緩やかに流れる景色は柔らかさを残し背後に去っていく。



 綺麗な、蒼い空。



 巨大な犬の背に乗って、はそれを眺める。

 誰がいなくなっても、変わらない空。

 かつては何よりも好きだった青空を疎ましく思う日が来るなど、考えもしなかった。





「休憩するか、」





 サスケの号令で、香燐や水月、重吾が大きな木の幹に着地する。


 は少し離れたところに犬を止めて、背中から下りた。

 体力が元々ないが足として使うことにしたのは、父親の代から仕えている犬だ。

 口寄せはイタチがいた時代から何度かしていたから、失敗もない。


 しかし長時間犬の背に揺られたことで、は一瞬ふらついて犬にもたれかかった。

 直立したよりも体高の高い白い犬神は低い声で甘えるようにに頭を押しつけ、を支えた。

 はお腹がすいたから物を食べるという概念に欠けている。

 食事は与えられればするし、与えられなければいつまでたってもとろうとはしない。

 基本香燐や水月、重吾は自分で食事を見繕う。


 一緒に食べることもあるのでその時はも食事を取るが、が自主的に食べ物を摂取することはまったくない。

 イタチはそんなを知っているため、必ず食事の有無を確かめていたが、そんな習慣を知るはずもないサスケが
気をつけるはずもない。


 よっては日ごと痩せていたし、体力が落ちていた。

 最近では立ちくらみや貧血も頻繁だ。

 ぐったりとしているが心配なのか、重吾がに駆け寄る。





「あまり無理をしない方が良い。」

「・・・・」





 殺人衝動のある重吾だが、日頃は案外優しい。

 そして、の様子をよく気にかけては食事をくれたりもした。

 面倒見が良い、放っておけない性格なのだろう。


 水月や香燐はあまり疲れていないらしく、立ったままなにやら喧嘩をしている。

 は犬に凭れたままずるずると座り込んだ。



 気を抜けばこのまま眠ってしまいそうだ。

 が眠ってしまってもサスケが出発すれば、置いて行かれないようにこの賢い犬神は自分を運んでくれる。

 いっそ眠ったまま目覚めなければいいのに、


 はあてどもない思考を巡らせる。


 イタチが死んでから周りがいつも怖くて、眠っても数時間おきに起きてしまうし、常に緊張を強いられている。

 その上食事も睡眠もまともにとれないのだから、疲労は溜まる一方だ。


 潔く死ねればいいのだが、の血継限界はそれを許さない。

 毒薬すら受け付けないの体は、まだ鼓動を刻み、動き続ける。

 主が願う死を受け入れようとはしない。



 皮肉なものだ。



 世界には死にたくなくてあがく人間がたくさんいるというのに、死にたい人間が死ぬことが出来ない。

 犬神の柔らかな毛に頬を押しつけながら、は自分を嘲る薄笑いを浮かべた。





「おい、大丈夫か?」





 重吾が呼んだのか、いつの間にかサスケが傍にいた。


 彼は気配を消すのがうまいし、動きも速い。

 も気配を消すのは得意だし、動きも速いが、彼はより一段上だ。

 座り込むの傍に膝をつき、躊躇いがちにの長い髪をそっと掻き上げて表情を伺う。





「疲れたなら水を飲んだら少しは楽になるんじゃないか?」





 サスケは少し面倒くさそうに言うが、は水など持っていない。

 ふるふると首を振って持っていないと示すと、サスケだけでなく香燐や水月まで驚いた顔をした。





「おまえ、水もなしに今まで何飲んでたんだよ。」





 長距離を移動することは予め告げてあったはずだ。


 水月など大量に水を持ち込んでいる。


 香燐が呆れたようにに尋ねるが、その質問の意味がにはわからなかった。

 長い移動をする時に必要な物の知識を、アカデミーに行っておらず、イタチから与えられるばかりだったは知
らない。

 移動することはわかっても、必要な物まではわからないのだ。





「今日はこの辺で野営するか。」





 サスケはの様子に今日はもう動かない方が良いと考え、息を吐く。

 自分のために休み必要はないとは目で訴えたが、サスケはあっさり黙殺した。



 嫌なら言葉を口に出せ。

 サスケはが何も言わないとの意見がわかっていても無視する。





「・・・さ、」





 言葉を発するのは怖い。


 イタチがいなくなってから自分の発言にすら躊躇いを覚えているは何度も考えて、背を向けてしまった彼の服
を掴み、彼の名を呼ぼうとする。

