マダラが夕方にをつれて行ったのは、川に面した崖の上だった。
「すごい。森が一望できるんだね。」
は下を見下ろして、崖に囲まれた中にある森に目を向け、声を上げた。
夕方になり少し風が出てきていて、崖の上に吹き付ける風がの長い紺色の髪を巻き上げる。それを押さえて、はくるりと崖の上で回る。その時に何かを蹴った気がした。
は岩の上に置いてあった薄く丸い石を拾い上げる。
河原で水切りをした時使ったような、薄くて角の取れた丸い石。川の方が当然低い位置にあるので、この石が人の手を借りずに崖に置かれることはないから、誰かが運んだのだろう。
一瞬薄水色の透先眼に視界を切り替え、遠くを見る。
「どうした?」
チャクラが動いた気配を感じて、マダラが尋ねる。
「うぅん。」
はすぐに透先眼を元の紺色の瞳に戻し、石を沈みゆく太陽にかざす。
鬱蒼とした森とその先を一望できるこの場所は、かつてマダラが柱間とともに理想を語り合った場所でもあった。この場所はマダラの記憶にあるのと、あまり変わっていない。
「ふってきそうだね。」
空が近くて、とは手をいっぱいに広げて笑う。
「空がふってくるか。」
「だって、こんな近いんだよ。空に手が届きそうだね。」
「・・・」
手が届くわけがない、とマダラは思ったが、が楽しそうなので、黙っていることにした。
彼女は世界には祝福と災厄のどちらもがあって、でも、マダラたちには災厄しか見えていないという。それは、世界の美しさに目を向けることが出来ないからなのかも知れない。
マダラはと同じように目の前にある太陽を眺める。
煌々と沈みゆく太陽は真っ赤で、紺色と漆黒を纏って、静かに、しかしこれ以上ないほど強く輝いている。それを美しいかと聞かれても、マダラにはわからない。ただ、ただ単に太陽が暮れゆく風景、それだけだ。
「綺麗だね。」
の紺色の瞳が赤い光に反射して紫色に見える。風にたなびく長い髪も赤い太陽に透けて、きらきらと光って見える。
「あぁ。」
不思議と自然に、すんなりマダラは彼女に頷いていた。
風景が特別美しいと思ったわけでもなかった。なのに、彼女の言うことを受け入れてしまったのが何故だったのか、マダラにもよくわからない。ただわからないままに、頷くと、が嬉しそうに、紺色の瞳を細めて笑った。
「わたし、写輪眼ってずっと太陽みたいだなって思ってたの。」
「この世界でそう思えるのは、おまえらくらいだ。」
他の一族は写輪眼を恐怖の対象としかとらえていないだろう。マダラたちうちは一族の者ですら、恐らくまがまがしいものだと思っている者が多いはずだ。力の証であると同時に、戦い、殺すための全てがそこに詰まっているとすら言える。
それをただその色だけで、太陽みたいだなんて言えるのは、が戦いを知らないから、うちは一族の敵になったことがないからだ。
「え?きらきらしていて、明るい色で、綺麗でしょう?」
が写輪眼を恐ろしいと思うことは、マダラの妻である限り恐らく一生ないだろう。ましてや彼女は蒼一族の特性で、写輪眼お得意の幻術にすらかからないのだ。なおさらである。
ただ彼女も攫われた時、写輪眼を使っているマダラを見ているわけで、それを目の当たりにしてもそう言えるのだから、彼女は大概神経が図太い。攫った自分たちを、そして写輪眼の緋色を不幸の端緒だと思っても良いと思う。
なのに、それを太陽みたいだと笑えるのは、彼女がきっと美しいものを捉えられる目を、持って生まれてきたからだ。
「おまえの目で、その心で物が見れたら、世界は美しいだろうな」
の紺色の瞳は、絶望ばかりに見えるマダラの世界の中の、美しいものを当たり前のように見つめる。
当たり前にマダラが見て、つまらないと感じていたものが、から見れば美しい景色、綺麗なものに見えるのだろう。それを心からうらやましいと思う。そして、少しでも、同じものを、彼女の隣で見ることが出来ると良い。
「ほら、そっくりでしょう?」
は嬉しそうに赤い太陽を指さして笑う。
うちは一族の写輪眼を数え切れない程見てきた。それを太陽のようだなどと、マダラが思ったことは一度もない。だが、彼女の目にそう見えるなら、世界の真実はそうなのかも知れない。
「そうか。」
マダラは肩をすくめて、の隣に立つ。
夕方になり、少し風が強い。の後ろに立つと、マダラを風よけにするようにはマダラに躰を寄せた。マダラは彼女を支えるように彼女の細い腰に手を回す。
「寒いか?」
「ちょっとね。でも温かいよ。」
は笑ってマダラに抱きついてくる。
小柄なはマダラの腕にすっぽりおさまるから、寒くはないだろう。ぽんぽんと子供にするように彼女の後頭部を叩くと、はお返しとでも言うようにマダラの背中に手を回し、同じようにぽんっと叩いてきた。
「野宿できそうな所を探そうか。」
「そうだね。日も暮れてきたしね。」
紺色にゆっくりと染まっていくのを眺めているのも良いが、電灯などと言うものは存在しないから、時間になれば真っ暗になるだろう。夜に移動するのは危険なので、早く眠れるような場所を見つけた方が良い。
少し躰を離しては手に持っていた薄くて丸い石を自分の袖に入れる。それを見ていたマダラが、不思議そうな顔をした。
「なんだ。何か拾ったのか?」
「うん。見て、丸い石。水切りしやすそうじゃないかな?さっき拾ったの。」
「・・・石だけでおまえのスキルが上がるかは、わからんがな。」
「酷いよ、それ、」
は軽くマダラの腕を叩いて抗議するが、マダラは唇の端をつり上げて意地悪く笑う。
「酷くないだろう。おまえはなかなか・・・そうだな、鈍くさい。」
少し考え込んでから、馬鹿にするように軽くの頭を叩いてくる彼は、何やら楽しそうだ。
「だって、焦って何かすることなかったんだもの。」
蒼一族は争いに巻き込まれたことがないため、急いでものをすると言うよりも、のんびりしっかりやるというので良かった。これでも3人姉弟の長女で、それなりにしっかりしているとは思うが、それは蒼一族ないでの話で、うちは一族からして見ればは随分とのんびりしているのだろう。
「俺たちと違って、おまえらの時間は二倍くらい遅いんじゃないかと思う。」
「そうかな。」
には自分がのんびりしているという自覚はそれほどないらしく、心底不思議そうに首を傾げて見せる。
「・・・隠居したら、そういう暮らしがしてみたい。」
マダラはの手を握って、笑う。
この世界では看取られることもなく、争いの中死んでいくのが普通だ。しかし、もしも平和というものが手に入るのならば、うちは一族を誰かの手に託して、隠居してしまうのも一つの手なのかも知れない。そうすれば、彼女と同じものを見て、彼女と同じ時間を過ぎすことが、本当に出来るだろう。
「じゃあ、その時は、マダラさんがご飯を作ってね。約束だよ。」
が紺色の瞳を細め、柔らかに笑う。
「まずくても知らんぞ。」
「そうね。じゃあ、わたしが責任を持って全部食べるね。」
彼女の笑顔が、沈み逝く太陽の光で赤く染まっている。それを眺めながら、マダラはあまりのまぶしさに目を細めた。
太陽が沈む。それが何かの始まりを告げた。
落日まで