は産後一週間目に入るとある程度動けると思ったのか、常通り動こうとして侍女やマダラに怒られることになった。
「みんな心配しすぎだよ。」
少し不満そうにはマダラに言う。
生まれたばかりの息子はの隣の座布団の上で眠っている。
無駄に泣かない子供で、横で姉にあたるアカルが叫ぼうが遊ぼうが、お腹がすかない限り爆睡という逞しい。基本的にアカルが暴れても侍女が見てくれるので、久々に図面書きでもしようかと思ったはすぐにその巻物をマダラに取られた。
「産後はじっとしておくのが良いそうだ。」
「わたしはもう大丈夫だよ。」
「産婆が言っていた。ついでに重いものも持つな。」
「赤ちゃんはもう生まれたよ、」
それはお腹に赤ちゃんがいたからだろうと言外に言うと、マダラは心底呆れた顔でを見下ろした。
「おまえ何も聞いていなかったのか?出産後は骨盤が閉まりきっていないから外れるそうだぞ。」
どうやら産婆から産後にどういう風に過ごすのが良いのかをしっかり聞いてきたらしい。
前回は帝王切開だったので痛みなどで全く動かなかったし、傷が開いては困るからと大人しくしていたが、今回は普通出産だったので大丈夫かと思っていた。体は既に軽く別に問題なさそうだったが、マダラは巻物を返してくれそうになかった。
「そんな簡単に外れるのかなぁ、」
「少なくとも肩が外れた時は戻してもしばらく簡単に外れるぞ。」
「…」
微妙なたとえだったがそれが所詮真実なのかも知れない。
「全く油断も隙もないな。」
マダラは近くの棚にその巻物を置いて、ため息をついてから、の隣にあった座布団に腰を下ろして生まれたばかりの息子を抱き上げる。眠っている息子は父親がそうしてもちっとも起きなかった。
「随分と図太いな。それにまた黒髪か、」
「良いじゃない。マダラさんに似たら美人さんだよ。」
「それは普通男に言う名詞じゃない。…おまえの言ってることはたまによくわからん。」
仏頂面のままマダラは言う。
「そういえば、お披露目はどうだった?」
先日一応嫡男のお披露目と言うことでうちは一族の集会が行われた。はまだ産後間もないと言うことで欠席だ。
「別に問題なかった。気分よく眠っていたぞ。」
が蒼一族出身と言うこともあり、全くと言って良いほど歓迎していなかったうちは一族も、流石に嫡男が生まれて黙った。これでは二人の子供を産み、妻としての役目は最低限果たしたと言う事になる。少なくとも二人目の妻を取れと言っていた奴らは黙るだろう。
これからマダラに何かあったとしても、は次の跡取りの母親として大切に遇されるはずだ。
今のところ子供たちの体が弱いと言うこともないから、このまま育てば彼が後々うちは一族を継いでいくことになる。もちろん、生き抜けばと言うことだが。
「アカルはどうした、」
「イズナが神社に連れて行ったよ。遊びに。桜に興味があるんだって。」
「あいつは本当にまめだな。まぁ、生憎オレたちには妹はいなかったからな。」
姪御が可愛くて仕方がないのだろう。イズナはが嫁いできてからはのことを非常に気にしていたし、子供にとっては良いおじさんだった。本人がおじさんではなく、お兄さんと呼んで欲しかったとしても。
「そういえば、ミトさんが大きな戦いがあるかもって言ってたけど、あれはどうなったの。」
「あぁ、谷を越えたまだ向こうだ。森を越えて来る気はないらしいから、今のところこっちに心配はなさそうだがな、」
マダラは赤子を抱きながら、僅かに眉を寄せた。
世界中で大きな休戦協定や同盟がすすみつつある。その動きはうちはや千手だけではなく、同時にその同盟が他の同盟と争えば、かつて類を見ないほど大きな戦争になった。それは全く小競り合いのレベルでは無い。