 しかし、立ち眩みがして、膝が折れた。



 地面にぶつかる前に、水月が支える。





「ほんとにやばいんじゃね?ちょっとじっとしといたら?」





 あまりを気にかけない水月も、流石にを心配する。





「別に急ぐ必要はないんだしね、何だっけ?大蛇丸の第八研究所の破壊だっけ?」





 水月がサスケを振り返る。





「あぁ、」





 サスケは短く頷いた。


 達が向かっているのは大蛇丸の第八研究所だ。

 暁の邪魔をしているその研究所はかつて火の鳥計画たる物が行われていたらしく、その実験体達が結束して暁に
反抗しているのだという。


 サスケ自身乗り気ではなかったが、マダラの希望なので仕方がない。

 なかなか手強い実験体がいるらしく、普通の構成員ではない部下では手間取っているらしい。





「香燐が計画の内容を知ってればボクらが行くことなかったのにね。」

「うっさいな。仕方ないだろ。研究の全部を把握してたわけじゃないんだ。」





 水月のとげのある言い方に煽られ、香燐が腰に手を当てる。

 は興味もない話なので、ぼんやりとまた犬神にもたれかかるが、白い蝶がふわりとの周りを舞う。

 ざわりと木の葉が音を立てた。





「・・・ぃる。」





 小さく呟いて、は上を見上げる。



 サスケがはっと顔を上げて、刀を構えたと同時に、忍らしき人影が三人、襲いかかってきた。

 写輪眼の赤い光が忍を捉える。





「影分身だ!」





 影分身の一人をつぶしたサスケの声に、皆が一斉に間合いを取るためその場を離れるが、はとどまったまま上
を見上げている。

 後ろに飛ぶこともせず、ぼんやりと襲ってくる影分身を見ている。


 空虚な紺色の瞳に気圧された影分身の忍が危険を感じたのか飛び退く。

 はすっと上に手を挙げた、人差し指で一点を指さす。





「・・・・見つけた」





 あまりに落ち着いた声に呼応するようにの近くを待っていた蝶が、白い球を生成する。

 掌大の玉は突然小指の先ほどに収縮し、動きを止める。





「白紅。」





 それはいったい何の名前なのか、



 声に応じて、玉から白い輝きが生まれ、一直線に上へと放出される。

 それがビームと同じ役目を果たしていると気付いたのは、林の中から打ち抜かれた足を抱えた男が転がり落ちて
からだった。





「ぐっ!!」





 足を負傷しながらもなんとか木の幹に着地した男は、影分身でなく本体のようだ。

 すかさずサスケが彼を仕留めにかかる。

 後の二人は逃げたようだった。





「さて、どこの誰だ。」





 サスケは男に刃を向ける。

 しかし男が凝視していたのは後ろにいるだった。





「・・・・おまえ・・・なぜ、なぜ、」





 何度も首を振り、の存在を否定するように後ろに下がる。





「なに?お嬢の知り合い?」





 水月はおもしろがって軽い調子でに問うが、は眉を寄せる。

 間が抜けるほど時間をかけて考えて、は結局首を横に振った。


 知らない。

 サスケはの答えに、もう一度男に向き直る。






「宗主は・・・死んだ、死んだ、はずで、宗主は・・・」






 男は譫言を怯えたように何度も同じことを繰り返す。






「・・?」 






 も自分に向けられる男の言葉の意味がわからず、首を傾げる。






「オレ、俺たち、おれは、」






 今にも発狂しそうな、断末魔をあげる人間のような顔で、を見ていた男は、自分の持っていたクナイを持ち上
げる。

 首に当てられたサスケの刃も気にしない行動に面食らったが、クナイは誰に向けられることもなく、自分の首に
突き刺さった。



 が目を丸くして、一歩後ずさる。

 前のめりに倒れた男をサスケが仰向けに倒した時には、男は絶命していた。






「一体なんなんだ。」

「・・・・やっぱりお嬢の知り合いなんじゃないの?」






 水月が疑うような視線を向けるが、は自分の記憶力が良いのは自負している。

 知らない物は知らない。

 どんな視線を向けられても困った顔をするしかない。


 サスケは一つため息をついて、絶命した男の顔を見下ろす。

 その黒い髪の男は、かつて大蛇丸の屋敷で護衛についていた緋闇という名の女に似ている気がした。





知らない ( 他者は知っているが己のあずかり知らぬこと  )