母が、優しい人だったのはよく覚えている。
『私の可愛い宮、』
柔らかな体が自分を包んでくれる。
守られている、
そう思って良い香りのする母の着物に頬を押しつけた。
昔はなんの香りだかわからなかったが、外に出て、イタチがの着物に香を焚いたときにわかった。
白檀。
黄色がかった白色のその木は、母と同じ香りがした。
『ははうえさま、』
呼ぶと、彼女は嬉しそうに笑う。
彼女とともにいることが出来たのは、一族が滅びるまで。
が三歳になる前に一族は滅んだので、本当に慰め程度の記憶と、温もりしか覚えていない。
後から母の知人であったサソリに聞いたところによると、三百人規模の大きな一族で、火の国の外れでひっそり
暮らしていたのだという。
どうしてそんな一族が他里に攻められ、滅ぼされたのか。
滅んだ理由は、何度尋ねてもサソリは教えてくれなかった。
に、関係があったのかもしれない。
当時は忍界大戦まっただ中で、難しい情勢もあったのだろう。
その頃、らと似たような形式で存在していたいくつかの一族が、そうして滅ぼされたという。
今考えれば、一族を見捨てれば母一人なら生き残れたと思う。
も同じだ。
恐ろしいほどの力がある。
しかし、母は一族を守り、死した
守るべき人のために、他人のために最期まで戦って死んだ。
父もそうだ。
それはのためだったかもしれないし、他者のためだったかもしれない。
『かわいそうに、白炎使いなどに生まれてしまって。』
ごめんなさいね、と母が謝る。
幼いにはその意味がわからなかったが、今ならわかる。
白い炎は絶対的な力の印であり、それを持っていることが、宗主候補者の証でもあった。
母はおそらく、娘が自分と同じ宗主という立場になり、一族中から敬われ、孤独になることを、望んでいなかっ
たのだろう。
でも、は白炎使いとして生まれてきて、次期宗主である東宮となった。
幼いの力は、母以上の物だった。
一際チャクラが多い子どもを見て、一族の長老は一族の苦難を予測したという。
チャクラは苦難を乗り越えるための力だと。
母は、娘に穏やかさを望んでいた。
そしてその反対の運命が、を待っていた。
力故に、は幽閉された。
『愛しい子、』
柔らかに微笑む母。
もしも一族が分裂していなければ、
もしも裏切り者がいなければ。
母は死ななくてすんだかもしれない。
そう思うと、母の代わりに裏切り者達が生きているようで、酷く悲しい気持ちになる。
殺したいとは思わない。
ただ深い悲しみが胸を締め付ける。
それはイタチを思うときと同じ感情だ。
は静かに目を閉じ、心を入れ替える。
大蛇丸が作った第八研究所。
は岩肌を犬神とともに登っていく。
門番達は適当に這いつくばらせておいた。
殺してはいないが、動いて戦えるような傷ではない。
岩と岩に木を通して作られた研究所は、独特の風情と不気味さがあった。
岩から飛んで研究所の中に入る。
岩ばかりで光を取り込む窓がないせいか、中は薄暗く、湿った空気が通っていく。
嫌な感じだ。
昔を思い出す。
イタチに出会う前、は里の外れにある屋敷に閉じ込められていた。
元は父方の一族の屋敷だったと言うが、近親婚のために数を減らしていたその一族は、父の代には父の両親だけ
になっていたし、父の両親すら兄妹であった。
そのため、木々の間にある管理の行き届かない屋敷はかび臭く、今考えればしみったれた空気がいつでも漂って
いた。
は人生の半分以上を、そこに幽閉されて育った。
危険な力を持つという理由だけで閉じ込められ、名を呼ばれることもなく過ごした時間は、の中に今でも忌ま
わしい過去として消えることなく残っている。
生ぬるい、水気を含んだ空気が、それを思い出させる。
イタチがいなければ、はあの何もない場所で何も知らないまま、死んでいただろう。
「いらっしゃい、待っていたよ。」
現れたのは、男だった。
薄笑いを浮かべた背の高い黒髪の男で、蒼色の瞳がこちらを見ている。
そう言えば、母も蒼色の瞳だった。
炎一族は黒髪と銀髪、そして蒼い瞳が多い。
は父似なので、外見としてはまったく炎一族の形質を受け継いではいないが、その能力だけは誰よりも受け継
いでしまった。
男は二十代くらいで、体中に包帯を巻いている。
「貴方が、・・・実験体?」
「成功作、だよ。」
尋ねると、誇らしげに彼はすっと柱の方を指さす。
そこには白く輝くカラスが止まっていた。
が知る白炎使いは、死んだ人間、自分を含めて四人だけだ。
母、母の兄、自分、そして不知火の宗主。
基本的に一系統にしか受け継がれないその能力を持つ者が他にいることはあり得ない。
ならば、やはり研究が成功したと考えるべきだろう。
忌まわしい能力をわざわざ手に入れたい人間がいるのは、非常に奇妙だ。
は苦笑する。
「ふぅん。で、ひとりじゃないんだね。成功作は。」
後ろに一人、隣の部屋に一人。
実験体と言うだけあって、何人も成功作がいるようだ。
いずれもよく似た面立ちと雰囲気を持つ男だ。
困ったなとはひとり毒づく。
どの程度自分に近いのかは知らないが、は多人数を相手にした経験はない。
には実戦経験がほとんどない。
イタチや鬼鮫相手の模擬戦は腐るほどしているが、殺すつもりでやっているとはいえ、ふたりともを傷つけて
は困るので瞬間手を抜く。
仕方ないとはいえ、厳しい状況だ。
白炎使いを3人、それも初めての実戦で、
急速に、は不安になった。
透先眼で予め人数を把握できただけでも、ましかもしれない。
は勝手に自分を慰めて、15匹に別れている蝶を呼び寄せる。
実を言うと、白炎の媒介となるこの蝶をこれほどの数に分裂させたのも初めてだ。
今のところ暴走もさせず上手に操れているが、これがいつまで続くかはわからない。
本当に結界を張ってサスケ達をおいてきて良かったと思う。
暴走すれば完全に巻き添えだ。
でも、その心配はない。
「一応、お名前を聞いておこうか。」
は男の顔を見る。
「碧聖。」
「へきせい、そうか。蒼炎使いだったの。」
ならば、宗家に近しい血筋の人間だったのだろう。
名前に炎の色を入れることの多い炎一族だ。
「出し惜しみしても仕方がないよね。」
は蝶の一匹を手に取り、微笑む。
碧聖が目を見張ってを見る。
白い蝶が輝きを増して、分裂した。
大切な物を亡くした日
( たいせつなものがあった なくした日々があった )