「おまえ何なんだよ。」
座敷の真ん中で向かい合って、香燐が少女に正面から尋ねる。
肩までに切りそろえられた紺色の髪。
顔立ちは幼くて多分サスケや香燐よりまだ年下だろう。
肌は白く、不思議そうに水色の焦点のない瞳で香燐を見返し、首を傾げてみせる。
彼女がするのはそれだけだ。
喋りもしなければ、笑わないし、泣かない。
ただ不思議そうに見返すのだ。
「あぁ、苛々する!おまえそこどけ!!」
香燐は何も答えない少女にしびれを切らし、大声で怒鳴りつけたが、やはり少女は不思議そうに首を傾げただけ
だった。
毎日飽くことのないやりとりに、サスケは正直うんざりする。
“鷹”と名乗り、木の葉をつぶすことを宣言したサスケに、マダラは彼女を連れて行くように言った。
一度川でおぼれかけているところを助けた事のあるという名の少女だ。
イタチ唯一の木の葉からの連れで、特異な能力のせいで木の葉に狙われているが、イタチがずっと匿っていたら
しい。
おまえには連れて行く義務があると言われ、確かにそうかもしれないと頷いた。
足手まといになっても困るのでどこかに置いていこうかと考えたが、それで急襲され、木の葉に捕まっても後味
が悪い。
それにイタチの木の葉からの連れなら興味がある。
仕方なく連れ歩いている。
一応最低限の訓練は受けているのか、幸い手間をとらされずにすんでいるが、ただ気になるのは、前に会ったと
きと違って彼女は笑わないし、ほとんど表情を動かさないこと。
無表情と言うほど冷たいものではないが、ぼんやりとしていて何を考えているのかがわからない。
本当にそこにいるのかいないのかわからなくなるような存在感のない少女。
何が少女をそうさせたのか、
それがイタチの死だというならば、自分にも多分に責任はあり、サスケは結局彼女がどんな行動をしていようと
黙殺するという安易な態度を示していた。
だが、そのふわふわした少女が香燐の癇に障る。
香燐はをいつも怒鳴りつけるのだが、が堪えた風もない。
今日も香燐に怒鳴られたは香燐を避けるようにのろのろと立ち上がり、端にいた重吾の隣に座る。
マイペースそのものだ。
それから何をするでもなく窓の外の鳥に無邪気に手を伸ばしていた。
かつてのような笑みはなく、やはり無表情のままだ。
鳥はが全く怖くないらしく、頭の上や手にお構いなしに陣取り、長い彼女の髪の毛を嘴でくわえて引っ張った
りしていた。
「なんなんだよ。うんともすんともいいやしない。」
腕組みをして香燐が鼻を鳴らす。
「まぁ、香燐よりは実害ないよね。」
水月がふっと笑って香燐に殴り飛ばされた。
確かに、実害はない。害もなければ利益もないのがだ。
重吾は乱暴な香燐の様子に顔色を変えたが、は相変わらずぼんやりと鳥と戯れるだけで気にする様子がない。
は喋りかけても答えないし、イタチとの関係を聞こうにも会話が成立しないことには何もできなかった。
「かごめ、かごめ、かごのなかのとりはーー」
突然、がどこかぶれてぼやけた歌を歌い出す。
「あんた喋れんじゃん!」
香燐が驚いてに詰め寄る。
はまったく香燐の方を振り向かず、拙い声音で歌っている。
下手ではない。
ただ声がぼんやりしすぎていて、どこか現実味のない歌だった。
終わると香燐がの着物の後ろを掴む。
「ちょっと来な!」
香燐はまたもう一度彼女の素性でも聞こうと思ったのだろう。
乱暴にを座敷の真ん中に引きずり戻そうとする。
ところがの方が今までとは全く違う態度を見せた。
は拒みはしなかったが、水色の瞳を限界まで見開く。
「怖いって、言った、」
重吾が小さく呟く。
サスケが不穏なの空気に写輪眼でを見た途端、のチャクラが蠢いた。
「離れろ!!」
重吾も感じたのか、香燐の手を掴む。
香燐の手がの襟首から離れたった途端、先ほどまで香燐の手があった場所を輝く光が通りすぎた。
