サスケは森を駆けながら、深いため息をつく。

 さっきからため息ばかりついている気がする。


 紺色の髪の少女が、眼裏に浮かぶ。

 笑わない、無表情な子。

 イタチはどうやってあの子を、笑わせたのだろう。



 ずっと前に、川辺で見た笑顔を思い出す。



 楽しそうに、無邪気に笑っていたの笑顔を奪ったのは、イタチを殺した自分だ。

 抱いた淡い恋心は、彼女の無表情と罪の意識に飲み込まれた。



 それでも、サスケはを想ってる。

 もちろん自分を想ってもらえるなんて思っていない。



 ただ、イタチを想う彼女に寄り添ってやること位は出来る。



 力を手に入れた自分は、イタチが守っていたあの子を守ってやることは出来る。 

 それでは、足りないのだろうか。

 寄り添っても、守っても、それは彼女の救いにはなり得ないのだろうか。



 答えは、出ない。




 香燐はチャクラの位置を確認しながら、苦虫をかみつぶしたような顔をする。






「始まったな。」 






 白い光が上がり、一直線に空へと登る。

 それは雲をはらし、霧を巻き上げていく。


 霧が邪魔だと考えたのだろう。

 もしかすると遮蔽物もすべて燃やしているかもしれない。

 完全な力業だ。






「大胆だね。」






 水月が目の上に手をかざして光を伺う。

 まだの姿は見えないが、もうすぐ視認できる程度に来るだろう。






「でかいな・・・・こりゃ日頃はチャクラを抑制する何かをつけていたかもしれない。」






 香燐はふるりと体を震わせる。


 のチャクラは遙かに常より膨れあがっている。

 重吾の肩に止まった鳥が、重吾に頬をすり寄せる。

 怯えているのだ。






「敵は三人、否、四人か?」

「多勢だな。」

も問題なく戦っているが、むしろ敵はどうやって勝つ気なんだ?」






 の一族であるなら、宗主がどういう能力を持っているかもある程度知っているだろう。

 はチャクラが強すぎて傷すら再生してしまう。


 その力は圧倒的だ。

 敵はいったいのチャクラをどうやって抑える気なのだろう。

 サスケは高い木の上に登り、あたりを見下ろす。


 多少遠いが、の姿が視認できる。


 崖を背に、は荒野に立っている。

 分裂した白い蝶が鱗粉を降らせ、あたりを焼き尽くす。





「なんだあれは。」





 サスケ達は呆然との扱う能力を見つめた。

 蝶の鱗粉の中心にいるは、地面が炎に焼かれても平気そうに立っている。


 雪のように降り注ぐ鱗粉が、すべてを壊し、灰に変えていく。

 美しいが地獄絵図のような灼熱の熱風に、水月は眉を寄せた。




「まじで、化け物じゃん。」






 木々が一瞬で灰となり、岩が溶けていく。

 水月がサスケの隣に並んでを見下ろす。






「違う。は負ける。」





 サスケは短くそう言って、木から飛び降りた。 

 






















 

