大蛇丸の第八研究所は大きな火山の近くにあった。
「何これ、」
ぼこぼこと硫黄と熱が吹き出す山道に、水月は荒い息を吐く。
彼は殴られると水になる。
そのおかげで香燐に毎回殴られても大きな痛手にはならなかったが、暑さに弱いという弱点があった。
対照的には元気だった。
ここ数日、重吾の意見もあってサスケと寝食を共にするようになった彼女は、相変わらず表情は乏しいが健康状
態は戻りつつあり、体力はないが暑さにも強いのか頗る元気だ。
時間はかかったが重吾や水月にも慣れてきたらしく、少しくらいは喋るようにもなった。
「・・・・・だいじょ・・・ぶ?」
間の抜けた、のんびりとした声音は場違いだが、一応水月を慮っているらしい。
水筒を差し出した。
とはいえ、サスケの水筒である。
は物知らずで、本当に旅や忍の知識に欠けている。
仕方なくサスケはだいたいの物を二人分持ち歩くことにした。
サスケは、なんだかんだ言って自分がお人好しであることをここ数日で実感し始めた。
彼女は気をつけてみれば見るほど色々危ない。
重吾はそれに早くから気付いていたらしく、二人の見解をあわせると大体彼女の知識と経験、行動が見えた。
結果的に言えば要するに全てにおいて不足なのだ。
幼い頃の幽閉から来ているのかもしれないが、イタチがその不足を今まで補ってきたのだろう。
彼亡き今、誰かが補ってやらなくてはならない。
それは明白だった。
「あー、一体どんだけ休憩とんだよ。」
香燐も暑さに疲れているらしく、いつもの悪態にも元気がない。
手を団扇代わりにするが、あまり涼しくもならないだろう。
は相変わらず着込んだ着物姿だがけろっとしており、元気にそこら辺の虫を追いかけていた。
「第八研究所って、何でこんな火山の真ん中にあるんだ?」
サスケも暑さにため息をついて少し高い丘の上に立つ。
慰め程度に風が通るので暑さがましだ。
「火の鳥計画さ。」
「そもそも火の鳥計画ってなんなのさ。何?不死鳥でも作ろうって話?」
水月が馬鹿にしたように言う。
夢物語とでも思っているのだ。
しかし、その夢物語すらもおぞましい現実にしようとするのが大蛇丸だ。
「あたしだってよくは知らない。でも、ある一族の血継限界を再現しようとしたそうだ。」
「血継限界?」
血によって脈々と受け継がれる、遺伝性の能力のことだ。
写輪眼もその一部で、優れた忍の才能を子や孫に伝えている。
ただ必ずしも目覚める能力ではない。
「その血継限界に目覚める物はたくさんいたらしいが、ランクがあってね。滓みたいな能力を持った奴の中に一系
統だけ神の如き化け物がいたらしい。」
「で、その化け物を作ろうとしたわけだ。」
単純だねぇ、と水月は頷く。
「どんな能力だったんだい?」
「知らん。火にまつわる能力だったんじゃないのか?」
極秘扱いだった研究の内容は、香燐といえど知らない。
すると馬鹿にするように水月が笑った。
「役に立たないねぇ、」
「うるっせぇ!!」
香燐に殴り飛ばされ、頭が水になって吹っ飛ぶ。
日頃より戻るのが遅いと言うことは、やはり水月はこの暑さで応えていると言うことだろう。
はじっとその話を珍しく聞いていたが、ふらふらと歩いてくる人影を見て首を傾げた。
「人間だな。」
重吾も気付いて顔を上げる。
顔の焼けただれた女には見覚えがあった。
「・・・・あかね・・・、」
小さく呟いて急いで駆け寄る。
女はが来る前に草の上にうつぶせに崩れ落ちた。
は慌てて女をひっくり返す。
「誰だ?」
サスケが尋ねると、は「暁の構成員、」と口早に説明した。
