川幅は下流に行けば行くほど広くなる。が投げた石は、ぽちゃんと音を立てて一度も水面で跳ねることなく落ちた。これでは水切りではなく、ただ石を投げただけだ。
「おまえ、例えようもなく下手だな。」
マダラは自分の薄手の石を持ち、呆れたように息を吐く。
「え、えっと。もう一回見せてくれる?」
「あぁ。水面に向けて、低く投げるんだ。」
マダラの手から放たれた石は、低い位置を保って水面を何度かはね、簡単に対岸へとたどり着く。
「上手だね。マダラさん。」
「おまえとは年期が違うからな。」
「じゃあ、わたしも何年かやれば出来るかな。」
は笑いながら、もう一度投げてみる。今度は一応、低く投げたが、角度が悪いのかそのまま水へと吸い込まれていった。
「・・・才能、あるかな。」
「ないかもしれんな。」
初めてでも一度くらいは跳ねるものだ。だというのに、が先ほどから投げている石は、ちっとも跳ねない。低く投げる努力はしているが、角度が悪いらしくうまくいっていなかった。そういう点では、彼女には水切りの才能はなさそうだった。
「が、がんばるよ。」
は真剣な顔で、自分の手にある石を見つめる。つまらない遊びだというのに真剣なにマダラは肩をすくめて、河原に腰を下ろす。
川のせせらぎと、木の葉の擦れ合う音だけがあたりに響いている。
「まあ、おまえも座れ。」
マダラはに手招きをする。は不思議そうな顔をしたが、マダラの方へと歩み寄ってきて、隣に腰を下ろした。
流れる川はきらきらと光って、太陽を反射する。風が流れる川の影響か冷たく、流れていく。
「昔な、俺はよくここに来てたんだ。ひとりで。」
「でも、ここ、結構寒くない?」
「おまえが寒いのか。」
まだ夏だというのに、川沿いはひんやりしていた。不思議なところに目を付けてくるは、少し寒いのかも知れない。
マダラはを笑って自分の方へと引き寄せて、胡座をかいた自分の足の間に座らせる。の身長はマダラより20センチも低いので、すっぽりと彼女は腕の中に収まった。の寒さを防ぐだけでなく、腕の中の温かさはマダラに小さな勇気をくれるような気がした。
二人で同じように、流れていく川面を眺める。
「この流れる感じがな、嫌なことを忘れさせてくれそうな気がしたんだ。」
冷たく、切るように流れていく、それが悲しいことやもやもやしたことを全て洗い流してくれるような気がして、よくひとりで来ては流れを見ていた。
「どうにもならないことが、多かった。弟たちは次々に死んでいった。どうしようもなかった。俺の努力じゃ、な。」
昔、マダラには4人の弟がいた。
最初に戦いに出たのはマダラだったが、弟たちも当然、立ち上がり、武器が持てるようになれば戦場に出なければならなかった。次々に幼い弟たちは狙い撃ちにされ、死んだ。武器を持つとは言え弱い子供を狙うのは、戦場においては常套手段だった。
作戦の穴そのものだからだ。
「墓に眠っている父は、忍として死ぬのは立派なことだとのたもうた。殺すために生き、いつか殺される。だがそれを繰り返して、何の意味があるのかと、考えていた。」
殺し、殺され、そしてその先にはまた、死がある。犠牲に終わりはどこにもなく、ただ殺すために生き、そして殺されるのを待つ。
「・・・殺すために、生きる?」
がマダラの顔を見上げて、高い声音でマダラの言葉を反芻する。
戦いにかかわらず結界の中で生きていたにとって、その価値観は全く理解出来ないものだろう。だが間違いなく、この世界の多くの人間が、その価値観の中で生きている。
「あぁ、そうだ。何か、それを変えられる方法が、平和がどこかにないか、ここで考えていた。」
多くの人間にとって、それはまさに妄言と言えるものだろう。少し前の自分自身が聞いたとしても、鼻で笑ったはずだ。
「その時に、出会ったのさ。」
「だれに?」
突然別の人間が出てきたことに、は首を傾げる。
「千手、柱間、」
「柱間、さん?」
もよく知っている、千手一族の頭領、柱間だった。彼と、この川沿いで出会った。
「お互い名字を知らず、知っていたのは名前だけ。もちろん宿敵とは知らなかった。知らない振りをしていた。・・・ヤツも同じ事を考えていた。」
大人たちが作った馬鹿な世界。それを変えることは出来ないのか。彼もまたマダラと同じように懸命に考えていた。
「いろいろな話をした、修行も一緒にした。そうやって同じ時間を過ごした。」
理想を同じくする友は、初めてだった。
「話もした。平和を何らかの形で叶えるために、例えば一族同士で同盟のようなものを作って、子供たちを守る集落を作れないかと。」
理想の形がどうあるべきか、それを話すのは楽しかった。
この戦乱の世で、それをどうにかしようなんて、馬鹿な考えを容認してくれる大人はいなかった。子供もまた、その現実を受け入れ、諦めていた。だから、彼との時間は夢のように楽しかったし、そう、夢だった。
「ヤツと俺とのようにたくさん話をして、一緒に過ごし、そんなふうに皆がはらわたを見せ合えば、他の一族でもわかり合えると知った。」
他の一族でなくとも、色々な話をし、相手がわかれば、相手の大切な者も理解出来る。理解出来れば、お互いに相手を殺さずにすむかもしれない。そう思った。
「だが、そんな方法、どこにも存在しない。人は疑うものだ。だからそれは理想であって、現実に叶えられっこない。そう思った。平和など、どこにもない、と。」
理想を諦めたと言ってもよいのかも知れない。現実は待ってはくれず、戦いはマダラを飲み込み、平和なんて言う実現方法のない荒唐無稽な理想はいつの間にかお蔵入りとなった。それを大人になったというなら、その通りなのだろう。
そう、マダラは年を経るごとに、それが当たり前のものだと、聞き分けよく理解した。
どこにも平和な場所なんて、この世界に存在しない。父の言う通り、殺すために生き、いつか殺される。その間に自分の遺伝子を残せれば、上々の出来。自分たちは、そんなつまらない存在に思えた。
それでもマダラは、残された弟と、うちは一族を守らなければならなかった。
「だが、平和はあった。」
マダラは笑って、自分の腕の中にいるを見下ろす。
「、おまえたちは、そうやって育ってきただろう?」
その紺色の瞳は自分が殺した人間の目の空虚さを知らない。その白い手は血に汚れたことがない。だが、そんな人間が、この戦国の世にいるとは思っていなかった。
蒼一族は結界の中でひたすら戦いを避け、中立を保つという形で、一族の平和を維持してきた。
この戦乱の世で、戦いを知らない一族がいる。そういうふうに育った人間がいることに、マダラは愕然とした。蒼一族の存在は、少なくとも平和という荒唐無稽な夢が、方法や能力さえあれば、可能だと言うことを示した。
「なあ、。」
マダラは日が沈んだ瞬間と同じ、彼女の美しい紺色の瞳を眺める。
「おまえの目には、外の世界はどう映っている?」
率直な質問に、は少し考えるようなそぶりを見せ、自分のつま先を見つめた。
「素直に話してくれ。。」
マダラはの肩に、後ろから自分の額を押しつける。は躊躇いがちにゆっくりと口を開いた。
世界を見る貴方を知りたい