「体術は、諦めたほうが良いな。」
マダラはの修行を見ながら、端的にそう口にした。
結界の中で数百年間引きこもり、戦いに全く関わってこなかったは結界術などに関して天才的だった。争い合う他の一族から逃れ、目をくらませるため、結界術は蒼一族にとって何よりも重要なものであったからだ。
しかし、隠れることはあっても戦うことは想定していない蒼一族の人間らしく、体術の方はからきしで、基礎がないため訓練しても全く役に立ちそうになかった。ただ、結界術が得意と言うことは、事実上緻密なチャクラコントロールが出来ることと同義であるため、うちは一族特有の火遁をマスターすることは難しくなかった。
「視えているけれど、予想しても物理的によけられないね。」
は自分の限界をきちんと把握していた。
透先眼は遠目の能力だけではなく、短期の未来予測も出来る。そのため、次にどこから蹴られるのか、殴られるかについてはわかる。だがあくまでそれは数秒後のことが見えているという程度で、幼い頃から体術の訓練を受けていないでは、咄嗟に反応できないので、全く無意味だった。
そう、彼女ら蒼一族の予言も同じだ。回避することが出来る可能性はあるが、それはあくまで実力差や物理法則を超えるものではない。
「ただ、それはあくまで体術の場合だ。忍術であれば、どうにでもなる。」
忍術の筋は悪くない。戦いに関する術を覚えることが出来たなら、彼女はそれなりに強くなるだろう。後は、他人を傷つけることに、怯えなければ。
それに透先眼を持つ彼女は、戦局の把握や連携のサポートに優れている。司令塔となるには経験が少ないため、指示を出すマダラの隣にいて、援護をする役目になるだろう。マダラが守ることを考えれば、忍術はある程度で事足りる。
「・・・来週には、千手とともに、西の偵察に出る。」
西では緩やかな忍の共同体が作られており、その背景には森を越えた西側に新たな忍の一族たちの連合が出来たからだった。うちは一族も、千手一族もそれを警戒しているからこそ、休戦協定に同意したのだ。
千手とともにと言っても、長らく争ってきた一族だ。
お互いにおそらく様々なわだかまりが存在しており、ぴりぴりした偵察となるだろう。数度しか会ったことがない千手一族の長・柱間を思い出して、は軽く小首を傾げた。
なにやら頼りなさそうな人だったが、彼もきっとマダラと同じくらい強いのだろう。とはいえどちらにしても、戦っているマダラを見たこともなければ、戦い自体を知らないにとって、強い弱いと言っても想像の域だけだ。
ただ、周りの人間たちがマダラを恐れているために、そうなのだろうなと、思っている。
「ひとまず、俺から絶対に離れるな。良いな。」
偵察という性質上、遠目の力を持つをつれて行かないわけにはいかない。ましてや千手一族の扉間に嫁いだの妹、愁は実家に帰っており、偵察には出てこないから、なおさらのもたらす情報は役に立つはずだ。
指揮や交渉ごとはイズナに当たらせ、今回マダラはの隣から離れないつもりでいた。
西側の一族たちの領域を横切っての偵察になるため、交戦する可能性もある。戦った経験すらないを一人にするほど、マダラは馬鹿でも不用心でもなかった。
「うん。」
は素直に頷いて、庇へと腰を下ろす。どうやら慣れないことをして疲れたらしい。体力も彼女の課題の一つだろう。
「かかさま。」
大人しくマダラとの修行を見ていた娘のアカルがに駆け寄り、ぎゅっと彼女の着物を握る。
「アカル。」
はうちは一族とは異なる紺色の瞳を細めて、笑って娘を抱きしめた。
しっかり歩けるようになった娘は最近母親であるや、父親のマダラの後ろについて歩くのが好きだ。連れて行けない時もあるが、マダラはそれを疎ましく思ったことはない。
「兄さん、どうだった?」
今年生まれたばかりの嫡男イズチを抱いたイズナが、庇に出てくる。マダラは機嫌良くイズナに抱かれている息子を見下ろした。
生まれた時くしゃくしゃの顔をしていた赤子は、数ヶ月もすれば肌も白くなり、ぷくぷくとした可愛い体格になっていた。幼児死亡率の高い時代だが、ほとんど病気もせず、今のところ順調だ。マダラの唯一の不満は、赤子の顔がどうやらに似ず、またもや自分にそっくりなことくらい。
「体術は駄目だな。だが忍術に関しては筋は悪くない。むしろおまえより才能があるかも知れないな。」
「じゃあ、俺もうかっとしてたら抜かれちゃうね。」
嫌みも交えて弟に言うと、彼はイズチをあやすように揺らしながら笑った。
が来てから、イズナはよく笑うようになった。失うばかりで、五人もいたはずの兄弟はいつの間にか、マダラとイズナだけになった。悲しみばかりが記憶に残っている。そんな緩慢な膠着をはあっさりと遮り、光を与えた。
家族を失うばかりだったマダラたちには新たな家族と、穏やかな時間をもたらしてくれた。
「もうそろそろ、ご飯の時間かな、」
はそう言ってイズナに手を伸ばす。イズナは慎重に自分が抱いているイズチをに抱き渡して、すぐに視線をそらした。
どうしても授乳の光景は慣れないらしい。確かに義姉とはいえ、襟元をくつろげる彼女を見るのは、流石に気が引けるのだろう。マダラも最初は複雑な気分だったが、二人目の子供となれば慣れた。マダラはの隣に座って、に縋り付いている娘を抱き取る。
「ととー、」
縋り付いてくる娘は、最近しっかりと歩いたり、走ったり出来るようになってきて、忍術にも興味が出てきたようだ。修行をしている人を見つけると武器に興味を示し、術が成功すれば手を叩く。こうして、戦いを覚えていく。
そのことを当たり前のように思っていたのに、蒼一族で穏やかに育ったを知れば知るほど、それが正しいものだと思えなくなった。
――――――――――――いつか、ここに俺たちの里を作ろう!
そう言って繋いだ手が、夢が、不可能なものであると、マダラは大人になるにつれて知った。いつしか諦めた。戦いもなく子供たちをただ育て、守っていく。平和と穏やかな世界。一族同士が野の知り合うのではなく、戦い殺し合うのではなく、笑いあえる暖かい場所。戦いの中でマダラはその理想を否定した。
誰もが笑ってしまうような、陳腐な、子供の戯れ言だ。誰に言っても本気になどしない。夢物語。それをマダラは持ち続けることが出来なかった。現実を知ったと言えば、その通りなのだろう。
だが、この戦乱の世の中でも、戦いを知らない一族が、穏やかに育った人間が確かにいるのだ。
蒼一族がどういった経緯で結界の中に閉じこもり、自給自足状態で生きてきたのかはわからない。それでも少なくとも、彼らは子供たちを守り、何百年もの戦乱の世の中で戦わず、ただ守る力だけを蓄えて戦いを知らずに生きてきた。
ならば、不可能だと思った荒唐無稽な平和も、可能なのかも知れない。
「よく飲むね。」
マダラの葛藤も、何も知らないは、優しい眼差しで、息子を見下ろしている。それを眺めながら、まだ何も言い出せない。だが、マダラの心は確かに一つの希望とともに歩き始めていた。
蘇る