風がかつてのうちは一族の廃墟を優しく撫でていく。



「あ、イズナが気づいたみたい。」



 は緩く一つに束ねた長い紺色の髪を風になびかせ、遠くうちは一族の屋敷の方角を見ていた。

 薄水色の瞳は、千里だけでなく、過去や未来すらも見通すと言われる透先眼だ。住んでいるうちは一族の屋敷の様子を遠くからでも見ることは、彼女にとってたやすい。



「遅いな。あいつ、鈍ってるんじゃないのか。」



 本来、うちは一族ほど大きな一族の頭領とその妻がそろって護衛もつけず、外出するなど正気の沙汰ではない。それはマダラもよくわかっていたため、忍術でごまかしをかけておいた。ただしもともと、手練れでもある弟のイズナをごまかせる時間は限られているとわかっていた。

 だが、イズナは忙しかったのか、彼がマダラの不在に気づいたのはマダラが想定していたよりも遙かに遅かった。正直、今更という気分だ。

 今頃イズナはがいないことにも気づき、たいそう焦っていることだろう。

 情勢は安定しているし、二日ほどあけるのに問題はない。おいてきた子供たちのことは少し気になるが、侍女とイズナがいるので面倒を見てくれるだろう。

 うちは一族の頭領とその妻がふらふら出かけるなど、本来であれば許されないことだ。その自覚は十分にあったが、マダラはを連れて、どうしても行きたい場所があった。

 追ってこようにも行き先をイズナは知らない。ここへ来る途中、痕跡は写輪眼を持つマダラが消しているし、追跡は誰よりも早く透先眼を持つが気づく。正直ふたりいれば多勢に無勢だったとしてもほぼ捕まることはない。

 もちろん、はそこまで考えていないだろう。



「でも、たまに二人で出かけるのも、楽しいね。いろいろな話が出来るし。」



 食事の用意をしていたはいつも通りのんびりとした調子で言って、笑って見せた。



「そうだな。」



 よく考えれば現実に追われ、あまり二人できちんとした話をしたことはなかったかも知れない。彼女から死した父母の話や、蒼一族がに何を求めていたのか、その時彼女がどう思っていたのか、そんなことを聞いたのは、初めてだった。

 マダラも今まで遠慮もあり、その悲しい記憶を尋ねるのを避けてきた。それはきっとも同じだっただろう。



「それにしてもおまえ、うまいものだな。」



 マダラは残されたウサギの毛皮を眺める。

 それはが昼ご飯のために近くから捕まえてきたもので、井戸に残っていた少量の水と小刀でうまくそれを処理する様は慣れた手つきだった。

 マダラたちも野宿などの際に捕らえることはある。だから、それなりにサバイバルの知識はあるのだが、はというと、火をつけるところから手間取っていた。それなのに、ウサギはあっさりと捕らえ、しかも簡単に処理したのだ。

 戦いから遠ざかり、結界の中で引きこもって生活してきた蒼一族出身のにそういうことができるというのが不思議で思わず首をかしげた。ただし、料理法は知っていても、火をたいたのはマダラなのだが。



「うん。蒼一族にいた頃はよく捕まえていたんだ。シカとかイノシシとかもいるけど、安定的にとれるタンパク質は鶏とウサギとくらいしかなかったから。」



 結界内で自給自足を旨とする蒼一族でも、鶏は飼われていた。そのため主たるタンパク質はその鶏と、結界内で暮らす野生のウサギだけだった。



「確かに、あのあたりではウサギくらいしかとれんか。」



 蒼一族が暮らす泉と森は深く、あまり大きな動物を飼うには適さない。鶏ぐらいはできるだろうが、牛は羊は無理だろう。鹿やイノシシはかなり移動する動物であり、大きいため子供ばかり3人姉弟で身を寄せ合って暮らしていたたちにとっては危ない。

 恒常的にとれるのはウサギくらいだというの言葉は自然条件と照らし合わせれば普通のことだった。



「うん。だからいろいろな種類の料理方法があるよ。」



 は柔らかに笑って火の消えた鍋を眺める。


「・・・もうそろそろかな。」

「そうだな。」



 そう言って熱に気をつけながら蓋を開けると、湯気とともに炊き込みご飯が現れた。

 そのあたりに自生していた山菜も入れた炊き込みご飯だ。食べられなかった分は、後でおにぎりにでもしてもっていけば、夜や明日の朝の食事にも困らないだろう。が器に装い、マダラに渡す。

