珍しく新品の仕立て上げられた黄緑に扇模様の着物を着たが深々と頭を下げる。
「あけまして、おめでとうございます。」
「あ?」
アカルがよく分からないのか、親指をくわえたまま不思議そうに母親を見上げる。今日はアカルもが仕立てた緋色の可愛らしい着物を着ていた。
「あぁ、あけましておめでとう。」
マダラも一応きちんと羽織り袴を着て、頭を下げる。
「うん。あけましておめでとう。」
イズナも同じように軽く頭を下げた。
今日はまず朝から神社に挨拶に行くことになる。にとってはうちは一族に来てから二度目の、娘にとっては初めての正月になる。
「おまえ、体調の方は?外は寒いぞ。」
神社は近いとは言え、雪道を歩くことになる。
の腹はすでに帯の上から十分分かるようになってきていて、羽織を着ればごまかせるかも知れないが、雪道を歩くのは気をつけなければならない。こけて流産でもすれば大事だ。
「うん。大丈夫。」
はマダラに笑って答えてから、隣にいるアカルを見やる。
「兄さんはを見ててあげてよ。俺はアカルを抱えて行くよ。」
まだまだ足取りの危うく歩けないアカルに雪道を歩くのは不可能だ。イズナは可愛いねと笑いながら姪御を抱き上げた。
アカルは叔父のイズナが大好きなのか、すぐに腕を回して満足したように、それでいて少しむっとした顔で1つ頷く。自分は満足してる、でも素直に喜んだりはしない、とでも言いたげな鷹揚な様子に、は吹き出さずにはいられなかった。
「なんか、唇を引き結んでいる時が、マダラさんにそっくり。」
むっとしたような、そんな表情の時、アカルは本当にマダラの小さい版にしか見えない。きっとマダラが幼い頃もこんな感じだっただろうと容易に想像できる。
「うん。思う思う。もう少し髪の毛が硬かったら兄さんそのままだよ。」
イズナもアカルを腕に抱えたまま楽しそうに笑う。
まだ幼いせいか、それともしなやかな直毛のに似たのか、髪が伸びてきたアカルはまっすぐの黒髪の持ち主になった。吸い込まれそうな大きな瞳と整った精悍な顔立ちはマダラそっくりだ。そのせいか、不機嫌そうにむっとすると、ますますマダラに似ていて誰もが笑いを漏らすほどになっている。
「まったく、酷い奴らだな。」
マダラはイズナの腕に抱かれている娘の頬をつつく。
「マダラさんに似た方が美人さんになって良いよ。」
悪気がまったくないはそう言うが、どうやら彼の機嫌を損ねたらしい。少しむっとした彼は、障子を開けて淡々と外へ出る準備をする。
「兄さん、別には兄さんがいつもむっとしているとか、そういう気で言ったんじゃないよ。」
「おまえはそのつもりで話に乗ったんだろうがな。」
「まぁ、それは、ね。」
イズナは適当に誤魔化すように咳払いをして、腕の中のアカルに羽織を着せてから外に出た。
外の空気は肌を刺すほど冷たい。アカルは無意識にイズナの胸に顔を埋めて冷たい風から隠れ、も思わず毛皮の襟巻きをかき合わせた。
「大丈夫か?」
表情変えたを見て、マダラが心配して尋ねる。
「大丈夫だよ。心配性。」
はもう一度返して、草履を履いた。
道はきちんと雪かきがしてあって、神社までの道は確かに滑りやすいが歩くのが難しいわけでは亡かった。ただ、あまりは雪になれていないため、歩くのがへただ。
「わっ、」
「気をつけろ。」
が転びそうになると、マダラがの腕を掴んで支える。おかげで恥ずかしいが、マダラの腕にもたれるようにして歩くはめになった。そうしていればこけそうになってもマダラが支えて助けてくれそうだったからだ。
「俺がアカルを抱えて正解だったね。」
「おまえ、アカルに怪我をさせたらその首をもらうぞ。」
「怖っ、これは義姉上に守って貰うしかないね。」
日頃義姉上なんて呼ばないというのに、イズナはわざと言ってみせる。
「…それは自信がないなぁ。」
「え、庇ってくれないわけ?」
「は俺の味方だからな。」
「んー、そういうわけじゃないけど、わたしじゃマダラさんに勝てないよ。」
