の紺色の瞳には、揺るぎない、強い覚悟がある。
「・・・、」
マダラは自分の頬にある白くて細い手、それに重ねた自分の手は彼女の手と違って真っ赤に血で汚れている。マダラはの頬に手を伸ばし、額をつきあわせたまま目を閉じた。
がした“すべては贈り物”という話は、蒼一族の教訓の全てなのだろう。
箱の中にあった祝福も災厄も外の世界に出て行ってしまい、残ったのは希望だけ。希望を抱えて、蒼一族は結界の中に引きこもったという。その希望も外の世界に放てば、世界は本当に災厄を乗り越えられるのだろうか。
その答えは誰も知らない。だが、はそれに自分の人生を賭ける覚悟をしたのだ。
「すまない。」
戦いの後を見たは、この世界の残酷さをこれ以上ないほど知っただろう。
だからきっと物語とともに、自分の決心をマダラに伝えた。はっきりと言えば、マダラが傷つくとわかっているから。
彼女はもう、結界の中に、蒼一族に戻ることは出来ない。
情の深い彼女はきっと、マダラを、イズナを、そして子供たちを見捨てることは出来ない。外の世界で災厄と向き合って、生きていくしかないからこそ、彼女はこの世界で、戦いを見ながら、平和を求めるしかないのだ。
その覚悟は、追い詰められたからこそ、生まれたものでもある。
「俺が、おまえを攫ったからだな。」
が語った“すべては贈り物”という物語の中でも、マダラが幼い頃聞いたパンドラの箱という昔話でも、箱を開けたのは少女だった。だが、きっとこの物語では、蓋を開けたのはマダラだ。を攫わなければ、蒼一族は希望だけ抱えて、今までと同じように留まることが出来ただろう。
マダラが目を開けると、目の前にある紺色の瞳がゆっくりと細められる。
「そうだね。でも、わたしはそれを不幸だと思ったことはない。」
風がゆっくりと紺色と漆黒の髪を撫でていく。同じようにその長い髪は、同じ方向へ流れる。
「確かにいろいろなことはあったけど、わたしは、自分で、マダラさんを選んで、ここにいるんだよ。」
マダラには迷いがあった。を無理矢理攫った、確かに好きだと言ってくれたが、あまりに辛い世界に踏み出させてしまった。その後悔は心の中にずっとあって、いつもマダラを動けなくさせた。願いを口に出すことを躊躇わせた。
そのことには、蒼一族として優れたその勘で、気づいていたようだ。
「マダラさん、わたしは、貴方が好きだよ。だから、一緒に幸せでいたい」
はマダラのわだかまりをあっさりと解いていく。
攫われ、無理矢理うちは一族の頭領の妻にされた。対外的に見ればそれが真実だろうが、はマダラのことがずっと好きだった。行き違いやお互いの一族のための立場はあったとは言え、それもまたにとっては事実だ。
それは、現実を見た今も変わっていない。
「・・・少し、歩こうか。」
マダラはの背中を軽く叩き、促す。は少し不思議そうな顔をしたが、体を起こし、立ち上がった。彼女の白い手を取り、歩きにくい川沿いを歩く。少し彼女はマダラから遅れていて、隣に並びはしない。
風が頬を撫でる。久々に、弟たちのはしゃぐ声が聞こえた気がした。
「俺が、言おうと思ってたのにな。」
少しだけ、心が軽い。話を出そうと思っていたのは、マダラの方で、それなりに緊張もしていたというのに、先に話をされてしまった。
「理想は、おまえが語った。」
平和にしたいと、そのために自分も戦うから、マダラにももう一度、平和という希望を持って欲しいと。
彼女は気づいていたのだ。
今マダラが参加している多くの一族がまとまりつつある同盟が、かりそめであることも、秋の戦いが始まれば、それが露呈するであろう事も、全部全部、気づいていた。だからこそ、今、うちは一族の者たちに嫌な顔をされようと、は他の一族との繋がりを強めようとしている。
他の一族が、他の一族と和解できるように、助けようとしている。
「方法も、おまえが持っている。」
「え?」
マダラの言葉に、は気づいていなかったのか、不思議そうに首を傾げる。
「おまえ、嘘がわかるだろう?」
はその人間を見るだけで、嘘をついているのか、違うのかがわかる。蒼一族は大なり小なりそう言った能力を持っており、だから嘘をつかない。嘘をつかせない。マダラやイズナが素のままに接することが出来たのは、装っても仕方がない。