 それを受けとれば、非常に香りもよかった。



「おまえは料理もうまいんだな。」


 これを作ったのはだ。

 木の葉などで早く火をつける方法はわからなくても、包丁を持つ手はなれており、切られた野菜の大きさもそろっている。山菜やキノコなどの処理の仕方もよく知っており、見た目も厨房付きの侍女たちと何ら変わりなかった。



「味の方が心配なんだけどね。」



 はマダラが口に運ぶのをおそるおそる見ている。なんだか目尻の下がったその顔が面白くてしばらく横目で見ていたが、良いにおいにつられて口に入れた。



「・・・うん。うまいぞ。」

「良かった。」



 は満面の笑みでうなずき、胸をなで下ろす。



「最近料理してなかったから不安だったんだ。」



 うちは一族は大きい一族であるため、家事は侍女がする。

 が正式に嫁いでからも彼女が厨房に立つことはなかったため知らなかったが、彼女は元々裁縫もうまい。家事全般に関して、どうやら才能があるようで、こんなにおいしいのなら今まで知らなかったのはもったいなかったなと、マダラは心の底から思った。



「料理は誰に教わったんだ?」



 彼女の母は、彼女が4歳の頃に弟を産んでなくなったというから、料理を教えてもらったことはないだろう。



「父上だよ。うちは一族では、考えられないでしょう?」



 マダラの驚きを予想して、はのんびりと、だが少しいたずらっぽく笑う。



「・・・そうだな。うちは一族では、男は料理をほとんどしないな。」



 うちは一族の男の一番の仕事は戦いで、戦いで食い扶持を稼ぎ、戦いで家族を養う。かわりにお金で侍女を雇うこともある。女は子供を産み、様々な形で男たちの後方支援をすることが求められる。だから、蒼一族の当主であったの父が料理を教えるなど、想像できない。

 マダラが教えられる料理は野宿の際のウサギの丸焼きくらいである。



「ただし、俺はおまえの弟妹が俺より料理ができるとは思えんがな。」



 マダラの目からみても、の弟妹はに頼り切りの節がある。

 裁縫に関しても、が玄人顔負けの腕を持つというのに、妹の愁は裁縫がからきしだった。同じように料理に関しても、弟妹がほどうまくできるとは思えない。マダラと同じレベル、ないしはそれよりひどいと予想していた。



「それは言えてるかも。少なくとも愁は絶対無理だね。」



 要するに個人差と言うことだ。は苦笑しながら肩をすくめて見せた。



「わたしは父上といる時間が長かったから、忍術も含めて、本当にたくさんのものを教えてもらえた。」



 蒼一族のあり方について、忍術、血継限界、結界術。必要な知識はすべて、父から直接与えられたものだ。姉としては弟妹の面倒を見なければならなかったが、それを苦に思わなかったのは、父がいつもを大切にし、そばに置いてくれていたからだ。

 結界の中で暮らし、戦いの中に身を置かない蒼一族の生活は穏やかで、は父から離れ、一人になったことなどほとんどなかった。不安も不満もなにもなかった。


「確かに、おまえの結界術は、うちは一族のものも驚くほど性能が良い。」 



 マダラは戦いという観点からしか忍術を見ないが、彼女の結界術は十分に戦場でも使えるほどの強度と、大きさを持つ。しかも時間があればさらに様々な条件を付与した結界を作り出すことができるというのだ。

 蒼一族はそれら昔から伝わる結界術を、あくまで自分たちが外界から隠れ、自分たちを守るためにだけ使ってきたが、戦いに巻き込まれれば、それを戦いのために変化させてくるだろう。そうすればその千里を見通す血継限界とともに、彼らは恐ろしい存在となる。



「そう、なのかな。」



 にはうちは一族の評価するほどの価値は見いだせなかったか、よくわからなかったらしい。軽く首をかしげて、少し冷めてきた炊き込みご飯をおにぎりにし始めていた。

 そう、その穏やかさは、戦いを知らないからこそ。



、俺はな。」



 言いかけて、マダラは口をつぐむ。まだ言葉が出てこない。はじっとその紺色の瞳でマダラの言葉を待っていたが、出ないとわかったのだろう。柔らかにほほえんで、「いこうか」と返してきた。



「あぁ、そうだな。」



 まだ時間はある。ゆっくりと整理しながら考えれば良いと、マダラも彼女に答えて、立ち上がり、痕跡を消す用意を始めた。




ゆっくりと