 始まりの合図はあまりに大きかった。

 空に一直線に光が登り、雲があっという間に晴れ、熱風が吹く。



 第八研究所だという場所は一瞬にして外観を吹き飛ばされ、鉄骨のみが残った。

 白い蝶が数多に分かれて鱗粉をまき散らす。

 輝く雪のようなその光は、触れた途端あたりを灰にした。



 碧聖と他三人の実験体達は、初めて宗主の血筋の力を目の当たりにしたが、怯むことなく鱗粉を自分たちの白炎
で打ち消していく。

 しかし状況は確実にに有利だった。

 彼らの炎との炎は同じ色合いではあるが、勢いが違う。


 チャクラの量の差だ。


 雪のように舞う光は、次々と全てを灰にしていく。

 はその炎を手に取った。






 ――――――本当に、雪みたいだな。





 イタチが、の力を見てそう笑った。

 冷たくはないけれど、雪みたいに綺麗だと、


 雪花宮というおまえの名前に相応しい


 いつも雪を見るたびに言うイタチが嬉しくて、恥ずかしくて、きちんとありがとうとは一度も言えなかった。

 だから、サスケにはきちんとありがとうを言った。


 滅びしかもたらさないの蝶を綺麗だと笑ってくれた。


 そっとはその炎を手の中に握りしめる。


 熱さは感じない。

 代わりに焼けるような胸の痛みがを支配する。







「イタチ、」 









 声に出せば、胸の痛みが増す。

 鱗粉が、碧聖の攻撃をすべていなす。


 手裏剣がどろりと溶けるのをぼんやりと見ながら、心配の意味がなかったと思った。

 どうせ蝶の鱗粉を超えてくるような攻撃はない。

 崖の下の川の音を聞きながら、はぼんやりと考えていると、鱗粉が大きくはじけた。






「えっ、」






 は目を丸くして、熱風に目をつぶる。

 熱い霧のように湿った空気が吹き荒れ、視界を塞ぐ。






「水遁!?」






 鱗粉に水遁をぶつけたのだ。

 熱で火傷を負うことはないが視界が奪われ、白い水蒸気が舞う。


 は熱風のあまりの勢いに、後ろは崖で危ないことを知りながら後ろに下がる。

 水遁は一つではなかったようで、次々に白い爆発が襲う。

 蝶を広範囲に広げていたことが仇になった。





「白紅、はらって、」





 水蒸気を熱量で押し返そうと、蝶に呼びかける。


 蝶が鱗粉を巻けば、独特の気流を描いて水蒸気が消えていく。

 視界が晴れれば、敵の姿も視認できるはずだ。


 しかし、何かが空を切る。






「後ろだ!!」






 低い声が、に警告する。






「サスケ?」






 声に、は不思議そうに声のした方向を伺う。

 それが、決定的な隙になった。


 背中から酷い衝撃を受ける。

 崖だった場所だ。

 咄嗟には体を反転させ、人影に思いっきり蹴りを入れる。


 人影は吹っ飛んだが、次の瞬間、体から力が抜けた。

 膝に力が入らず、そのまま座り込んでしまう。


 水蒸気が消え、全ての蝶が消えていく。

 最期に、いつもに寄り添っていたの力の媒介そのものである蝶が白紅が、喘ぐように揺らいで消えた。






「な、に?」






 後ろが崖であるため、人がいるはずないと油断していたのは事実だ。

 体に力が入らず、動かない。

 白紅も、消えてしまった。



 は混乱する頭で、水蒸気の消えゆく荒野を見つめる。

 遠く、サスケ達が走ってくるのが見えた。

 しかし、もう間に合わない。






「本当に、手間がかかったね。」






 包帯で顔の半分が覆われた碧聖が薄笑いを浮かべ、を見下ろす。

 力の入らない手足を見ていると、何かの術式がいつの間にか書かれていた。


 おそらく、背中にぶつけられた物が術式の入った玉か何かだったのだろう。

 チャクラを封じる術式だろう。




 こういう方法もあるのかとは感心する。



 筋力、脚力がないの体をはほとんどをチャクラで動かしている。

 チャクラがなければ、は普通の少女どころか、動くこともままならない。

 は、ぼんやりと彼を見上げた。

 銀色の刀が、に向けられる。






「終わりだ。」






 碧聖が冷たく告げる。



 それに、はどこかで安堵した。

 もう疲れた。




 は静かに紺色の瞳を伏せる。






!」






 サスケが叫んでいる。

 そんな必死の形相をしなくても良いのに。






 碧聖が刃を振り上げる、


 彼の後ろに写る空が綺麗だ。

 蒼くて、青くて、碧くて、

 の視線は空に向けられる。





 ―――――――絶対守る、






 遠い日の守られなかったイタチとの約束が、耳に響く。

 やっと終わる。

 が覚悟を決めたその時、体ががくりと揺れた。






「なんだ!?」






 碧聖がの傍から飛び退き、後ろへと下がる。


 岩が、度重なる熱と水蒸気に耐えきれず、崩れ落ちたのだ。

 の周りの岩にも罅が入る。

 逃げなくては、そのまま崖下に落ちてしまう。






「何やってる!!」






 サスケが怒鳴っている。

 けれど、の足は動かず、そのまま岩と共に宙に投げ出される。

 チャクラが使えない今、は何も出来ないし、もうする気もない。


 この崖から転落すれば、流石に死ぬだろう。

 は泳げないから、崖下まで助かっていてもどのみち待っているのは死だ。

 流れに身を任せるように、静かに目を閉じた。






「サスケ!?」






 慌てた水月の声が響くが、は目を開けようとは思わなかった。


 もう良い。


 瞼の裏にイタチを思い描く。



 酷く怒った顔で、こちらを見ている。

 はこの世界のどこにもいない愛しい人に、笑った。








空は 変わらず青いのに
( ひとりを だれよりもきらっていたと言うのに )