「おったまげー。あのお姉ちゃんお嬢の友達だったんだね−。」





 水月は相変わらずふざけた調子で言う。

 サスケは誰にでも突っかかっていく恐れ知らずな彼に呆れた。

 先ほど遺体をどうやって燃やしたのかは知らないが、人間も同じように出来るだろう。


 危険性を考えないのか。


 そう思ったが、に恐れを抱くことの出来ない気持ちは何となくわかった。

 はというと水月の話に興味がないのか、犬神の上に乗ってゆらゆら揺られている。


 彼女は乗り物酔いとまで行かないが、酔うタイプらしく、気持ちが悪そうだ。

 水月の話より案外、気分が悪くてそれどころではないのかもしれない。






「休憩に、するか。」





 サスケは犬神に乗るの肩を軽く叩く。


 あまり体調が良さそうではないし、急いで進む必要もない。

 どうせあと数時間山を登ったところに第8研究所がある。

 慎重に行くためにも、体調を整えることが必要だ。

 もしかすると予想以上に彼女はあの死んだ女に思い入れがあり、精神的に疲れているかもしれない。






「お水、飲んでくる。」






 はぽつりと呟く。





 彼女にしては珍しい、はっきりとした口ぶりだ。

 サスケは驚きながら、そっと彼女の綺麗な髪を撫でる。

 近くに湖があるのは、先ほど見えたから知っている。





「大丈夫か?」




 第八研究所の者が襲ってくる可能性もある。

 彼女の実力がないとは言わないが、危険もある。

 サスケが尋ねたが、は首を振る。





「大丈夫。」





 いつもの無感情だがぼんやりした声音。

 しかし、決定的に違うことがあった。





「・・・・ありがとう。」





 柔らかく、淡く、は小さな笑みを浮かべる。


 サスケだけでなく、重吾や水月、香燐までもが呆然とする中、はそのまま頼りない足取りで湖に向かった。

 巨大な犬が後に続く。


 まぁ、あれだけ巨大な犬を連れた人間をおいそれと襲おうとは思わないだろう。





「え、笑わなかったからわかんなかったけどお嬢可愛いじゃん。サスケが夢中になるわけだ。」

「なんの話だ。」





 水月の発言をサスケは冷たくあしらう。




「サスケがそういうなら狙おっかな。」

「てめぇ、節操ねぇな。」

「そう?美人が良いってのはみんなそうだろ?なぁ重吾。」

「いや、俺は・・・・」 





 水月の軽口に重吾は戸惑う。

 サスケは彼女の様子が気になり、ぼんやりと彼女の行った方向を見つめる。


 が、笑った。


 だが、あの淡い笑みはなんだろう。

 彼女は素直な性格だ。

 悲しみに揺れる彼女が笑む理由は一体何だ。





「見てくる。」

「やっぱり気になるんじゃん。」




 水月が後ろからちゃかすが、それよりも彼女の笑みの方が気になる。

 湖はすぐそこだ。



 サスケが巨木を超えると、開けた大きな湖がある。


 夜、彼女と過ごした時よりも遙かに大きな湖は、数万年前にこの火山が噴火した折に出来たカルデラ湖だ。

 草花が揺れ、魚がたまにはねるのどかな風景。

 だが、そこに彼女はいない。


 人ひとり、いない。





「あの女!!」





 サスケは自分の迂闊さを呪った。











 











 は犬神に乗って、静かに水色に染まった瞳を開く。

 焦点のないその瞳は、世界を見通すためにある。


 血継限界・透先眼、

 が父から受け継いだ血継限界だ。

 遠くの映像、声、全てを取り込むこの千里眼は、チャクラこそ見えないが写輪眼以上に使い道のある能力で、索
敵、追尾能力に優れる。


 香燐以上の成果を得られるはずのこの力を、はイタチ以外のほとんど誰にも教えたことがなかった。

 父も早くに亡くなっているので、この能力の全てを知る人間はしかいない。

 否、もしかすると自身、正確にこの力を把握できているとは言い難い。

 それでも役立つことには変わりない。




「・・・あかね、」




 かつて、自分に仕えてくれた、死んだ女の傷を思い出す。

 火傷で、あそこまで炭化することはほとんどあり得ない。

 自然現象で火傷が炭化するまでにはかなりの燃焼時間を必要とし、もし仮に彼女が縛り付けられてあの傷を負っ
たとするならば、どうして逃げられたのかがわからない。


 ならば彼女の傷は短期間で炭化するほどの熱に冒された、と考えた方が説明がつく。

 しかし炭化する程の熱量は火遁などで得られるレベルを超している。

 そして、は異常な熱量を得られる方法を容易に知っていた。


 己の同族である。

 緋炎使いでは所詮は普通の火であるため炭化する程の温度ではないが、蒼炎使い、もしくは白炎使いであれば、
それが可能だ。

 白炎使いは宗主の血筋、の系譜にしか存在し得ない能力のため、あり得ない。

 ならば、蒼炎使いかそれに準じる者が第八研究所に存在するのだろう。

 もしくは第八研究所の研究、火の鳥計画そのものが、炎一族の者を使い、化け物並の力を持つ白炎使いを生み出
す実験であった可能性もある。

 もし、そうならば、これはの一族の問題だ。


 サスケ達を巻き込むべきことではない。


 そして、研究所で白炎使いが生み出されていたなら、それを葬るのもの仕事だ。

 現代の遺恨を次世代に残してはならない。

 それはイタチがに教えたことであり、未来を紡ぐために重要な役目だ。





「・・・・イタチ、」






 彼は自分がいなくなってから、は生きる意味を失った。

 笑ってとイタチは最期に言ったけれど、彼がいないと笑い方すら、わからなくなってしまった。

 誰も自分を必要としていない。


 いらない存在。


 その事実はの心を深く蝕み、殺していく。

 に次の時代を紡いでほしいと、自分に持ちうる物を精一杯与え続けてくれた彼の願いを、は裏切り続けてい
る。

 死にたい。でも、自らの持つ血継限界が死を許さない。

 中途半端な状態にも、大蛇丸の持つ資料が終止符を打ってくれるかもしれない。


 大蛇丸は死んだと聞いているが、彼のやっていた研究資料は残っているはずだ。

 死ぬ方法も、見つかるかもしれない。

 作るよりも壊す方が、ずっと簡単なのだ。



 サスケはおそらく、が死のうとすれば止めるだろう。

 彼の優しい手を思い出すと、少し悲しくなる。 

 炎一族の争いに首を突っ込まれると危険だというのもあるが、自分の願う死を、彼に止めてもらっても困るため
サスケ達から離れた。



 怒っているかもしれない。



 サスケは無表情に見えて案外ストレートなので、もう一度会うことがあったら殴られるかもしれない。

 そういえばイタチにも殴られたことがあったと、小さな笑みを零す。

 またあうことが出来たら、きっと酷く怒られるだろう。

 口をきいてくれないかもしれない。

 それでも、自分を必要としてくれる人が傍にいるなら、例え話してくれなくても、無視されたって良い。





「・・・ごめんなさい。」





 誰に向けるでもなく、無意識にはそう呟いていた。

 は透先眼で自分の位置と敵の位置を確認しながら、犬神で一直線に進んでいく。

 柔らかに飛ぶ蝶はに従い、ひらひらと舞う。





「白紅、行こうか、」






 力でしか相手を思い通りにできないことは、なんて悲しいのだろう。

 眉を寄せ、絶対的な力を誇る少女は自分を責めた。












悲しみよ こんにちは
( 身近にありすぎて 気付かなかったんだ )