がイタチとともにいるときに何度か顔を合わせたことがある。
基本的にはイタチ以外に興味がなかったが、彼女はどうやらの母方の炎一族の出身で、そのためを丁重に
扱うだろうと、イタチがにつけたらしい。
は暁の構成員の女達には好かれていなかったため、イタチなりの気遣いだったのだろう。
着替えや食事の手伝いに来たことがある。
彼女の両親も炎一族の滅亡の時に亡くなっており、彼女もに例えその気がなくても、最期までを宗主の血筋
、東宮として扱い、その血筋に仕えることを望んでいた。
その高い忠誠心がに近づける人間に気をつけていたイタチの心を動かしたのだ。
イタチが死んでから、彼女の行方を考えることなどなかった。
「あか、ね?」
は躊躇うように名前を呼ぶ。
何度か揺り動かすと、彼女はやっとうっすら右目を開いた。
左目は焼けただれてみれた物ではない。
炎一族の血継限界は三つに分類される。普通の炎である緋炎使い、特殊な付加性を持つ蒼炎使い、そして宗主と
なるべき一部の物が持ち、数億度の高温に達する白い炎を操る白炎使いだ。
達炎一族の白炎使いは躯が何億度もの炎に耐えられるように出来ているが、他の緋炎使い、蒼炎使いは耐えら
れない。
常人と同じ肉体しか持たないため、火に煽られれば焼けてしまう。
彼女の場合は左側が黒くなるほど焼けただれてしまっている。
火遁などではない。もの凄い熱量に一瞬で当てられたのだろう。
「ぁあ、よぅ・・・ござ、・・・ました。」
の顔を見ると、彼女は開いた右目を柔らかく細めた。
は自分の腕をクナイで切り裂こうとする。
の血はそれ自体が高濃度のチャクラの固まりだ。
治癒能力がある。
もちろん黒く炭化してしまった細胞には役に立たないかもしれないが、まだ赤く血を流している場所はふさがる
はずだ。
しかし女は目を丸くして、ふるふると首を振った。
「・・・おや、めくださ、い。」
自分が助からないとすでに理解しているのだ。
はそっと黒くなった彼女の頬を撫でる。
「・・・・・どうして・・・」
「すいま・・せ・・・。」
彼女は申し訳なさそうに謝罪する。
「守れ、なか・・・た。だか・・・ら、ご無事・・で、良・・・かった・・・」
「わたしは、宗主ではない。」
確かに東宮として、次期宗主候補者ではあったが一族は滅んでおり、宗主とは言えない。
宗主であったのはの母のみだ。
それでも、女は笑う。
彼女にとっては、は間違いなく宗主であったのだ。
例えイタチの後ろに隠れ、ほとんど見えなくとも、失った宗主だった。
「貴方・・・に、仕え・・・しあわ、せ・・・・」
女はそのまま息絶える。
は先ほどまで言葉を紡いでいた唇をぼんやりと見つめた。
ほとんどの一族の者が仕えることが出来なかった失われた宗主に、仕えることが出来たことを、彼女は誇りに思
っていた。
当の本人であるにはよくわからない。
イタチが死んでから、暁にいた炎一族の者の多くが、次の宗主へと仕えるようになったが、彼女は暁に残ったの
だ。
事切れた遺体をはぼんやりと見下ろし、青い空を見上げる。
「・・・あぁ、空、綺麗。」
誰かが死んだなら色を変えるのだろうか。
そんなことを考えながら、は肩に止まっている蝶に目を向けた。
自分たちの一族の血に忠誠を誓っていたというのなら、この方法で葬るのが一番良いだろう。
「・・・・白紅、燃やして、骨も残さずに。」
は目を伏せ、彼女の遺体に背を向ける。
サスケらが見守るなかで、彼女の遺体は一瞬で黒い灰を残し、それすら風に吹かれて消えた。
後には何も残らない。
生ぬるい風が、の頬を撫でて消えた。
空
( あの日と変わらぬ 全ての破片 )