不吉なほど毒々しく、赤い月があたりを照らす。
嫌な月だ。
サスケは一人毒づく。
柔らかな光と裏腹な外観をぼんやり見上げていたが、ふとに目を向けると、眠れないらしく、立ち上がってい
るのが見えた。
散歩でもする気なのだろうか。
それなりに実力があるのは何となくわかるが、彼女が明確にどれくらい強いのか、サスケは知らない。
だが、日頃のぼんやりした様子から推測するに、戦う力は持っているのかもしれないが、実戦経験が乏しいのは
明白だ。
何か思うところがあるのかもしれないが、夜更けに一人になるなど危険この上ない。
サスケは仕方なく身を起こす。
もしかすると彼女は、自分が思う以上に忍として、否、一般的な常識を知らないのかもしれない。
の境遇を、サスケは断片しか聞いていない。
両親ともに血継限界を持つ家柄で、しかし両一族とも彼女が小さいときに滅んだこと。
幼くしてその能力を危険視され、木の葉で幽閉同然に軟禁されて育ったこと。
そしてイタチに木の葉から連れ出され、ともに過ごしたこと。
物を知らないのは、幽閉されていた時期が長かったからなのだろうか、
それともイタチがあえて何も教えなかったからなのか。
今となってはわからない。
暗い中をはひとりでとぼとぼと湖まで来て、川の畔に膝を抱えて座り込む。
赤い月の映る湖面は緋色に染まり、不穏な空気を醸し出している。
サスケはの後ろに降り立った。
「ひとりで何をしてる。」
問えば、が振り向く。
相変わらず表情に乏しい顔は、しかし、戸惑っているようだ。
無表情にすら見える今のだが、見慣れれば感情の機微が僅かながらわかる。
どんな顔をしたらいいのかわからない。
彼女の表情がそう告げているようだった。
何度か口を開いたり閉じたりして何かを口に出そうとしていたがだが、結局口を噤んでしまう。
サスケはその様子にため息をついて、どさりと隣に腰を下ろした。
草の独特の臭いが鼻をつく。
空を見上げると、夜空には赤い月の他に、たくさんの星が見えた。
この辺には民家もなく森ばかりで人工の明かりがない。
蒼や赤、白く輝く星々が空を埋め尽くす。
隣のを伺うと、寂しそうに眉を寄せていた。
「オレが、憎いか。」
静かに、サスケは尋ねた。
「イタチを殺したのはオレだ。」
優しかった兄。
彼の苦悩を知ることなく、真意に心を馳せることなく相対した。
そして闘い、兄を倒した。
最期まで己が守られていたことなんて知らずに、兄を信じられぬまま、手にかけた。
その罪は一生サスケにつきまとう。
が自分を殺したいとしても、仕方のないことだ。
覚悟は、ある。
しかしはその紺色の瞳に、涙を湛えるだけだった。
「?」
サスケはそっとの髪に躊躇いながら触れる。
はただ涙を零すだけで、答えは返らない。
言葉になるような単純な想いではない。
それはサスケも同じで、聞いて言葉にさせようとした自分が、酷く馬鹿みたいだった。
「悪い、聞いたオレが馬鹿だった。」
サスケは片手での頭を抱き寄せ、抱える。
彼女がイタチを本当に思っていたとするなら、恋人であったのなら、一番辛いはずだ。
サスケが心から憎いのならば、サスケのように衝動的に自分を手にかけようとしただろう。
それをしなかったと言うことは、彼女の中にはサスケを憎まないまでも、葛藤があったはずだ。
その思いを自分の罪の意識のために言葉にさせようとした。
サスケは自分が嫌になる。
いつも自分のことしか考えていない。
もう少し相手のことを慮れていたなら、兄を失わずにすんだのだろうか。
はサスケに頭を抱えられたまま、ぽたぽたと涙をこぼす。
泣くことの出来ないサスケには、その涙すらうらやましかった。
「に、兄貴は優しかったか?」
「・・・・・」
やっぱり無言で、けれどは何度も頷いて見せる。
「そうか。」
サスケはの頭を軽く撫でて、良かった、と呟いた。
の瞳は相変わらず深い絶望を映したまま、頼りなく涙で揺れる。
変わらない物など何もない。
そんな小さな言葉をどこかの本で読んだが、全くその通りだ。
なのに、夜空は兄や仲間と見上げたあの日のまま、変わることなくあり続ける。
それすら憎々しいと言えば、憎しみよりも深い悲しみを抱いたままのは、笑うだろうか。
憎いと、サスケは簡単にそう思う。
兄に対しても、今生まれ育った里に対しても抱いている感情。
だが、はもしかすると憎むと言う感情すら知らないのかもしれない。
たくさんの物を知らないには、悲しむという方法以外で、イタチを悼むことが出来ないし、だからこそ立ち直
ることが出来ない。
もしそうならば、はサスケよりずっと純粋で、優しい。
白い蝶がの肩を飛び立って、ふわりとサスケの周りを舞う。
が顔を上げた。
「・・・・これは、なんなんだ?」
「・・・・」
柔らかな弧を描いて、頼りなく舞う蝶。
輝いて、鱗粉を散らす。
「綺麗だな。」
サスケは夜闇に揺れる光を、そう評する。
は目を丸くしたが、正直にそう思った。
サスケはを抱えたまま、静かに目を閉じる。
兄が死んでから、眠りが浅いのはサスケも同じだ。
しかし、この日、恐ろしい闇の中に穏やかだったイタチの瞳を見た。
傍にある優しい温もりは、サスケを深い眠りに引き込み、太陽が光るまで目覚めさせなかった。
感情
( 苦しさと 喜びをはぐくむ 色 )