は戦わなくて良い。』




 イタチは、に何度もそう言った。

 力を戦うために使わなくても良いと。





 よく考えれば、おかしな話だ。

 イタチは抜け忍で、の力を使えばいつでも簡単に追っ手から逃げられただろうし、傷つかなくてもすんだと思
う。

 なのに、イタチはが力を使うことをいやがった。

 他の里が、大蛇丸が求めてやまなかった力。

 イタチは一片たりとも求めなかった。



 そのかわり、に女であることを求めた。

 強く、強く。

 の人格と、心を求めた。

 それはにとって救いであり、唯一の光で、が知った愛情だった。


 イタチは死んだ今でもきっと、が力を使うことを望んでいないだろう。

 だからこそ、彼は力を使わなくてもが生きていける道を残したし、その道をおとなしく歩んでくれることを願
っていた。


 だが、その反面、それが叶わぬ願いであることを知っていただろう。




 イタチがいない。



 たったそれだけのことがに与える絶望の大きさも知っていた。

 絶対的な依存を知りながら、イタチはを求めることをやめられなかった。

 もイタチに依存することをやめられなかった。




 イタチに全てを背負わせるのはあまりに重いと知りながら、依存することをやめられなかった。

 深い絶望は、死を許されないのはその罰だろうか。





 は青い空を見上げる。

 霧で霞みながらも美しい空は、を見下ろす。

 高い空の上に天国があるというのなら、イタチは自分を見ているのだろうか。


 だったら、かなり怒っているだろうと思う。

 逆に悲しんでいるかもしれない。






「うぅ・・・」






 男がうめき声を上げる。

 はそれを静かに見下ろした。



 男を捕えるのは簡単だった。

 彼は蒼炎使いで、は白炎使いだ。

 宗主の証でもある白い炎は蒼炎使いの何十倍もの高温であり、あっさりと彼らのチャクラを焼き尽くすことが出
来る。

 同じ炎一族とはいえ、宗家の白炎使いは別種だとされる。


 この力で、長年宗主は炎一族の頂点に立ってきた。




 彼の両足には、小指ほどの小さな穴が空いていて、止めどなく血が溢れている。

 男は今や、這いつくばるだけで立ち上がることは出来ない。

 逃げられないように、彼の足を打ち抜いたのはだ。


 一番有益な方法ではあるが、は僅かながら自分に驚きを感じていた。

 今までのであれば、絶対出来なかったこと。

 今は淡々と出来る。



 自分の心は、死んでしまったのだろうか。

 は己の所行に我ながら驚愕していた。



 の足下には、男だけではなく、たくさんの忍が倒れている。



 炎一族の生き残りの一部が大蛇丸の研究に参加していた。

 それも積極的に。


 透先眼ですべての忍の行動を把握すれば、自然とそれがわかった。

 どうやら無理矢理参加させられたのではない。



 自ら志願したようだ。



 炎一族の生き残りのほとんどは、現在新たな白炎使いの正当な統治者を得た商業都市不知火で暮らしている。

 イタチがここ数年で治水や様々な公共設備を整えたその街は、現在では交通の要衝であり、豊かな土地を持つこ
とから農業も盛んだ。

 元々炎一族宗主が滑る旧来の領地であり多くの末裔は、そこに暮らす。


 しかし、中には不知火への移住を許されない者もいた。

 かつて、炎一族が滅んだ折に、宗主を見捨てた裏切り者だ。 

 彼らは当然ながら、豊かな不知火に入ることを許されなかった。




 だから、彼らは夢を抱いた。

 白炎使いは宗家の直系に、それも一代にひとり、ないしは二人しか生まれない。

 宗主の候補者である白炎使いを作り出し、自分たちがたくさんの一族の者を支配する。


 一族に君臨する白炎使いという、権力を持つが孤独な化け物を作る、許されない夢を抱いた。

 そして、力を求める大蛇丸と利害が一致した。


 成功したのか、失敗したのかは知らないが、には、その夢を潰す義務がある。





「さぁて、吐いていただきましょうね。」





 は薄笑いを浮かべたまま、男の前に膝をつく。



 男は蒼炎使いだったが、他は緋炎使いだった。

 緋炎使いは炎一族では誰でも持つ、最も多い能力だが、蒼炎使いは宗家に近しい者しか持っていないと聞いてい
る。

 能力的にも蒼炎使いの方が優れているので、彼は少なくとも研究所で高い地位にいるだろう。

 彼だけを意識のあるまま残したのは、そのためだ。


 後の者は死んではないまでも、意識はない。





「ね、教えて。」





 無邪気に問う。


 男はこれ以上ないほど瞳を見開き、怯えを見せた。





「申し訳、ございませ・・・」





 先ほど戦ったときにの能力を見ている男は、目の前にいる正当後継者が信じられないらしく、ただひたすら謝
る。

 でも、はそんな言葉が聞きたいのではない。





「ねぇ、教えてほしいの。研究はどこまで出来たの?貴方の主人はだあれ?」

「われらは・・しりま・・・」

「知らないはずないよね。だって貴方にわたしを侵入者を殺せと言った人がいるよね?」





 小首を傾げて尋ねると、彼はますます怯えた顔でを見上げた。

 昔のなら哀れみを覚えただろうが、心は平静を保ったままで、何も感じない。



 あれ、とは思う。



 自分はどうしてしまったんだろう。

 冷たく男を責めながら、は考える。 


 こんなに酷いことをしているのに、どうして心はなにも言わないのだろう。





「話してくれないの?」





 は男に穏やかに尋ねる。 

 男は無言だ。





「なら、次は手を打ち抜こうか。」





 名案を思いついた子どものように、声が弾む。





「手とか足とか胴体から離れてたら、死なないんだよね。」





 その楽しげな声音は、男に絶望を与えるに十分だった。

 相変わらず、心は平静を保ったまま。

 は肩にいた蝶を指先に乗せる。


 白く輝く蝶は男の近くにいた蒼色の炎の蜂を蹴散らし、丸く白い球体を作り出す。





「始めようか、」





 ぼやけた声音で、は蝶に命じた。









不感症
( なにも かんじないの )