の妹である愁が、生まれたばかりの息子を見に来たのは、出産してから2週間後のことだった。
「可愛い、」
紺色の瞳を輝かせて、愁は甥っ子をのぞき込む。生まれてまだ2週間の赤子は元気にの乳を吸っている。しばらくするとお腹が一杯になったのか口を離し、息を吐いた。
は自分の襟元を正してから、息子の背中をとんとんと叩く。すると小さなげっぷをした。
「抱いても良い?」
愁がにねだる。
「うん。でも首がすわっていないから気をつけてね。」
はまだ首もすわっていない息子を慎重に妹の腕に乗せる。上手に頭を腕にのせると、知らない人でも息子は別に泣かずに満足そうに目を細めた。
「本当に可愛いなぁ。赤ちゃん。」
愁は可愛いという言葉を連呼する。
「今度、買って来るなら何が良いかな。玩具の太鼓とか?」
「産着以外ならなんでも良いんじゃ無いか?」
マダラは座布団に腰を下ろして義妹に適当な答えを返す。
「大丈夫。産着なんてわたしに縫えるはずないから、わたしが持ってこれるわけないわ。」
この時代、産着は縫うものであって、買うものではない。裁縫嫌いの愁が持ってこれるわけがないのだ。
「…」
あっさりとした口調には文句の1つでも言おうとしたが、息子を抱いている妹は本当に楽しそうで、は思わず口を噤んだ。
「大丈夫か、。」
マダラは産後のを心配して声をかける。
「もう2週間。マダラさんは心配しすぎだよ。」
は少し困ったように答えた。
最近マダラは口癖のようにに大丈夫かと尋ねる。出産は確かに帝王切開よりも体力的に厳しかったし、しばらくは立ち上がれなかったが、それでももう既に回復して動けるようになっている。なのに、侍女を始めが布団から出ると皆怒るのだ。
「駄目よ姉様、母様だって、産後の肥立ちが悪くて死んだんだから、」
赤子を抱いている愁が、真剣な顔で言う。
「それはお母様が元々体がお強くなかったからでしょう?」
「そんなのわからないじゃない。突然悪くなることだってあるんだから。」
「だ、そうだ。おまえはひとまず休め。」
日頃は仲の悪い妹と夫の共同前戦に、は小さなため息をつく。
「もう二人目なんだから。」
は初産ではない。一人目は帝王切開だったとは言え、生まれたばかりの息子であるイズチで二人目の子供なのだし、元々体も強い方なのだから、それ程心配する必要はないとは思う。だが、マダラと愁は違うらしく、いつもを心配して二言目には寝ていろとうるさかった。
1週間はも従っていたが、2週間目ともなれば眠っているのも飽きてきた。
「まったく、嫌々だな。こちらは真剣に心配しているというのに。」
マダラは呆れたように言って、先ほど侍女の持って来た冷えたお茶をすする。
「だって、退屈なんだもの。」
「子供みたいな事を言うな。本は渡してあるだろう?」
「もう読み飽きちゃったよ。」
はため息をついて、妹を見やる。愁は甥っ子を抱いて、目じりを下げていた。その表情が酷い憂いを帯びていて、は目を瞬かせる。何かあったのだろうかと心配になって、隣にいる愁の肩を叩くと、彼女ははっとしてその波打った紺色の髪を揺らした。
「愁、どうしたの?」
「…あのさぁ、どうやったら子供って出来るの?」
「え?」
あまりの率直な質問に、は目を丸くする。その隣で、マダラがお茶を吹いた。
「マダラさん、大丈夫?」
続いて咳き込んでいるマダラの背中を軽く叩いて、は慌ててマダラに手ぬぐいを渡す。
「何よ!真剣に聞いてるのに!」
愁が酷く怒ったように目じりをつり上げてマダラを睨み付ける。
「いや、別にそういうつもりじゃない。」
マダラは口早にそう言って、言い訳をしたが、まさかそんな話を姉の夫であるマダラがいる前で愁がするとは思わなかったのだ。も夫がお茶を吹く理由が十分に分かって、思わず咳き込んでいるマダラの背中を撫でてしまった。
ましてや愁の夫はうちは一族の宿敵、千手一族の次男・扉間だ。義妹の話とは言え、まさか敵の妊娠問題をこんなところで聞くことになるとはマダラも思わなかっただろう。
「だって、わたしは去年結婚したのよ。」
愁が嫁いでから、既に1年ほどがたっている。しかし妊娠の兆候はない。対しては結婚して数ヶ月で妊娠が発覚し、また二年目で二人目の子供を出産した。姉妹だというのに、これほどに違うのだと見せつけられれば、心穏やかではいられない。
ましてや嫁いだ女に子供が求められるのは何処の時代も同じだ。政略結婚であればなおさら、子供の存在は母親の地位を裏打ちし、同時に実家の助けにもなる。
「…夜は、ともにしているのでしょう?」
「してるけど。」
が言いにくそうに尋ねた質問に、愁はそっぽを向いて答えた。夫と閨をともにしていても、一向に一年たっても子供が出来ないと言う事になる。だからこそ、愁としても焦って姉に尋ねたのだろう。
「…」
とマダラは顔を見合わせて困った顔をする。
正直、何か秘訣があるのならば教えてやりたいが、閨もともにしていて出来ないとなると、が教えられることは何一つない。言いがたいことだが何か問題があるのだろう。
「心労があると、出来ないと聞いたことがある。」
マダラは控えめな意見を口にしたが、それは嘘ではなかった。
実際にマダラの母が父と不仲だった時全く子供が出来ず悩んだ時期があったと聞いたことがあったのだ。とはいえ心労がなくなったと同時に、マダラの母はマダラをはじめいっきに五人の子供を産んだから、不妊というわけではなかったはずだ。
「…それはどうやったら、なくなるの。」
愁はぶすっとした表情で尋ねたが、その声音には不安が滲んでいた。
この時代幼児死亡率や戦争で死ぬ子供は多く、女には多くの子供を産むことが課せられる。ましてや頭領やそれに連なる人間の妻であればなおさらだ。子供を産めない女が、石女だからと離縁させられることは、決して珍しいことではなかった。
だからこそ、女ならば子供が出来るまでは妻として安心できないと誰もが思うのだ。
「だが、が産めていることを考えれば、おまえではないんじゃないのか?」
マダラはあまりに妥当な結論を義妹に告げる。
「え?」
愁は考えても見なかったことだったのか、目を瞬かせた。
子供が出来ないのは女が原因だとされる。だからこそ愁は子供が出来ないことが自分のせいだと思っていたたまれなかったのだ。だが、マダラの意見は世間一般の常識を覆して、男側の原因を求める物だった。
「マダラさん?」
もあまりに一般からかけ離れた価値観に首を傾げる。
「冷静に考えて、、おまえが妊娠しやすいんだ。妹の愁が違うとは考えにくい。対して千手はミトにも子供が生まれていない。」
愁の姉であるは二人目の子供をあっという間に妊娠し、出産した。対して千手一族は頭領の柱間にミトが嫁いできて随分たつが、子供は生まれていない。次男の扉間に子供が出来なくても、それはおかしくない話だと言える。
「俺はそいつの体に問題があるとは思えないがな。」
マダラは淡々とした考察を述べる。だがそれは愁をもっと戸惑わせたらしく、困惑した表情で姉のに助けを求めるように目を向けた。
「どちらにしてもこういうことは、あまり気に負っても仕方がないよ。ね。」
は妹に優しく言って、甥っ子を抱いて悲しそうな目をしている妹の頭をそっと幼い頃と同じように撫でてやった。
授かりものの来る場所