うちは一族の頭領の妻である蒼と千手一族の長の妻であるミトの会合はうちは邸で行われることになった。ミトは護衛として扉間を、は護衛としてイズナをそれぞれ連れての物々しい会合だったが、それでもふたりは笑って会合を始めた。




「随分とお腹が大きいですね。」




 ミトは服の上からでもわかるほどの大きなお腹を抱えているに目を細めた。

 緋色の髪を二つに束ねた彼女は、すっと背筋を伸ばして正座をしていた。一片の隙もないような姿に、は背筋を伸ばしたが、お腹がひどく重くてずっと正座をしているのは厳しそうで、しかも彼女と違って背が低いのですぐにあきらめた。




「はい。もう8か月ですから。」




 当初は流産の危険性もあったが、3か月を過ぎれば驚くほどに順調で、今では触ればお腹の中で動くのがわかるようになっている。お腹は外から見ても帯では誤魔化しようがないほどの大きさになっているので、最近では重たくて動くのもやっとだ。 

 マダラはが臨月だということもあり、最後までこの会合に難色を示し、体調が狂えばすぐに中止するようにいっていたが、幸い何事もない。産婆も太鼓判を押すほどに順調だった。




「羨ましいですね。」





 少し悲しそうにミトは目じりを下げる。

 がマダラと結婚したのよりも、おそらくミトが柱間と結婚したののほうがはるかにはやい。年齢もミトのほうがよりも随分と年上だった。が一人の子宝に恵まれ、またもう一人妊娠中であるのに、彼女にその傾向はないのだという。

 がミトを思ってすこし目を伏せると、それに気づいたミトが首を振った。




「こういうものは焦っても仕方がないことです。それにただ、身近に妊婦がいなかったので、どうなのだろうと思っただけなのです。」

「お辛くなければ、触ってみますか?」

「…よいのですか?」




 ミトは少し怖がるようにに尋ねた。の後ろで座ってただ二人の話を聞いていたイズナと扉間が顔色を変え、特にイズナは腰を浮かしてを止めようとしたが、はそれをなだめるように笑いかける。

 ミトは慎重に着物の裾を返してのほうへと歩み寄ると、近くに膝をつき、本当に恐る恐るの腹に手を伸ばした。触った途端にすぐに引っ込めた手を、はとって自分の下腹にそっと驚かれないように優しく押し付ける。




「ぁ、」




 小さくミトが声をあげて、驚いて手をひっこめる。




「動きましたよっ、」

「えぇ、最近動いているのがわかるんですよ。」




 が笑って答えると、彼女は不思議そうにもう一度自分からの腹に触れた。また、とんと蹴る感触がしたが、今度は彼女も驚いて手をひっこめたりせず、柔らかく笑む。




「すごいですね。痛くないんですか?」

「流石にたくさん蹴られると痛いんですが、この子はそれほどではありませんでしたよ。」





 は目を細めて言う。

 一人目のアカルの時はとても元気な子供で、蹴られるのが痛くて眠れない時もあったほどだが、幸いなことに今お腹にいる子供はそれほど乱暴者ではないようだ。夜もちゃんと眠ってくれているようで、夜に痛みで目が覚めることもない。





「多分男の子だと思うのですが、おとなしい子なんです。もうアカルの時は本当に大変で、痛くてたまらなかったのですが、」

「…お一人目は女の子とお聞きしていたのですが、」

「間違いなく、女の子です。」






 女の子のほうが乱暴だったというのも少し不思議な話だが、はお腹の子供が男の子だということを確信していた。当然勘なわけだが、の勘を誰も疑っていないため、マダラもすでに男の子の名前を考え、女の子の名前など視野にも入れていなかった。



「愁が姪御が美人だと申しておりました。うちはマダラそっくりだとか。」




 ミトが少し複雑そうな表情で尋ねる。

 愁はの妹で、扉間に嫁いでいる。彼女にとっては義理の妹にあたるので、よく話すこともあるのだ。愁にとっては姉の娘がかわいいというそれだけなのだろうが、うちはマダラはミトにとっては恐ろしい相手であることに変わりはないのだろう。




