千手とうちは一族、共同での偵察の準備は、お互いの一族の疑念を挟んで出だしから空気が酷く悪かったが、そんなこと構わず、はふわりといつも通り笑って見せた。
「初めまして、蒼です。どうぞよろしくお願いします。」
のんびりした口調とともにぺこりと頭を下げたが、あっという間に場の空気を支配する。
「・・・」
千手一族の多くも蒼一族からマダラに嫁いだ(攫われた)の存在は知っていたが、それでも対面するものは初めてだった。誘拐され、そのまま妻にされたという、非常に気の毒な経緯を持つへの同情もあり、うちは一族の頭領の妻とは言え、敵意の目を向ける気にはなれなかったらしい。
戸惑いとためらいの入り交じった目をに向けていた。
「おい、今はうちはだろう。」
一応、マダラはの発言を訂正する。
「あ、そうか。ごめんなさい。うちはでした。」
結婚すれば夫の姓を名乗るのがこの時代の常だ。あまり自分で名乗ることがなく、すっかり忘れていたらしいは素直に言い直した。だがそれがますます千手一族がへの哀れみの視線をより集める結果となった。
千手一族はうちは一族に攫われ、無理矢理娶られたというの状況をよく知っている。というのも、彼女の妹である愁は病んで実家に戻っているが、千手に嫁いでいるからだ。だからうちは一族の頭領の妻だというのに、に向けられているのは哀れみの視線のみだ。
うちは一族に対する積年の恨みはあっても、に対して憎しみは抱けない。それは今回の合同任務において遠目という部分で重大な役目を担うことになるにとって、信頼性の観点からは良いことだった。
「・・・」
とはいえ、マダラとしてはあまり愉快なことではない。
未だにを認めない人間はうちは一族の中に多数存在する。排他的なうちは一族にとって、他家から頭領の妻を娶るのは初めてで、そのこと自体への反感もあった。
だが、もうは嫡子を生んでしまった。彼女は何があっても生きて蒼一族に戻ることは出来ない。彼女はどんなに辛くても、排他的で、自分を認めないうちは一族で、戦いの中で他人を傷つけながら生きていかなければならないのだ。
の心情を考えれば、それでも笑っている彼女の忍耐を知るとともに、傷つき、耐えられなくなって蒼一族に戻ってしまったの妹・愁の方が正常だとすら思える。
に負担を強いている。そのことはマダラも十分に、これ以上ないほど承知していた。
「無理はするんじゃないぞ。」
マダラは不安になって自分の隣にあるの紺色のつむじに声をかける。
「ん?まだ心配してるの?半年近く前だよ?」
はマダラの心配の意味がわからなかったのか、小首を傾げて全然違うことを口にした。
「あ、違うの?ごめん。・・・愁のこと?大丈夫だよ。マダラさんは心配しすぎだよ。」
すぐにマダラの反応とその優れた勘から言いたいことがわかったらしい。彼女は言い直して、マダラの戦いしか知らない手に、自分の白い手を重ねた。
その小さな手を握ったまま、マダラは周りを見回した。
基本的な情報の交換以外は、それぞれの頭領がそれぞれの一族を率いることになるため、問題はない。だが、西側の一族の同盟は、どうやら相当大きいものらしい。もしも西側の面々と交戦になった場合、ひとつの一族では不安が残る。それだけだ。
の手前か、うちは一族、千手一族ともに大きなもめ事もなく、昼頃には情報交換は終わり、最終確認と頭領同士の話し合いだけになっていた。
「はー、可愛くおなりでしょうに、残念だわ。見れないなんて。」
頬に手を当て、そう少し不満そうにぽつりと零したのは柱間の妻・ミトだった。
「今度は連れてくるよ。」
は苦笑しながら、ミトにそう返す。
それはおそらくとマダラの間の、子供の話だ。ミトはよりも随分と年上だが、まだ子供がいない。対してはまだ10代だというのに、すでに二児の母だ。子供好きのミトはをうらやましがりながらも、子供たちと会うのを楽しみにしていた。
ミトは千手柱間の妻。はうちはマダラの妻。
千手とうちは一族は長らく苛烈な争いを続けてきた。だが、二人はよく文を交換し、現状を知り、そして互いに友人のような関係を構築しているようだった。ミトとしては宿敵、うちは一族の頭領の子供と言うよりも、の子供という印象が強いようだ。
子供たちの成長の節目にはちゃんと贈り物が届く。
「女同士は仲が良いのだな。」
柱間はきょとんとした様子でミトとの会話を聞く。
