が再びミトと柱間に会ったのは出産してから1ヶ月が過ぎた頃だった。
「やっぱりかわいい。」
ミトは夫の宿敵の嫡男だと言うことをすっかり忘れたかのように笑って、生まれたばかりのの息子を腕に抱く。護衛できている扉間も幼子には何も言うことができないのか、表情が緩めないように苦しそうだった。
今回は子供がいるのでマダラも同席だったが、彼は長女のアカルを膝に乗せながら普通にお茶を飲んでとミトの様子を眺めるだけだった。
「本当に赤子というのはまるまるしていてかわいいのね、」
「うん。まぁ、すごい泣くけどね。」
「そんなことないわ。泣いていてもかわいい。」
「・・・」
は泣いていようがぐずっていようがそれはそれは穏やかな笑顔で息子を眺めているミトに、哀れみの視線を送りたくなった。
確かに息子がかわいいという気持ちはだって一緒だが、さすがに毎日お腹がすいたと泣き叫ばれ、ぐずられると、その気持ちとは別に少し憎らしさを覚えることもある。だが、ミトは今日初めて見る上、あまり赤子に接したことがないから、何をしていてもかわいく見えるらしい。
「本当だな。赤子の声はまるで法螺のようだ。かわいい声だ。」
ミトと一緒にやってきた柱間も豪快に笑う。それにはぎょっとして目を丸くして柱間を見たが、その言葉尻に嘘は全く感じられなかった。
「二人そろって目医者と耳医者に連れて行った方が良いんじゃないのか、」
マダラも思わずぼそりと言って、扉間を振り返る。
さすがに自分のかわいい息子だと言っても、法螺のようにうるさい息子の泣き声をかわいいとは思えなかったらしい。
「・・・」
扉間は宿敵の言葉にも黙ったままで、何ともいえない顔で目尻を下げただけだった。
うちは一族と千手一族の話し合いのためにやってきた柱間とミトが赤子の声を聞いて、是非みたいと少しもめたのだ。は話し合いに産後と言うこともあり一応参加していなかったが、マダラが面倒ながら折れたらしい。
うちは一族の人間が山のようにいる状態で何かされることもないだろうから、は全く気にしていなかった。
「とーと、」
マダラの膝にいたアカルが立ち上がり、外を指で示す。
どうやら外に出たいらしい。だが、今日は梅雨らしい強い雨で、今日の会合においては千手一族がうちは邸に来るのはどしゃぶりで難しいから、中止にした方が良いのではないかうちは一族側も申し出たほどだった。
しかし千手一族は自分たちの住処の森を越えた先で大きな争いがやっていると言うこともあり、会合が中止と言うことにはならなかった。
とはいえ、まだ1歳になったばかりの幼い娘には最近雨ばかりで外に出られず、会合の準備で誰も構ってくれず、退屈で仕方なかったのだろう。
「だめだ。外は雨だからな。」
「むぅうう、」
変な声を上げて、アカルは口をへの字にする。その子供にしては渋い顔がマダラそっくりで、思わずは吹き出してしまった。
「仕方ない子ね。」
はアカルに手を伸ばして抱き上げようとする。だが、その前にマダラが娘を抱き取った。
「あまり重いものを持つなと言われただろう。」
「もう1ヶ月だよ。」
「2ヶ月ぐらいは大人しくしろ、」
マダラは少し声を荒げてを諫めて、ため息をつく。
「ははは、マダラは心配性だな。一ヶ月もたてば大丈夫だろう。」
柱間は明るく笑って言う。子供のいない彼には出産は病気ではないと言ったイメージなのだろう。
「産婆の話では骨盤が外れたり、後々子宮筋腫ができたりするそうだ。そうなれば命に関わるがな。」
マダラが冷ややかに言うと素直な柱間は顔を真っ青にした。
「そ、それは大変だ。あまり動かない方がいいんじゃないのか、」
突然慌てだした彼には目をぱちくりさせてから、ミトと顔を見合わせて小さく吹き出す。
「大丈夫大丈夫。逆にみんなが何もさせてくれないくらいだから。」
「男なら死んでしまうと言うほど痛いそうだから、そのくらいでいいのよ。」
ミトは笑っての背中を優しく撫でた。
「それにしてもマダラ、娘もそうだと思ったが、息子もおまえにそっくりだな。」
「そうか?息子の方はまだわからんが。」
「わかるさ。黒髪だしな。」
髪の色だけか、と思ったマダラはひとまずそれを心の中だけに押しとどめて、小さく息を吐いた。は小さく笑みをこぼしてから、マダラが抱いている娘の頬をつつく。
「マダラさんに似て美人さんになるんだよ。」
「ぁーい」
よくわかっていない娘は、の指をがしっと掴んで元気な声で返事をした。マダラは柱間の前であるためいつものように笑うことはなかったが、それでも僅かに口角が上がる。
「ねーーとー、と。」
遊んでほしいのか、アカルはマダラの髪を手にとって引っ張り、外に行こうと指さす。だが、会合の一応体裁をとっているわけだし、さすがにがいるし、息子もいるので外に出かけることはできない。
「退屈ならイズナに遊んでもらえ。今日はあまり俺はかまってやれない。」
マダラはぽんぽんと軽く娘の頭を叩いて言う。するとまだ幼い娘はよくわからなかったのだろう。不思議そうに首を傾げてマダラをその漆黒の大きな瞳で見上げてくる。
「じーじだ。じーじのところに行ってこい、」
「じじ、」
アカルははっと彼の存在を思い出したとでも言うように明るい顔をして、障子を開けてとてとてと歩いて行く。一応外にいた侍女がついて行ったので、勝手に雨の中外に遊びに行くことはないだろう。迷ったとしてもちゃんと侍女たちが“じーじ”の部屋に連れて行ってくれるはずだ。
「じーじって、ひどくない?」
「仕方ないだろう?アカルがそう覚えてるんだ。俺のせいじゃない。」
会話を聞いていたが口にするが、マダラは涼しい顔で返した。
満1歳になり最近言葉をたくさん覚え始めた娘だが、なぜかおじであるはずのイズナのことを“じじ”と思っている。もちろん祖父と思っているわけではないが、、彼女の言う“じじ”ではまるでイズナが老人のように思えて気の毒だ。
ただアカルにとって“おじさん”は発音しにくく、“じじ”は発音しやすいと言うだけだろう。
「でも、本当にかわいいわ、」
ミトは腕の中にいるの生まれたばかりの息子を見つめる。その目には明らかな羨望が含まれていて、は僅かに目を伏せた。
の妹の愁も、柱間の弟・扉間に嫁いでいる。彼女にも子供がいない。
嫁いだのに、子供を望まれているのに、子供を得ることができない。それは女にとっては非常に難しい問題だとはよく知っていた。
さずかりもの