桜がちょうど咲く頃、は夜中に鋭い痛みでたたき起こされ、そのまま明け方に出産するという事態になった。当然ながら陣痛が始まった時からずっとついていたマダラは一睡もできるはずがなく、苦しむの声を聞いて部屋の前でイズナと苛立ちとともに10時間近く待機する羽目になった。
途中からは娘のアカルも弟妹の誕生と言うよりは侍女たちが騒ぎ出したのを理解して、マダラの隣で一緒に待っていたが、こちらは暢気な物で半分眠っている。
前回は帝王切開であっという間だったが、状態が良くないから帝王切開なので、気をもんだ。とはいえ普通出産は時間がかかりすぎて気分は同じだ。春先で涼しい廊下は頭を冷やすのに十分だったが、それでも落ち着かない。
「元気な男の子ですよ。」
大きな産声からしばらくして、赤子を湯で洗い、連れてきた産婆は、マダラに赤子を抱かせると、すぐに戻っていった。の後始末があるからだろう。
「あー」
まだ1歳でよくわからないが赤ん坊に興味があるアカルは見せろとマダラにせがむ。マダラは腰を下ろして抱いている息子を娘に見せてやった。
「少しおまえが生まれた時よりは軽いな。」
マダラはわからないだろうと言いながら思っていると、娘は目を瞬かせて、不思議そうに弟を見ていた。腕の中にいる息子は目も開いておらず、顔色もまだよくはない。ただ眠っているのか非常に静かで、たまに身じろいで見せた。
「また兄さん似?」
マダラの弟のイズナが横からひょこっと首を出して赤子をのぞき込む。
「わからない。まだくしゃくしゃだしな。」
正直生まれたばかりの赤子の顔など誰でも一緒、くしゃくしゃで目鼻立ちもよくわからない。ただ娘と比べると、少し髪の毛が頼りない気がした。
「抱くか?」
「うん。抱かせてもらう。」
イズナに尋ねると、彼も嬉しそうにマダラの腕から赤子を抱き取った。
「名前は決めてるの?」
「あぁ、イズチにする。何処、だ。」
「なんで、」
「どこにでも行けそうだろう?それに雷(いかずち)、だ。」
「ふぅん、要するに何処なる雷って?」
昔読みで何処はいずちと読むことがある。また雷にも通じる響きだ。だからマダラはその名を息子に与えた。それに、弟のイズナにもよく響きの似る名前でもある。
「イズチ様ですね。」
中から出てきたつきの侍女のカナが話を聞いていたのか、襖を開けて、穏やかに目を細める。
「嫡男のご誕生、おめでとうございます。」
続いて出てきた侍女のカワチは深々と息子を抱いているマダラに頭を下げた。嫡男と言われて、確かにそうだなとマダラも思って鷹揚に頷く。
今のご時世幼児死亡率が高い上に幼くとも忍として死ぬことは多々ある。だからこそ頭領の妻である限り子供の出産は義務だ。子供が産めない故に離縁された女もいくらでもいる。だが、マダラは先に得た娘に関しても、今得た息子も、そんな風に考えたことはなかった。
「…出来れば、」
イズナの腕の中にいる息子を眺めて、口の中だけで言葉を溶かす。
出来れば、自分たちのように殺しあうのではなく、まったく違う時代に生きて欲しい。弟たちのように一人で誰かに殺されるのではなく、戦い亡くす恐怖に怯えるのではなく、幸せに誰かと笑いあい、誰かに看取られるような穏やかな死を迎えて欲しい。
「とと、」
気づけば、マダラの着物の袖を幼い娘が引っ張っていた。その自分と漆黒の瞳は、ゆらりと揺れてマダラの思案を見透かす。
「…おまえは、俺に似ていないな。」
娘は容姿も気性もマダラそっくりだと年寄りどもが太鼓判を押している。確かに無愛想でいつも口をへの字にして見せる娘は自分に似ているのかも知れない。だが、マダラにはこの幼い娘の勘の鋭さが、自分に似ているようには到底思えなかった。
マダラの心情を読み取るこの鋭さは、そのものだ。
「は大丈夫か?」
マダラは一番にの事を尋ねる。
「えぇ、疲れていらっしゃるようですが、ご無事です。」
ゆったりとした調子でカナは答えて、襖を開いて中へとマダラを通す。生まれたばかりの息子は弟に任せ、マダラは部屋の中へと入った。
まだわずかに血のにおいの残る部屋はカワチによって襖や障子が大きく開け放たれている。布団の上に横たわるは顔色こそあまり良くなかったが、ぼんやりした瞳ながらもマダラを見るとにっこりとほほえんで見せた。
「マダラさ、ん、」
かすれた声で名前を呼ばれ、マダラは早足で歩み寄り、腰を下ろしての手を取った。
「大丈夫か?」
「ぅ、ん。でも、痛かった、」
なにやら酷く幼い言い方に、思わず笑ってしまう。日頃彼女はのんびりしていて大人びているのに、こういう時だけ子供なのだ。
「あぁ、そうだな。だからゆっくり休んで良い。」
マダラはもう片方の手での頭をそっと撫でる。
「こ、子供、は?」
不安そうには声を震わせる。一応産声は聞いているはずだが、それでも今は聞こえないので心配しているのだ。
「元気な男の子だ。よくやった。」
マダラはにねぎらいの言葉をかけて、の長い紺色の髪を前髪からゆっくりと撫でてやった。僅かに汗ばんだ長い髪はさらりと褥に滑り落ちていく。
「いずちという名前にした。」
「いず、ち、」
小さくはマダラの言葉を反芻して、小さく頷いた。どうやら子供が生まれたという実感がわいたらしい。目を細めて笑って見せる。
だが、どちらにしても疲れていることに変わりはないらしく、マダラの手を握りながら、彼女の瞼は今にもおりてしまいそうだった。
「ありがとう。」
マダラはそう言っての瞼の上に自分の手をそっと置く。それに促されるようには目を閉じた。疲れが酷かったらしく、1分もしないうちに彼女の唇からは寝息が漏れた。
驚くほどに幸せで、愛おしい、それでいて忙しい日々が続くのだろうと、この時は漠然と思って、唇の端が上がってたまらなかった。
幸せを積み重ねて