犬塚一族と炎一族の話し合いがうまくいったのも、最初に犬塚の虚勢をが見抜いていたからだ。
「ただ、それだけでうまくいったのは、白磁殿が人格者だったからだ。」
炎一族は、大きな一族だ。犬塚一族が自滅覚悟の強硬手段に出るなどという脅しをしない限り、妥協案の提示も可能だった。また炎一族の宗主である白磁は人格者で、さらに彼は善良な長でもあった。争いを望んでいない。
「悪意のある人間もいる。その時、結局物を言うのは力だ。」
嘘がわかるだけでは足りない。それはも理解している。理解しているからこそ、うちは一族の護衛を付けて、犬塚と炎の当主と会ったのだ。
うちは一族は千手一族と並び、この一体では誰もが恐れおののく一族だ。中では他家からの妻であると軽んじられるも、うちは一族の頭領の妻であるという外向きの見方は変わらず、よほど覚悟がない限り、襲うことの出来ない相手であった。
「蒼一族は能力には大きな差があるだろう?特に血継限界以外に、」
30人足らず、予言を司り、ひたすら結界内で引きこもってきた蒼一族は近親婚を繰り返してきている。基本的に内部ではそれほど待遇に差はなく、自給自足、誰も特別豊かではない。全員が血継限界・透先眼を保有しており、差がないように思える。
だが、の父親である亡くなった時、その当主となったのがまだ10歳にも満たないの弟の萩であり、采配を実際にふるったのが10歳程度のであった。
本来、幼い当主というのは嫌がられるものである。それでも当主にも、その補佐役にも幼い姉弟を選んだことから、当主一家の能力が違うと考えるのが自然だ。
「流石マダラさんだね。」
マダラが彼女の手を離し、後ろを振り返ると、は静かに頷いて見せた。
「確かに、蒼一族は勘が良いけど、わたしと萩は特別。知っての通り、ほとんどわかる。」
「だろうな。」
話し方から、恐らく三姉弟の中で、予言という観点からよく見えるのは弟の萩、そして次はなのだろう。ただ他人の言動の成否を判断するという点では、恐らくが優れている。それは三人とよく話しているマダラには、手に取るようにわかる。
は自分の能力について、積極的に語っていない。同時に、マダラも今まで、彼女の能力を詳しく聞こうとはしなかった。
だが、これからは、そういうわけにはいかない。
「やり方は有事になるまでは、おまえに託す。」
マダラは恐らく相手を恐怖させることは出来るだろうが、腹を割って話をするには、あまりにうちはの名前は大きすぎる。ならば、話し合いはに託すべきだろう。マダラが表に出れば、相手を萎縮させることになる。
「力では、俺が脅す。」
では恐らく、本当に悪意のある人間が話し合いの場にやってきた時、本当に理解出来ないだろう。だからその時はマダラが対応したほうが良い。
「覚悟して欲しい。」
他の一族と本当にはらわたを見せ合い、同盟を結ぶためには、殺した人間、殺された人間とどうしても向き合わねばならない。それはの言う通り、誰にとっても決して簡単なことではない。それはマダラにとっても同様だ。
同時にはこれ以上ないほどの残酷な現実を見ることになるだろう。いつか、外に出た日を後悔するかも知れない。
それでも、
「俺はうちは一族の頭領だ。そしておまえはその妻であり、蒼一族の娘だ、」
かつてが望んだのはうちは一族の頭領ではなく、ただの、マダラだった。マダラもを蒼一族の娘としてではなく、ただの滴としてともに歩みたいと思った。
でも世界はそれを許してはくれないし、ももうそれを望まない。
戦いの中に身を置く、うちは一族の頭領であるマダラが、彼女の理想を叶えてみせるから、彼女も蒼一族のとして、一緒に戦って欲しい。それを、マダラはの存在を、何よりの希望として戦うから。
「だから俺と生きて、俺と死ね。」
マダラはまっすぐの紺色の瞳を見据える。川を通っていく、冷たい風が二人の長い髪を揺らす。はいつものように笑ってはいなかった。その幼い面立ちには、緊張と、真剣さがうかがえた。
選択の重さを、彼女はよくわかっている。だが、視線をそらすことなかった。
「うん。」
間はあったが、は迷いなく大きく頷く。そこには確かに、強さがあった。
「わたしは何があっても、貴方の傍で生きる。」
希望を抱えたまま、死ぬことになったとしても、
貴方と生き、貴方と死ぬ覚悟を