別に絶対的にマダラの味方というわけではないが、がマダラに勝てるはずもない。マダラは少し不満そうな顔をして、ため息をつく。
「残念だな。これで妊娠していなかったら、少しくらい雪道を一人で歩いてもらうものなんだが。」
「え、そ、そんなことしたら転んじゃうよ。」
「わかってるさ。」
分かっているから言っているのだが、はその大きな紺色の目を何度か瞬いて、マダラの腕につかまる力を強くした。
が転ばないように支えながら、いつもよりずっとゆっくりと歩く。
途中で何人かのうちは一族の者に鉢合わせたが、大抵がマダラの腕にしがみついているのを見ると、見なかったことにしてすたすたと早足で歩いて行くか、なんともはにかんだ笑みを浮かべて声をかけてくるかのどちらかだった。
そのたびには何とも言えない気分で恥ずかしくなったが、ここでマダラから離れて転んでは大事だ。恥ずかしさもぐっと我慢した。
対してマダラは楽しそうに笑っている。
とマダラの仲むつまじさは、炎一族の一件が終わると他の一族にも知れ渡ることになった。当初は蒼一族から無理矢理誘拐したこともあり、政略結婚だからと他の一族も侮っていたようだが、この間の宴で仲良く寄り添う二人に驚いたようだった。
特にうちは一族では徐々にの立場はゆっくりだが確実な物になりつつあり、それは翌年嫡男を産めば確固とした物となるだろう。
頭領の妻が力を持つ要素は実家を覗けば2つ。頭領の寵愛と、子供だ。その2つを基本的に手に入れてしまえば、少なくともは頭領の妻として大切にされ続けるだろう。仮にマダラに何があったとしてもだ。だが、それが本当に良いことなのか、マダラにはよくわからない。
彼女は二度と蒼一族に戻れない。それだけは確かだ。
「ここは、いつも古い願い事の場所ね。」
は前にもマダラとともに祝言の時と、うちはの秘密を教えて貰った時の二回ここに来た。だが、いつもこの神社を包んでいるのは、古い祈りのような感情だ。それを敏感に感じて、はこの場所に来るのが結構好きだった。
もちろんこの神社がなんのために、どうして作られたのか、よく分からない。ただはここに眠る小さな祈りが温かくて好きだったし、小さな神社だが、うちは一族の歴代のすべてが眠っている気がした。
「おまえの言うことはよく分からないがな。」
うちは一族の頭領であるマダラにはそう言ったことはよく分からないらしく、肩を竦める。
「そうだね。でもお神籤だけは引いて帰らないと。」
初詣に来た気がしない、とイズナはアカルを揺らしながら言った。先ほどまでほとんどイズナの腕に顔を埋めていたアカルだが、神社に来た途端に寒さよりも興味が勝ったらしく、目をらんらんと光らせてあちこちをきょろきょろしていた。
「わたし、お神籤で今まで大吉以外引いたことがないけど。」
蒼一族にも神社はあるが、生憎蒼一族の人間は大体大吉以外引かないので面白くなかった。たまに勘の悪い物が大凶などを引くのだが、それは本当に勘が悪いときだけで、滅多なことがないと誰も引かなかった。
おみくじの中身を半分以上大凶にしても引かないのだから、皆強運か、運を勘が上回ると言った所だろう。
「…アカル、おまえが引いて見ろ。」
マダラはふと思いついたように自分の娘にまず引くように言う。
よく分からないアカルはお神籤の大量に入れられた箱に手を突っ込んで、むんずとひとまず3つほど札を取った。
「1つ、1つだよ。」
イズナはその3つをアカルの前に差し出し、取るように言う。アカルがよく理解した風はなかったが、何故か2つ選んだ。しかもそれをどれだけイズナが1つ選ぶように促しても、2つ握ったまま絶対に手放さない。
「わたしもその2つは一緒だと思うんだけどな。」
はその3つのお神籤をじっと見てから、娘が持っている2つを見て頷く。
「開けてみる?」
「そうだな。」
イズナとマダラは、ひとまず3つとも購入して、全部開いてみる。アカルが持っていた札は2つとも1番大吉、アカルが捨てた一枚は見事に4番大凶だった。
おみくじ