「あ、娘にお会いになられますか?」

「よろしいのですか?」

「はい。」




 は答えて、渋い顔をしているイズナではなく、近くにいた侍女のカワチに二言三言話して、アカルを連れてくるように言う。

 朝から大人たちはミトが来るということで忙しくしていたし、自身も用意があってかまうことができなかったので、呼ばれたらアカルは喜んでくるだろう。最近アカルは妊娠のためにだっこしてもらえず、侍女に諌められてばかりでイライラしている。

 父親のマダラがいれば少しはましなのだが、生憎マダラは柱間との会合で出かけてしまっていた。

 すぐにカワチに連れられてやってきた娘は、を見るとすぐに母親であるに手を伸ばして抱っこをねだる。とはいえ抱っこはできないので、首を横に振るとむっとした顔での膝に頭をもたせ掛けようとして、人がいるのを見て目を丸くした。

 最近、抱っこしてもらえないとわかると、膝を叩いて不機嫌そうなそぶりを見せるのが常だったが、知らない人がいるのに驚いたのだろう。

 泣くかなとが注意深く見守っていると、アカルはすっと姿勢を正して漆黒の瞳でまっすぐ前にいるミトを見据えた。




「…アカル?」




 は甘えてこず、随分と大人しい娘に驚いてそっと頭をいつも通り撫でようとすると、アカルは少し不機嫌そうに唇をへの字にして、を見た。




「きっと子供扱いされるのがお嫌なんでしょう。」




 ミトが柔らかく目を細めて言う。はよくわからず首をかしげたが、なんだか娘の表情がマダラの表情に重なって、笑いをもらした。




「愁がいつも、きっと美人になるって話してくれるのですけれど、気品があるというか、顔だちが整っていますね。」

「…そう、ですか?」





 改めて子供らしく笑いもせず、じっとミトを見ている娘の顔を眺める。

 とは全くと言ってよいほど似ていない顔だちは子供の割に精悍で、真顔になるとかわいいというより確かに整っているというのが正しい。



「まぁ、マダラさん大好きだものね。きっと将来大物になるね。」




 が娘に言うと、ミトと後ろに控えている扉間はぎょっとした顔をした。彼らはきっと彼が家族に向ける優しい目も何も知らないのだろう。




「確かに、似ているといわれると、似ている気もしますが、」




 ミトはアカルの顔を見てマダラを思い浮かべようとしたのだろう、少し眉を寄せたが、幼い面立ちがイメージする彼にはあまりにつかなかったらしく、首をかしげて困った顔をしただけだった。




「かー、」




 アカルは侍女が運んできていた饅頭を見て、欲しいと訴える。大人ぶって撫でられるのは嫌でもお菓子については欲しいらしい。




「いりますか?あ、食べさせても大丈夫ですか?」




 ミトはとっさに自分の饅頭をアカルにあげようとしたが、あまりに年齢が幼いため食べられるかがわからず困ったように目じりを下げた。




「大丈夫ですよ。もうだいぶ食べられますので、」




 が答えると、嬉しそうにミトは饅頭を慎重なぐらい小さめに割り、それをアカルの口元に持っていく。アカルはそれを漆黒の瞳でじっと見ていたが、すぐに指にかみつきそうな勢いでそれを口にした。どうやらお腹がすいているらしい。




「おいしい?」

「いー」





 何を言っているのかは全く分からないが、ひとまずご機嫌でアカルは答えて見せる。




「笑うとやっぱり子供ですね。」





 ミトは心から楽しそうに饅頭のかけらをアカルに差し出した。千手一族はまだ兄弟そろって子供がいないので、幼い子供に親しむ機会がないのかもしれない。その姿は子供に目を細めるただの女性だ。否、間違いなくただの女性なのだろう。それはも同じだ。

 戦わなければ、誰もみなただ誰かを大切に思い、いつくしむだけのただの人間だ。




「夫もアカルには敵わないんですよ。」





 が笑うと、やはり身とは少し驚いた顔をしたが、幼女を見て同じように笑う。




「確かに、こんなかわいい子には誰もかないませんね。」



子供