マダラが屋敷に戻ると、庇に腰を下ろし、幼い息子を腕に抱き、眠る娘を側に置いたまま、は幾人かの若いうちは一族の者たちと話していた。
「あ、おかえりなさい。」
マダラに気づくと、はいつも通りのんびりと笑う。
「あぁ。今帰った。」
マダラは短く答え、の周りにいる面々を見た。
まだうちは一族の中でも若い彼らは、頭領であるマダラを見ると酷く緊張した面持ちになり、黙り込んだ。だがはというと、彼らの緊張をまったく気にせず、幼い息子を抱えなおしてから、娘が寒いだろうと思ったのか、自分の羽織をかける。
「今ね、いろいろなお話を聞いていたの。」
「ほぉ。興味深いな、なんの話だったんだ?」
マダラは硬直する若者たちを一瞥してから、の隣に腰を下ろした。
「マダラさんがすっごく強くて怖いっていうお話だったの。」
「さま!」
まったく悪気のないの言葉に、慌てたように若者たちが叫ぶがもう遅い。真っ青な顔をしている若者たちそれぞれの顔をマダラはゆっくりと見てから、「ふむ」と頷いてみせる。
「そうか、そりゃ大層骨のあるやつらだな。」
「すいませんでしたーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
若者たちは合図もなしに一斉に、そして同時に頭を下げ、踵返して逃げ去って言った。
「・・・どうしたんだろうね。」
マダラを全く怖がらないは、きょとんとして首を傾げる。
「わからないのはおまえだけだ。」
それはこういう小さな事だけではない。マダラは足を組み、小さなため息をついてから、息を吐いた。
は確かにその勘には優れている。だが彼女は基本的に、うちは一族内部のマダラを頂点とする分布をよく知らない。
若者たちは長引く戦いで多くの者を失い、その方針に疑問を感じている。今のマダラや、上層部の武闘派の方針に不満があるのだ。そんな中とともに降ってわいた同盟や他の一族との関わりは、彼らにささやかな希望を与えた。
犬塚一族と炎一族の会合に参加し、その紛争をあっさり解決したことは、すぐにうちは一族の中でも伝えられた。それは平和を望み、戦いを拒む若いうちは一族の面々にあっさりと受け入れられ、の元を若者がよく訪れるようになった。
うちは一族ももう、戦いに疲れている。その気持ちをに聞いて欲しかったのかも知れない。
「最後に逃げていった黒髪の人、いるでしょ?あの人の母上がおはぎが上手なのですって。犬塚一族の当主の奥様もお上手だって。どちらが上手なのかな。」
またつまらない話をしていたらしい。戦いとは全く関係のない、たわいもない日常だ。何故犬塚一族の日常の話を知っているのだと思うが、ある意味でそのの穏やかさと、家族を思うそれが、犬塚一族の、そして炎一族の宗主の気持ちを変えたのだろう。
の蒼一族は、30人ほどの本当に小さな一族だ。当然皆顔見知り、彼女にとって一族は恐らく「家族」で、全てが他人事ではないのだ。だからこそ、みえるものもあるのかもしれない。
「そういえば、波風一族ともお話をしたんだけど、炎とのもめごとは、一応解決みたい。良かった。」
は犬塚と炎の紛争だけでなく、波風と炎の紛争に関しても、仲介役となって話し合っていた。
「まあ、白磁殿は良心的だからな。」
炎一族は200人規模の人を抱える、この周辺でも非常に大きな一族で、宗主の白磁は神の系譜と呼ばれるほど絶対的な血継限界を持っている。部外者を嫌うが、宗主の白磁は人格者で、非常に物わかりの良い人だ。無用な争いは望んでいない。それはが攫われた時に、マダラも感じたことだ。
だが、それは炎一族の絶対的な力があるからこそ。そして同時にその力があるからこそ、白磁はあまり焦らない。目先の利益を追わない。まさに持てる者の余裕だ。