畳の一部分が一瞬にして灰になる。
サスケは咄嗟に襟首を離されバランスを崩したの躰を抱き留めた。
「ぁ・・・」
がふるふると首を振る。
怯えているのだ。
小さな肩が小刻みに震えている。
「サスケ、離れた方が良い。」
重吾がに警戒の目を向ける。
それを感じてかますますは怯えを見せ、の肩にいた蝶が鱗粉をまき散らす。
先ほど畳を灰にしたのはこの蝶の鱗粉のようだ。
蝶自体が炎を纏っているのかも知れない。
凄まじいチャクラの量にサスケは驚愕したが、彼女を怖いとは思わなかった。
むしろ自分たちを怖いと思っているのは彼女だ。
「別におまえに危害を加えたりしない。」
サスケはそう言って彼女の背中を何度か撫でる。
すると少しずつだが彼女の躰から力が抜けた。
サスケ達と行動を共にするようになってから、彼女は少しも眠っていないし、ずっと夜でも目をあけたまま小さ
く身を縮めていた。
今思えば、怯えていたのかも知れない。
はゆっくりと息を吐きサスケを見上げる。
行動は非常に遅い。
だが理解していないわけではなさそうだ。
そういえば先ほども香燐にどけと怒鳴られ、不思議そうに首を傾げていたが、しばらくすると重吾の方に退いて
いた。
彼女のチャクラが少し安定を取り戻す。
「おったまげー、香燐死んでたね。」
水月が灰になった畳を見つめて言う。
畳一枚ほとんどすべてが灰になっている。
それも先ほどの一瞬でだ。
灰になったことから、彼女の能力は火を使う何かと考えるのが妥当だろう。
実際に彼女の肩に乗っている白い蝶も危険そうだ。
「その子の感情はとてもシンプルだ。何かを隠そうと言う気も、何もない。どちらかというと、動物に近い。」
重吾がの弁解をするように自分の見解を述べる。
サスケはをあらためて見る。
は重吾の話に耳を傾ける気はないようで、ぼんやりとサスケから離れて蝶々を追い始めた。
ふらふらと立ち上がり、危うい足取りで部屋の中で蝶を追う。
足取りが頼りないくせに、足下は全く見ていない。
しばらくする躓いてこけた。
それでもむくりと起き上がってまた蝶を追う。
蝶は彼女の頭上をくるくると回ってみせるため、彼女も一緒にくるくる回り、終いに反り返りすぎて後ろに倒れ
た。
「おい、」
畳で頭を打った音がしたので流石にサスケも駆け寄ったが、ぼんやりと天井を見つめるだけであまり痛がってい
る様子はない。
最初にこけた時に足にも擦り傷ができている。
不思議そうにぼんやりとした瞳でサスケを見上げている。
「おまえ、痛くないのか?」
答えを期待せずに、尋ねる。
はさっき香燐にしたのと同じように首を傾げる。
答えはなかなか返らないが、それでもサスケは静かに答えを待つ。
すると、僅かに小さな唇が動いた。
「いたい、」
寝転がったまま紡がれた意味のある言葉は、妙におかしい。
水月や重吾が笑いを漏らし、香燐が呆れたように空を仰ぐ。
「フン、だったら少し自粛するんだな。」
の手を掴んで起こして座らせてから、サスケは彼女の足の怪我を見る。
しかしその傷は先ほど見たときより薄れており、何かをするほどの傷ではなくなっていた。
「なおってんね、」
水月が隣からのぞき込んで言う。
こういう現象を、サスケは一度見たことがあった。
ナルトだ。
彼は傷の治りが異常に早かった。
大きなチャクラを持つがそうであってとしてもおかしくはない。
彼女が痛いくせに傷が出来ても気にしないのは、そのせいなのかもしれない。
はふわりと着物の帯を翻して、また窓辺に戻る。
小鳥が声を上げてによってくる。
彼女はどうやら鳥には大人気らしい。
サスケはその様子を眺めながら微妙な気分になった。
おまえは誰でありたかったのだ
( 世界は彼女を置いて回り続ける )( それが例え過ちでも )