夜に二人でいる時に新年の贈り物としてマダラからの贈られたのは、濃いが派手ではない黄色の布地に銀色の刺繍がうっすらと入った帯揚げと、濃い水色の帯締め、何かの鉱石を使い柔らかなひれを持つ金魚をかたどった緋色の帯留めだった。



「可愛いね、」




 はすぐにその帯留めに目をとめた。マダラは嬉しそうなの様子に安堵の息を吐く。

 正直マダラには全くと言って良いほどが喜びそうな贈り物というのが分からなかったので、の侍女であるカナに相談したのだが、彼女もが欲しい物を口にしたことはほとんどないと言っていた。

 しかも元々は節約家で、あまり高い贈り物をすれば怒らないまでも目じりを下げて何とも言えない顔をされそうなので、ますます困った。カナからは着物の小物が足りないからと助言があったので、一揃え選ぶことにしたのだ。

 とはいえ、経験のないマダラは散々頭を悩ませたのだ。




「それにこの黄色の帯揚げ良いね。わたし着物が水色の物が結構あるから、あわせやすいし、帯締めも良い色合いね。でもせっかくくれたから使うのがもったいなくなっちゃいそう。」

「普段使いのために買った物だ。使ってくれ。」

「だってマダラさんがくれたものなんだもの、」

「俺がやると使いたくないのか?」

「違うよ。せっかくもらったから綺麗にしておいておきたいなぁって思うの。」

「それでは意味がないだろう?」

「でも、すごく嬉しい、」





 は少しはにかむように笑って目を細める。丁寧にそれらを箱に入れて脇に置く彼女を見ながら、笑ってマダラはの体を抱き締めた。

 もうお腹は大きくて帯の上からでも十分に分かるほどになっている。は襦袢しか着ていないのでなおさら目立って見えた。ましてやは小柄で、体重も十キロほど増えると言うから動きにくそうで、華奢なにはあまりにも不釣り合いだ。

 それでも成長などあっという間で、最近ではマダラが触れば何となく腹のこの動きも分かるようになっている。ここにいるのは確かにマダラとそしての生まれた証そのものだ。



「それにしても俺がまさか子供を持つことになるとはな。」

「あら、二人目でしょう?お父様、」

「まぁ、そうだな。」



 あっという間に二人目の子供がもうすぐ生まれる。一人目の娘の時はこんな風に時間を楽しむだけの余裕もなかったように思う。

 は抱き締められたままマダラの方に体を向けて、自分の体をマダラの腕に委ねる。




「ただおまえの心配はしているさ。」 



 幼児死亡率が高いのと同時に、母親が出産で死ぬ確率も高い。だからマダラはの体も心配している。ましてやまだ他の女たちよりは若く、体が小さい。誰が見ても不釣り合いに膨らんだ腹を抱える華奢な体は頼りないのだ。

 マダラはそっとの小さな手を取る。

 細くてマダラよりずっと小さなその手は滑らかで、傷はほとんどない。血で汚れたこともなければ、人を殺したこともない、誰よりも綺麗な手だ。



「何で、人は戦うのだろうな。」



 を抱いて、自分の子供を抱いて、感じた疑問は酷く大きなものだった。当たり前のように戦い奪ってきた。時にはいたいけな命もこの手で奪ってきた。それを生きるために、当たり前の物だと思っていたのに、はそれを知らない。

 結界という限られた世界の中で、幸せに歩んでいた。



「…みんなが蒼一族みたいに、戦わない方法が探せたら良いのにね。」

「結界の中で引きこもってか?」



 ふざけるようにマダラが言うと、はマダラを見上げて、笑う。




「それは困るかも、わたしマダラさんに会えなくなっちゃう。」

「そうだな、」



 戦う時代だからこそ、マダラはの血継限界が使えるかも知れないからとを攫ったのだ。戦わなければ、うちは一族とてただ農作業でもして暮らしていたのかも知れないから、マダラとが出会うこともなかっただろう。



「人が人を殺さなくても生きていける方法は、どこにあるんだろうね。」



 は目じりを下げて、宙を眺めた。

 結界の中で暮らしていれば確かにその中だけでは幸せに、穏やかに暮らすことが出来ていた。だが、それはあくまでたち蒼一族が持つ特別な力のおかげであり、その外では戦いは常に行われており、たちが売っていた予言や情報も少なからず戦いに使われていた。

 たちは確かに手を汚していないが、殺しに荷担しているという点では一緒なのだ。



「…争いを治めるのは難しい。誰よりも強い結界を這って引きこもるか、それぞ夢の中でも無い限りは、」



 マダラは真剣に考えられるだけの答えは全く見つからない。今の戦国の世では到底お手上げの状態だ。こちらが休戦を望んだとしても襲ってくる時は襲ってくるのだから。そして誰かを守るために結局戦うのだから。



「みんな大事だよってことが、わかれば良いのにね。」



 誰かにとって、誰かは大切な存在だ。それを皆が知らなければならない。知らないからこそ、他人から奪って良いと思うのだ。



「このつかの間の休戦は、どこまで続くんだろうな、」



 マダラは不安を吐露するように思わず口にしていた。

 戦いになれば襲われることだってある。頭領の妻であり、ましてや身重のなどひとたまりもないだろう。そうならぬように身辺に気にかけているが、可能性はゼロではない。



「うん、五年くらいは続くよ。」



 はそれにあまりにもあっさりと返す。それはおそらく断片的な予言のような物だが、マダラはそう言った物は心に留めても聞き返さないことにしていた。

 ただその言葉は少しだけマダラの心を軽くする。



「そうか、それまで何人子供が出来てるだろうな。」

「どうだろう?マダラさんは5人兄弟だったんだよね。」

「五人頑張るか?」



 腕に力を込めて、彼女の腹に負担がかからないように抱き寄せると、は鈴を鳴らすように軽やかに笑った。



「だが子供よりも少しゆっくりしたい。おまえも体を休めたいだろう?」




 良いのか嫁いできてからは妊娠と出産を繰り返している。マダラとしても少しとの時間をゆっくり過ごしたいという心持ちもあった。




「休ませてくれるの?」

「どうだろうな、」



 素直な答えを返すと、は目を細めた。マダラはのその紺色の瞳を細めて目だけで笑うその穏やかな表情が好きだった。



「夢の中でも結界の外でも、どこでもわたしはマダラさんの隣にいたいな、」




 柔らかく告げるゆったりとした声音が、マダラを優しく包む。

 マダラの傍には戦いの場が傍にあり、の傍には穏やかさとともにある退屈しかなかった。どちらが果たして良かったのか、マダラには分からない。だからたまにをとんでもないところに連れてきてしまったのではないかと思う事がある。

 だが、の言葉がいつもマダラを掬い上げる。




「あぁ、俺もだ。」




 どんなに悔やんだところで、マダラにはとともにない生活は到底考えられない。失ったらおかしくなってしまいそうなほど、大切に思っている。一族を一番に考えるマダラが唯一それをかなぐり捨てることが出来る。

 その言葉と衝動がどれほど危険なのかを、誰もまだ分かっていなかった。
愛情と幸せと喪失のありか