は大蛇丸の第八研究所の門を見上げる。

 白い蝶がふわりとの肩を離れ、青い空に向けて飛ぶ。







「岩。」







 物を知らぬには、そうとしか形容しようがない。

 第八研究所は岩と岩の間に木をわたし、作られていた。

 門は巨大だが、その向こうに大きな建物が見える。


 大蛇丸の趣味なのか、岩には蛇がたくさん掘られ、不気味な蛇の目がを迎えた。

 大蛇丸とは数度しか会ったことはないが、ろくな思い出がない上、初対面も最悪だった。



 不快だ。

 ははっきりとそう思う。



 蝶が岩の上にとまり、蛇の頭をその熱で溶かしていく。



 研究に協力した蒼炎使いの男に拷問まがいのことをしようとしただったが、男は手を打ち抜くとの本気を見
て取ったのか、ぺらぺらと研究内容を話し出した。

 どうやら、研究所では蒼炎使いを白炎使いに変える実験を行い、一応の成功を見たようだ。

 研究所を守り、暁に対抗しているのは、研究に成功した白炎使いの実験体だという。




 大蛇丸が死んだという噂は聞いている。

 大蛇丸であれば表だって暁に対抗し、暁に身を置くに見つかれば危ないと考えたかもしれないが、おそらく、
彼らはの存在を知らないのだろう。


 化け物の自分を、わざわざ敵に回すようなまねはしないはずだ。







「おまえ、ここは炎の宗家のお住まいだぞ、何をやっている。」








 門番とおぼしき男が、突然現れたの肩に手を置く。






「おとなしく帰れ、ここはおまえのような者のいて良い場所じゃない。」






 緋炎を従えた男は、に言う。

 おまえのような者がいて良い場所じゃない。


 はふっと笑って、男を見上げた。


 それなら、のいて良い場所はどこなのだ。

 彼の言葉が妙におかしく思える。


 どこにもない。


 の居場所など、望んでくれる人など、この世界のどこにもない。






「帰る場所は、ないんだよ。」








 だから進むしかない。


 その先に死があったとしても、はそれを心から望む。

 白く輝き、鱗粉を放っていた蝶が、二つに分かれた。

 それがまた二つに分かれ、次々に数を増やす。



 白い蝶の群れに、門番の男は慌てて剣を構えたが、あまりの数にじりじりと後ろへ下がる。






「また、にげるの?」






 は柔らかに問うた。

 


































 山頂付近は完全に黒色に焼けていた。

 木が一本もなく、ただ灰色の荒野が広がる。






「なんだこれは。」






 先ほどの男の子が誰であったかは知らないが、彼は山頂付近の景色は綺麗だと言っていた。

 だが、どう見てもこの荒野を美しいとは思えない。

 まだ煙の燻る荒野には、倒れている屍がたくさんあった。






「あれ、生きてるかも。」






 水月が屍と思われた人間を軽く蹴ると、動いた。


 死んではいないらしい。

 前に自殺した、サスケ達を襲ってきた奴らと同じ格好をしていると言うことは、大蛇丸の第八研究所の研究員だ
ろう。






「あ、こっちも生きてんぞー。」






 少し離れたところで、遺体とおぼしき人を見ていた香燐が手を振る。

 死屍累々かと思ったが、酷い怪我はしているが、皆生きているらしい。


 結界から出てを追っていたが、結界のせいでとんだ時間を食った。

 彼女は山頂ではなく、山の裏側の研究所にいち早く行ってしまったようだ。

 彼女の移動手段はあの巨大な口寄せの忍犬だ。




 サスケ達より遙かに早い。


 それも、香燐の話では彼女はサスケ達とは違い、一直線に研究員の駐屯地に向かい、今また迷うことなく第八研
究所に向かっている。

 サスケ達も研究所に一直線に行けば良かったのだが、はチャクラを分散させて香燐の能力を惑わせたし、彼女は駐屯
地の研究員を襲うために回り道をしたためそれを追ってここまで来てしまった。


 チャクラを関知する香燐と似た能力か、もしくは千里眼に近い能力か。

 少なくとも自分と相手の位置をきちんと把握できる能力を保持している可能性が高い。


 そして、思った以上に彼女は基礎能力も高いらしい。






「全員殺さずいなしてあるな。」






 倒れる研究員達を見て、重吾も感心した様子で頷く。




 衝撃波か何かで地面にたたきつけられた者が多く、一部は足を打ち抜かれていた。

 最初にここに来たときに出会った研究員を打ち抜いたビームのようなものだろう。

 チャクラを高密度に圧縮し、膨張しようとする力を一方向に打ち出すのあの攻撃は、かなりやばい。



 おそらく多少のガードは軽く打ち抜く。

 神経の多い足の上ではなく、下の方を器用に狙っていることから破壊を得意とする炎の性質と、独特の形態を維
持するビームは、威力だけでなく狙いも正確だということがわかる。






