イズナがマダラとの不在に気づいたのは、姉を訪ね、愁がうちは一族邸にやってきたからだった。


「どうすんの?」



 愁は歯に衣着せぬ物言いで、イズナに尋ねる。



「・・・ひとまず、黙っててくれないか。」



 愁は一応、千手一族の次男扉間の妻だ。うちは最大の敵対勢力である千手に頭領であるマダラの不在を知られるわけにはいかない。



「扉間になんて言わないわ。奇襲とか、あいつそういう薄汚いこと考えるの大好きだもの。」



 愁は腰に手を当て、吐き捨てるように言った。その言葉に驚いたのは、当然イズナの方だ。



「なにぽかんとした顔してんのよ。」

「いや、だって自分の夫のこと、そこまで言う?」



 イズナにはまだ妻はいないが、他人にでもそこまで言われればショックだと思う。ましてや自分の妻ならなおさらだ。



「事実でしょ。わたしあいつのやり方大っ嫌いよ。」



 愁は扉間のことを思い出すと何やら不快らしく、眉を寄せて見せた。

 イズナから見ても蒼一族の3姉弟の中で、愁だけはまったく違う性格をしていると見えていた。今はイズナの義姉でもある長女は温厚であまり怒らず、のんびりしている。末っ子の萩は食えない、頭の切れるところはあれど温厚だ。

 なのに、愁だけはとげとげしい言葉と素直と言えば聞こえが良いが、驚くほど率直に者を話すため、きつさだけが目立っていた。



「一族のためって言ったら、何やっても良いなんて大間違いよ。」



 愁は腰に手を当てて、目尻をつり上げる。

 と萩は童顔で、丸くて大きな目で、目尻が下がっている。だが、愁の目尻はきりりと上がっていて、顔立ちも大人っぽいから、なおさらきつく見えるのだろう。



「それに、千手になんて、帰ってないし。」

「え?あぁ。」



 愁は千手一族の扉間に嫁いだというのに、今実家である蒼一族に戻ったというのだ。イズナもそういえば、兄のマダラからちらりと聞いたことがあった。

 兄はどうやらのことを心配していたようだ。蒼一族として争いのない場所でずっと育ってきたのは姉妹揃って一緒で、戦いの現実に、もまたショックを受けただろう。愁のように実家に帰ってしまうのではないかと恐れたのかも知れない。

 だが、そんなことは杞憂だとイズナは思う。

 は責任感が強く、愛情深い。そして何よりも、マダラとの間に子供がいる。もともと姉として弟妹を守ってきた彼女が、自分の子供を捨てるとは思えない。それくらいならば、弟妹のために自害しようなどとは考えないはずだ。



は強いね。」


 イズナはの強さに本当に感心すると同時に、感謝もしていた。

 うちは一族にとって初めての、他家から迎えた頭領の妻。どれほど阻害されようと、どれほど罵られようと、が弱音を吐いたことはない。それでいて、自分が出来ることを出来るように努力する。うちは一族に今までなかった視点を与えてくれる。

 彼女は決して気が強いわけでも、実際に実力として強いわけではない。だが、心の芯の強い人だ。



「・・・姉様は、父様が死んでから、ずっと私たちを守ってきたもの。」



 愁はため息をついて目を伏せる。



「貴方たちが姉様を攫って、わたしたちは思い知らされたわ。」



 マダラとイズナがを蒼一族の結界の中から攫った時、愁と萩は呆然とした。蒼一族の長老たちは皆慌てふためいたが、何も手立てを考えることが出来なかった。そう、長老たちは父の死後、に頼りきりだったのだ。



「わたしたち、おかげで過去に手に入れた情報を全部探して把握することになったの。千手を見つけるまでに数ヶ月かかったわ。考えたのは、萩だけど。」




 攫ったのがうちは一族だということは、すぐにわかった。だが同時にうちは一族が蒼一族などとは比べものにならないほど大きな一族だと言うことも判明し、手を打てなくなった。諦める長老たちを説き伏せ、千手と手を組もうと考えたのは、まだ10歳の萩だった。



「で、君はどうしたいんだい?」



 イズナは心に尋ねる。

 小さな蒼一族はまだ希少な血継限界を持っているというのに、自分で身を守る術を持たない。今、千手一族に愁を、そしてうちは一族にを嫁がせることで、安定を図っている状態だ。それにも関わらず、愁は今、蒼一族に戻ってしまっている。



「わからないわ。」



 愁ははっきりとよどみなくそう言った。それはイズナが呆れるほどだった。



「・・・え?」

「わかんないわよ。そんなの。でも、敵だから子供まで皆殺しとか、そんなの間違ってる。」



 扉間は厳格で、千手一族の中でも強硬派で知られている。協定や約束事を破れば、見せしめとしてそれなりの対処をしただろう。この戦乱の世で、裏切りはよくある話であり、それに対して恐怖で縛る方が効果的な場合もある。

 だがそれは、愁にとっては受け入れられないものだったのだろう。



「扉間はやり方が酷すぎるわ。だから私、いつも柱間様に告げ口するの。」

「・・・夫のやってること、告げ口したの。」

「当たり前でしょ?やって良いことと悪いことがあるわよ。」




 愁はその紺色の瞳で宙を睨み付けて、低い声で言った。

 彼女は千里を見通す瞳で、扉間の行ったその光景を見たのかも知れない。それは平和に育った彼女たちにとって想像を絶するほどの地獄に見えただろう。



「柱間様は私のいうことを理解してくださる。でも、扉間はちっとも理解しない。挙げ句、柱間様に会ってはならないって屋敷に閉じ込めたのよ。」

「え?」

「蒼一族にいた方が、柱間様と連絡が取れるわ。」



 政略結婚である限り、本来愁の行動は歓迎されてはいないだろうが、愁が蒼一族に帰っているのが千手一族で黙認されているのは、長である柱間とはきちんと意思疎通が図れているからだ。柱間は全てを承知しているのだろう。



「扉間は、連れ戻しに来るんじゃないの?」



 イズナは宿敵である扉間に少し同情を覚えてしまった。

 蒼一族は特別な血継限界を持っているため、丁重に扱うべき存在だ。妻を他家から迎えるというのは、政略的な意味が含まれるのだから当然だろう。あの真面目な扉間のことだから、形式上はきちんと妻を扱ったはずだ。

 それなのに、愁は実家に帰ってしまった。



「知らないわ。話し合いもせずに殺しに行くあの人は大っ嫌い。」

「でも、わかってはいるんじゃないか。」



 イズナは心の素直な言葉に、苦笑する。

 彼女は扉間が人を殺すことに関しては、仕方ないことだと理解しているのだ。扉間は彼女が戦いにショックを受けて、実家に帰ってしまったと思っているかも知れない。だが、彼女は決して自分勝手なだけではなく、理解もしている、妥協もしている。

 だから、言うのだ。“話し合いもせずに”殺しに行くのはどうなのか、と。



「わかってるわよ。」



 愁はぐっと唇を噛み、つり上げたその目尻に涙をためる。

 この戦いの世界において、人を殺すことが仕方ないことだと、それは知っているのだ。戦いを知らずに育った愁にとって、本来ならそれすらも辛く、悲しいことだろう。



「そっか。おまえは優しい子だな。」



 イズナはぽんっと愁の頭を撫で、笑いかける。ふと、生意気だった、亡くなった幼い弟が帰ってきた気がした。

理解しようと苦しんでいる