マダラが最初にをつれて行ったのは、墓のある一画だった。
小さな石が並んでいる。一見子供の墓のように見えるが、膨大な量で、そこには名前すら書かれていないものもある。手入れをされていない墓の周りには、曼珠沙華が真っ赤な花を付けていた。
マダラは少し大きな石が置いてある場所にの手をひいて、を導いた。
「父の、墓だ。」
“うちはタジマ”そこの石にははっきりとそう記されていた。
「・・・マダラさんは、父上のこと、好きだったの?」
「嫌いだった。」
「え。」
あまりの即答に、は驚いてマダラを振り向く。
「嫌いだった。むしろ憎んでいた。弟たちを戦場に出した事が、俺には納得できなかった。」
マダラは淡々と言ったが、拳をぐっと握りしめたことを、は見逃さなかった。
「弟さんは、いつ亡くなったの?」
「15歳になる頃には、イズナだけになっていた。」
既にマダラから、元々兄弟が5人いたということは聞いている。今、が知るマダラの兄弟は、イズナだけだ。殺されたと聞いている。
うちは一族に嫁いでからが理解したのは、あまりに戦死者が多いと言うことだ。
兄弟、両親、親戚、多くの人間が戦いの中に死んでいく。兄弟がいれば、一人は必ず死んでいるのが当然で、下手をすれば自分以外全て死んでいるという人もいた。それは決して珍しい悲劇ではなく、実にありふれた話だった。
この時代、医療状態もわるいため幼児死亡率も高いが、同時に子供が争いに巻き込まれ死亡する率も高かった。マダラの場合も、マダラは長男だと聞いているから、弟たちはまだ幼かっただろう。
「俺はな。一族のためにと、弟たちを戦場に向かわせた父が、憎かった。」
中には無謀な作戦もあった。まさに犬死だと思うような戦いもあった。それでも、死ねと命じた父が、マダラは心底憎かった。
「・・・そっか。」
はマダラの言葉に彼の父親の心境が想像も出来ず、ただ呟くように相づちだけを口にした。
自分にも今子供がいる。だが自分の子供を殺すくらいならば、自分が死ぬ方がずっと良い。自分の弟妹を逃がすために、自分がうちは一族に捕まったように。だが、もし子供を見捨てなければならない状況になったら、その心の痛みはいかほどのものだろう。
想像したくもない。
「弟さんは、可愛かった?」
「あぁ。・・・おまえの弟よりはな。」
ふっとマダラは悲しそうながらも弟の事を思い出したのか、小さく笑って見せる。
「3人とも、萩よりもずっと小さかったからな。」
の弟、萩は蒼一族の当主で、今年で12歳になる。彼よりも、死んだ時のマダラの弟たちは小さかったのだ。萩は大人のように頭が回り、生意気だが、まだそれほど生意気さを発揮できないほど、幼かったのかも知れない。
その悲しみは、が弟や妹に命を賭けても良いと思っているからこそ、よくわかる。いや、わかるなどおこがましいだろう。
想像は出来ても、理解は出来ない。どれほど、マダラは悲しかっただろうか。
「父が死んだ時、これで弟を守れるとすら思った。嬉しかったくらいだ。」
マダラは淡々と父親の墓の前で語る。それはまるで過去の自分を辿って、確かめているようだった。マダラに引き寄せられるように、は自分の父が死んだ時のことを思い出す。
「わたしは・・・父上が亡くなった時、とても心細かった。」
今でも覚えている。蒼一族が結界の外へ出るのは、年に二回だけだ。情報収集と、物品の調達。お土産を買ってくると、父は笑っていた。晩秋のことだった。
長老と呼ばれる老人に呼ばれ、父の死を知らされた。
蒼一族では、敵に捕まれば、その透先眼で捕まえた一族のありとあらゆる情報を集め、そしてそれを蒼一族に送り、自分は自害する。それが、蒼一族が何百年物間、結界の中で引きこもることが出来た理由であり、蒼一族唯一の掟だった。