マダラたちも警戒しているが、今のところそれはマダラたちが住まっている一角から森を抜け、まだ谷を越えた所で戦争が行われている。マダラたちの所まで攻めてくる雰囲気はないので、警戒する必要はあるが問題なさそうだった。
「…そんなに大きいの?」
「あぁ、互いに2000と言ったところか。決戦はこの分だと夏頃だろうな。」
単純な戦いならば一族同士で数百というのが今までの相場だ。しかし同盟を結んだことによって忍の数は単純に増えた。そのため戦争を始めれば2000ぐらいの人間は軽く集まることになってしまった。それは同時に莫大な人間が死ぬと言うことになる。
「今は小競り合いだけだが、夏には俺たちも警戒には出る。」
戦いにはならなかったとしても残党兵が踏み込んでくると言うことは良くある話だ。
「わたしも、行っても良い?」
はおずおずとマダラに尋ねる。戦場にが出たことは、まったくない。本質的な戦いにはならないだろうが、本当の戦いを見る事は出来るはずだ。
「あぁ、襲われることもないだろうし、体調が整っていればな。」
「あと3ヶ月もあるんだよ?大丈夫だよ。」
少なくとも出産で失った体力は回復しているだろう。幸いなこと胃若いので回復自体は早い。夏にもなればなんとか体調も万全になっているはずだ。
「俺はあまりおまえが戦場に行くことには反対だがな。」
マダラはそっとの頬に手を伸ばして優しく撫でる。
「…わたしは、弱いからね、」
「そうじゃない。強いものでも死ぬ時は死ぬ。」
戦いであれば、強いと言われたものですら、袋だたきにされれば結局は一緒だ。どちらにしても死んでしまう。ましてや頭領の妻であれば狙い撃ちにされることもあるのだ。
「それに、おまえは死を見たことがないだろう。」
は幼い頃から蒼一族の結界の中で幸せに、戦いなど知らずに育ってきた。もちろんがマダラに嫌気が刺すことはないと思うが、の妹の愁のように、戦いを恐れてマダラを敬遠すると言うことはあってもおかしくないのだ。
「…でも、マダラさんだって、戦いは好きではないでしょう?」
「そうだな。だが俺は容赦なく殺す。」
「でも辛いなら、それをわたしは少しだけ、わかればそれで良い。」
もちろんマダラのすべてが分かるなんておこがましいことは言わない。だが、分かりたいとは思っている。それに人を殺すと言っても、確かにそれは恐ろしいことだが、マダラだって完全に死する人間への痛みを忘れたわけではない。
それならば、が戦いを恐れることはあっても、マダラを恐れることはないだろう。
「マダラさんは、わたしの隣にいるマダラさんだけだよ。」
が彼を安心させるように笑えば、少し納得したのか、それでも心配はとれないらしく、僅かに目を細めて息を吐いた。
「閉じ込めたいわけじゃないからな。ただ、用心はしろ。俺から絶対に離れるな。」
マダラはの頬を何度も撫でてから、名残惜しげに軽く口づけた。彼の膝の上にいる赤子はまだ眠っている。
「うん。」
はそっと彼の首に手を回す。だが僅かにが動いたせいか、彼の膝にいた息子が起きて、母親であるを見てくわぁっと欠伸をして見せた。ばっちり目が合ってしまって何やら恥ずかしくては目を瞬かせる。
赤ん坊である息子にはまだ両親が口付けあっていたとしても分からないだろうが、恥じらいはどうしても捨てきれない。少し頬を染めていると、マダラがくつくつと笑った。
「良いだろう?別に両親が仲良くしているのは。」
漆黒の瞳の赤ん坊はまだ両親がしていることが分からないのか、じっと瞳でマダラたちを映すだけだ。両親が何をしていようが、全く気にしていないのだろう。
「…でも、なんだかいたたまれないでしょう?」
「別に?幼い頃から慣れておけば良いさ。」
なぁ、とマダラは息子の頭を撫でてやる。機嫌が良いのか楽しそうに笑って、幼子は無邪気な表情を父親に向けていた。
歩幅を合わせてかみしめる