「まったく、女はわからんな。」
マダラは用意された座敷で肘置きに肘をついて、隣に座っているを見る。
出会った時から童顔で、長い紺色の髪も、柔らかそうな白い頬も、あまりかわっていない。段々に着られた長い紺色の髪は相変わらずさらさらで、うちは一族に来てかわったことと言ったら、少しやせたことぐらいだった。
だが、多分、は確かに変わったのだろう。
穏やかに、戦いを知らずに育っていたはずの彼女は、うちは一族に正式に嫁いだことによって、こうやって戦いに携わって生きていくしかなくなった。一族同士の話し合いに顔を出し、円滑に進むように配慮し、自分の立場を上手に利用しながら、人脈や交友関係を作っていく。
そしてそれらはあっさりと、戦いによって崩れていくのを、うちは一族の人間も、千手の人間も同じように見ている。知っている。だから深入りは絶対にしない。だが、はまともでいられるだろうか。
「本当にうらやましいわ。子供が多いのは良いことよ。」
「少し、うるさいけどね。」
ミトとは楽しそうに笑っている。
戦いが始まり、うちはと千手が敵同士となれば、ミトはきっと敵同士になれば、を殺すことが出来る。だが、きっとはミトを殺すことが出来ないだろう。頭でわかっていても、きっと心が拒絶するはずだ。
マダラにとっては誰よりも大切な存在だ。その躰と心のどちらもが傍にあらなければ意味がない。
うちは一族、千手一族が集まれば、どうしても緊張感が漂い、相手を完全には信用できないという雰囲気がありありと誰の目にも明らかだ。その中で、だけが浮いていて、色々な人に話しかけていた。彼女は、そうできるのだ。
しがらみなど、何もないから。
「・・・そういえば、ごめんなさい。愁が実家に帰ってしまったみたいで。」
は言いにくそうに実妹のことを口にする。
の実妹の愁は扉間に嫁いでいたが、心を病んで実家である蒼一族に帰ってしまっている。戦いを知らないのは、愁も、姉のも同じだ。だから、マダラはいつも戦いを知らなかったはずのが、いつか同じように心を病むのではないかといつも不安に思っている。
そしてそれと同時に、千手一族も、愁が実家に帰ってしまったことを仕方なく思っているようで、困ったような笑みを返した。
「いえ、仕方ない、んー、そうね、そうなよね。」
ミトは目尻を下げ、言葉を選ぼうとしたが、結局言葉が出なかった。それは隣にいる柱間も同じようで、困った顔をしている。マダラはというと、不安そうな顔でただを見下ろしていた。
「わかっているのよ、でも、いえ、そう。多分、それが正常なのよね。」
ミトをはじめ、蒼一族以外の他の一族は、この戦乱の世で戦い、殺して、人の屍の上に生きてきた。それを当然のものと思っていた。だが、本来は当然ではないのだ。穏やかに育てば、争いの世の中で、生きてはいけない。
争いの中で心を失っているのは、愁ではなく、まさに自分たちなのだ。
「愁はとても純粋なヤツだ。」
困ったように、だが愛おしそうに柱間は目を細める。
――――――――――――馬鹿じゃないの!?なんのために口があるのよ!
愁は戦いに参加すると同時に、それを拒絶した。殺し合いの現実は彼女を酷く傷つけただろう。同時に彼女は、それに真っ向から抗った。千手の今までの方針を真っ向から否定し、話し合いを求め、実家に帰ってしまったのだ。
――――――――――――わたし、戦いの前に話し合いしないなら、帰らないから。
非常にはっきりとした意志表示をして、彼女は実家に帰ってしまった。
戦いを全面的に否定しなかったのは、彼女なりの千手に対する、そして柱間たちに対する理解だろう。彼女とてこの戦乱の世で生きていく方法を考えなかったわけではない。考えた上での彼女が出した結論が、それなのだ。
「面と向かって攻められれば、すごく落ち込みはするんだがなぁ。あいつを見ていると自分たちがどれだけ浅ましいかを見せつけられるようだ。」
綺麗事なんて、そういうことはいくらでも言えるだろう。だが、平和に育ってきた愁が言うからこそ、とても重たい。同時に、それは千手に小さな変化をもたらした。
そしてそれは、うちは一族も同じだ。
少しずつ、が変化をもたらしていく。歴代で初めて、他家から迎えられた妻は、嫡男を産み、うちは一族を変えていく。それがどういう意味を持つのか、知っているのは蒼一族の当主である萩だけだった。
正常と異常の狭間で