「こっちの奴だけ、手にも穴空いてるぞ。」






 香燐は訝しげに男を見下ろす。


 中年くらいの男で、蒼色の蜂がゆらゆらと今にも消えそうに揺らいでいる。

 手に穴を開ける必要は、ない。

 今までの研究所の奴らの倒し方は、必要最小限で戦闘不能にしている。

 にはわざわざ人間をいたぶる悪趣味はないということだ。



 なのに、この男だけは意味もなく手にまで穴を開けている。

 必要性があったと言うことだろう。

 香燐が少し強めに男を蹴ると、男はぼんやりとした蒼色の瞳を香燐に向けた。





「おい、おまえ。紺色の髪の女に何か話さなかったか。」






 サスケは気のない様子で、男の近くの飛びでた岩に腰を下ろす。

 紺色の髪の女という単語にあからさまに恐怖を見せた男は、黙り込む。






「ねぇ、手でもぶった切ったら喋るんじゃない?」






 の行動もそうだが、回り道を食らわされたせいもあって、水月は苛々している。 

 遠慮や哀れみもなく、大刀を持ち上げる。


 苛々しているのはサスケも同じだ。


 重吾が躊躇いを見せたが、サスケも止めない。

 この態度だとに何らかの情報を話したのだろう。

 それにこれから第八研究所に行くから研究内容を知っているならば聞いておきたい。



 サスケの目が潔くやってしまえと言っている。


 男は逃げようと視線をさまよわせたが、手足を打ち抜かれているため動けない。

 それでも無様に逃げようとあがく姿は、醜い。






に何を話したか、喋らないなら殺しておくか。」

「あ、いいね。サスケ。」






 水月もあっさり同意する。


 水月にとっては殺しの方がよほど楽しいらしい。

 すると、男は高笑いをした。






「どうせおまえらが行く頃にはあの女は死んでるさ。」

「は?どういうこと?」

「その次は不知火の宗主だ。」






 そして我らが主が宗主になる。

 男の言葉に、サスケは立ち上がる。






「どういうことだ?研究所で作られたのは、のなんだ。おまえ達は・・・」

「我らを許さぬ宗主など必要ないと言うことだ。」

は己は宗主ではないと言った。」






 死んだ女に、は自分は宗主ではないと言った。

 なのに彼女を知る誰もが宗主だとそう言う。






「彼女は、誰だ。」

「東宮、哀れな宗主のなり損ないさ」






 嘲るように、男は笑った。


 東宮とは、異国においての次期後継者の称号だ。



 は、炎一族の宗家の血筋に連なる者だったのだろう。

 もしかすると、将来的には宗主となるはずだった子ども。

 しかし、一族が滅んだことによってその地位を追われ、力故に木の葉に幽閉された。






「・・・・と、いうことは研究で作ろうとしていた、作った化け物は、か。」







 がどういう力を持っているのかは知らないが、それならばがサスケ達に研究所に近づいてほしくない理由も
一人で闘いに挑もうとする理由もわかる。



 新たに現れた不知火の宗主も、もかつての裏切り者を許さない。

 だから裏切り者達は正当な血筋を重んじず、自分の思い通りになる宗主がほしかったのだ。

 そして、それを作り出して、邪魔になる正当な血筋を絶やそうとしている。


 もイタチがいた頃は手出しできなかったが、イタチがいなくなれば話は別だ。

 暁にはが炎一族であることを知る人間が何人もいるのだろう。

 マダラもその一部で、第八研究所の裏切り者は己の一族のことを暁は自身に片付けさせようとすると予想した
のだ。



 すべてはを誘い出し、殺すため。






「自分の主を裏切って一族を滅びに誘ったくせに、新たに現れた宗主が思い通りにならないと開き直って大蛇丸と
宗主を作って、今度は元の宗主はいらないってか。さいってー。」






 日頃はを目の敵にしていた香燐も、流石に呆れる。 






「お嬢ってろくな一族を持たないね。急いだ方が良さそうだ。」







 珍しく肩をすくめて水月も香燐の意見に同意して、のいるであろう第八研究所の方向を見る。

 そうだな、とサスケも短く答えたが、ふと男を見下ろす。






「どうする?サスケ。」






 少し楽しそうに、水月が尋ねる。

 男は先ほどの得意げな顔を忘れ、その表情に怯えをにじませる。

 こんなくずにかける温情など、サスケにはありはしない。






「好きにしろ。」







 サスケは背を向けたまま、男の方を二度と振り返らなかった。

 





君を蝕む世界よ
( こうして君は絶望したのか )