとものことを心から大切に思い、慮ってくれる。互いの生まれは天と地ほども違うが、それも理解しようと努めてくれる。だからは彼のために頑張ろうと思えるのだ。
「おまえだって辛い思いをまったくしなかったわけではないだろう?」
マダラはの髪を優しく撫でて、労るように言った。
一族のために、攫ったを無理矢理犯して妻にしたのは、マダラ自身だ。それで妊娠までしてしまったは確かに辛かっただろう。事実、一時はマダラが後ろから近づくだけでも悲鳴を上げるほど恐怖を感じていた。
うちは一族にも中々受け入れられず、侍女頭を首にするまでは苦労もかけた。炎一族に攫われたこともある。
「でも、マダラさんといられるのは、幸せだもの。」
は笑って漆黒のマダラの瞳を見上げた。
和解して、彼といるためならば、なんでも出来ると、何でもしようと決めたのだ。自由に生きられるならば、彼の傍にいたい。それが自分の幸せだと、決めたのだ。だからなんでも出来る。
「俺も、幸せだ。」
マダラはそっと、腕の中にいるに自分のそれを重ねる。
情事以外にこんな事を口付けたいと思う女がいるとは思わなかった。情事以外にこうして体を寄せ合いたいと、そんなことを自分が考えるなんて、想像できなかった。昔の自分ならば、間違いなくに溺れきっている自分を笑うだろう。
こうして、自分の子供を身ごもった女の腹に手を当てて、抱き合う日が来るなど、幸せな夢のようだと、マダラはその夢をどうしても守りたかった。
幸せな夢故に恐れる