「うん。そうだね。でもどういう形であれ、お互いの本当の気持ちをわかっていけるのが一番だと思うんだ。」
は無邪気に言ってみせる。
彼女は忍世界の現実を知らない。戦いにも出ていない。確かに父親は争いの中で死んだのかも知れないが、実際に遺体を見たわけでもない。姉弟三人は皆、残っている。だからこそ、子供のような無邪気さで、すべてを捉えることが出来る。
ただそれは、無知だけが理由ではない。
「・・・だいぶ、大きくなったな。」
マダラはの腕の中にいた息子のイズチを抱き上げ、息子を見下ろす。
くるりと丸い、漆黒の瞳。全体的にマダラによく似ているが、白い肌はの方によく似ている。驚くほどに、ずっしりと重い。自分より高い体温。長女のアカルを抱いた時にも感じた例えようのない充足感。胸がいっぱいになるような、泣きたくなるような愛しさで言葉が出なくなる。
「うん。あっという間ね。」
は紺色の瞳を細め、隣で昼寝をしているアカルの頭を優しく撫でてやった。
鳥の声が聞こえる。庭には季節の花が咲き誇り、風がそれを揺らす。遠くで子供の修行の声が響き、水の落ちる音がする。
「ててま、たたま」
目を覚ましたアカルがマダラの方へと歩み寄り、膝の上に乗る。
アカルの目鼻立ちは親のマダラが驚くほどに整っており、唇は緋を刺したように赤い。少し固いまっすぐの黒髪は肩までで綺麗に切りそろえられ、の仕立てた緋色の着物を身に纏っている。最近足取りもしっかりしてきて、周囲の人間をよく見えている。洞察力は、譲りだ。
「マダラさんの膝の上にのっかれるなんて、アカルだけね。」
「別におまえがのっかっても良いぞ。」
「そう?じゃあ今度はそうするよ。」
楽しそうにが笑うから、マダラも笑顔を返す。
いつの間にか、戦いの話が人々の中で交わされる唯一の話題となった。家族など二の次、こうして穏やかな会話をすることすら、忘れさせる。それが戦いだ。日常の話など、くだないものだと、思わせてしまう。
でも本当はそうして目の前の戦いを生き抜くことを考えるのではなく、この腕の中の、膝の上の重みを守るために考えなければならないことは多くあるはずだ。
「マダラさん、」
の鈴のように高くて柔らかい声が、マダラに遠い日を思い出させる。
「、」
マダラは視線を庭に向けたまま、彼女の名を呼ぶ。
「俺は、ずっと考えていたことがある。昔の話だ。」
まだ柱間を千手一族だと知らなかった頃。自分が彼にうちはであると話さなかった頃。川を眺めながら考えていたことがある。
人が本当に互いにわかり合う方法はないのか、腹を見せ合う方法はないのかと。
しかし、長い間戦い続け、探し続け、それがないとわかったからこそ、マダラはこうして戦いに明け暮れ、それによって一族を守ろうとしている。
その答えを、がもってきた。ならば荒唐無稽な夢、それも。
「今度、少し遠出しないか。」
「イズナも、みんなも一緒?」
「いや、ふたりでいく。」
マダラが言うとは少し驚いた顔をした。
最近では他の一族との交渉や戦いが激化しており、今までの勢力分布図が大きく変わりつつある。そのため自分たちの支配している領域を出て出かけるのは非常に危険で、随分と長い間、は有事がない限り屋敷の外に出ていなかった。
ましてやうちは一族の頭領とその正妻がどちらもともにでてくるなど、本来なら考えられない。
「少し話したいことがある。」
マダラは腕に抱く息子の重みを、抱きついてくる娘の温もりを感じながら、それを失いたくないという気持ちが強くなる。
父のように、子が死ぬのは当たり前だと、死して忍として当たり前などと言いたくない。
だから、
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