父は敵に捕まり、敵の一族の情報を持ち帰り、自害した。
捕らえたのは奈良一族だと言われたが、遺体すらも帰ってこず、情報だけしか戻ってこなかったため、全く実感がわかなかった。ただ、当主であった父が“いなくなった”ことは、に大きな責任を与える結果となった。
後継者である弟、萩はまだ5,6歳と物事を判断できる年齢ではなかった。それでも、容赦なく大人たちは選択を求め、は弟妹を守らなければいけなかった。
すべての選択は長老を通してに伝えられ、が決定を下すこととなった。もちろん30人程の一族であるため、物事は合議制ではある。だが、大人たちが言い争いになった時、意見を求められるのは年端もいかないだった。
それが怖くて、辛くてたまらなかった。
「だから、マダラさんたちに攫われた時、もうわたしが選択しなくて良いんだって、ほっとしたくらい。」
自分のすべきことは、攫われた時点で決まっていた。
どうせ透先眼を持ち、千里を見通せるたち蒼一族を攫っても、すぐに殺しはしない。だからしばらくは生きていられる。そして、うちは一族の情報を全て集め、集め終われば自害する。
決められた定めの中で情報を集めながら待つ時間は、にとって自分の心だけを保っていれば良い、幸せな時間だった。マダラやイズナの好意を素直に受け入れられたのも、危機感がなかったのも、そのためだったのかも知れない。
「マダラさんは、すごいね。」
繋いだままの、自分より大きな手を握って笑う。
確かにと年齢は違っていたかも知れない。だがマダラは父が死んだ時、不安よりまず、弟を守れると思ったのなら、彼はその時には十分に育っており、覚悟も決まっていたのだ。
「マダラさんの父上も強い人だね。」
は墓石の名前に目を向けているマダラの横顔を眺める。
「何故?」
「だって、とても辛いから。自分の子供が殺されるなんて、」
自分の子供を殺され、絶望の世界に生きるのは辛かっただろう。想像しただけでも、は生きていられる自信がない。だが、マダラの父親は少なくとも、一族のために、そして残った息子たちのために、地獄を生き抜いた。
「マダラさんが一人で立てるまで、頑張ったんだもの。」
マダラの父はマダラが少なくとも一人前に覚悟を決め、他の者を守れるようになるまで、死ななかった。確かに失った者は大きかっただろう。例えそうだったとしても、残された者を守るためにマダラの父は地獄を生き、死んだ。
はマダラの手を離し、少し離れた場所に咲いていた花を手折る。それは毒々しいほどの色をした曼珠沙華だった。
「悲しい思い出だけど、でも、確かにそれがマダラさんを育てたんだよ。」
緋色の花は、本来は墓に供えるようなものではないが、はそれを墓石の隣に置く。
曼珠沙華の花言葉は「悲しい思い出」だ。確かに父と、それに伴う記憶は、多くの悲しさと苦しみで占められている。マダラにとっては出来れば思い出したくない程、辛い記憶だ。しかし、確かにの言う通り、それだけではない。
弟たちがいた。厳しい父がいた。
「独立」。曼珠沙華にはそんな花言葉もある。少なくともマダラの弟はマダラに悲しみと覚悟を教えてくれた。父は、マダラを自立させた。だから、他の亡くした者もすべて抱えて、今のマダラは強く立っていることが出来る。
「そうか、」
マダラは静かに目を閉じ、淡い笑みを浮かべる。それはかつての自分を整理する時間を欲するようだった。
はゆっくりと振り返り、手入れのされていない墓を眺める。
名もない墓石がたくさんある。墓石すらない墓もある。たくさんの人が死にすぎて、埋葬が追いつかなかったのだろう。はそれを眺め、目を伏せた。
「わたしはね。」
この中に、自分の子供たちを入れたくない。
墓石