「おや。危ない。」






 どこか間の抜けた高い声で呟く。

 フードを被っているため、正直性別は全く分からなかったが、どうやらその声から女だと窺える。背はそこそこの高さで、くすんだ茶色の髪がフードから覗いていた。






「貴重なお人形まで殺してしまうところだった。」





 どうやらを捕らえに来た忍らしく、少し安堵の吐息を漏らす。が頭を伏せなければターゲットのごと死んでいるところだった。





「おまえ、どこの忍だ。」





 サスケはぎろりとフードの女を睨んで刀を構える。





「…おっと、これはやばい…。」





 サスケを見ると、女は少し驚いたらしく、フードが揺れる。ナルトとサスケの顔を交互に見ると、の確保は難しいと考えたのだろう。ふむ、と一つ頷いた。

 サクラが慌ててを抱き上げ、その前にナルト、サスケが立つ。

 は足を悪くしていて走ることは愚か歩くことも出来ない。自分でにげることができないのだから、絶対に足となる人間は必要だった。





「言わないなら、捕らえて吐かすまでだ。」





 サスケは瞬身を使って女の背後をとって刀を突きつける。だがまったく焦った様子もなく、女は軽やかに笑う。





「どうやらそのお人形にはうちはをたらし込む才能があるらしいわ。」





 その言いぐさに、サスケはますます眉間の皺を深くした。

 どうやら彼女はうちはイタチとの関係を知っているらしい。もちろん暁の一部の人間や五影などは知っているが、表向きにはサスケの恋人だと言うだけだ。とイタチの関係をべらべら話されるのは大きなマイナスになる。

 今サスケが背負う新しいうちは一族にとっても、にとっても。





「無駄口はほどほどにしろ。殺すぞ。」

「それは困るが、…さて、どうするか。」






 女は刀にまるで気づかないかのように顎に手を当てて見せてから、フードの下からに目線を向けた。






「人の話を聞いているのか?」






 サスケが軽く女の腕に向けて刀を振るった。だが、確かに女を捕らえたはずなのに、全く手応えが無い。サスケが目を見張って飛び退いた次の瞬間、ナルトが動いた。





「螺旋丸!!」






 女にその手の球体を思い切りぶつける。

 女の体がふわりと羽根のように軽く舞う。その異様な飛ばされ方は明らかに人体とは思えないほど軽いもので、まるで羽のように吹き飛ばされる。だが風に煽られてか、女のフードがめくれると、は呆然とした表情で青ざめた。





「あな、た…」





 は真っ青な顔で、女を見つめる。声は完全に震えていて、変な空気が漏れる。





?」





 近くにいたサクラがの顔をのぞき込んだが、彼女の目はサクラに向けられることはなかった。





「う、うそ。だって、貴方、イタチに、え、だって…」






 はふるりと首を振る。

 そこにいたのは容姿の美しいくすんだ茶色の髪の女性だった。綺麗な面立ちに、鮮やかな色合いを映す漆黒の瞳。どこか強い目元は、も知っていた。





「ご機嫌よう。」

「…そん、な。」






 はその女性から遠ざかりたいとでも言うように、身を捩るが、サクラに抱えられている上足が動かないためどうしようも出来ない。ただカタカタと震えが己の声から伝わったように体が大きく震え出す。それをは止めることも出来なかった。







?」






 ただならぬ様子にサスケが訝しんで、女を見つめる。




「本当は、貴方を殺したいのだけれど、生きて苦しんでくれないと意味がないから。」





 女は螺旋丸などまるでなかったように平気そうに立ち上がって、に微笑んでみせる。





「覚えてる?」





 女が楽しそうにころころと口元を袖で隠して笑う。その高い笑い声が妙に響き渡る。は、自分の震える手で、耳を押さえた。





「覚えていてくれて、嬉しいわ。わたしも貴方のことを忘れたことはないから。」

「…や、やめて…」






 女は笑うのをやめて、を睥睨するように見据える。





「わ、」





 はぼろぼろとその大きな瞳から涙をこぼして女を呆然とした面持ちで見ている。





「…無駄口につきあっている暇はない。」






 のただならぬ様子が気になったが、はサクラが守ってくれるだろう。サスケは千鳥千本で女を全方位から攻撃する。避ける隙間もない攻撃だ。すべてが彼女の体へと突き刺さった。だが、女は相変わらず立って、笑っている。





「無理だって。」





 そう言って、女は軽く跳躍してサスケへと間合いを詰める。






「くっ、」






 サスケは女が繰り出した蹴りを上へと飛ぶことで避け、近くの木の幹につかまった。女はそのまま後ろに下がり、少したちから距離をとった。





「ナルト!そいつを捕まえて吐かせるぞ。」

「おっしゃ任せとけ!!」





 サスケに呼応してナルトは印を結び、彼女を捕らえるべく影分身をする。





「だめ!サスケ君!」





 を抱えていたサクラが叫んだ。

 距離をとった一瞬の隙だった。女の影分身が木陰から雷遁の印を結び、巨大な雷がとサクラに襲いかかる。サクラとて自分一人なら避けられただろうが、を抱えてとなれば動きは大幅に遅れる。サクラはぎりぎりのところで飛んだが、明らかに遅れていた。





!!」






 サスケの叫びをかき消すように、轟音があたりに響き渡った。

 ナルトとサスケは慌てての傍に戻ろうとしたが、女が立ちはだかるため、動きがとれない。しかも女は攻撃しても全く動じないのだ。

 前に戦ったトビと同じで、焦る心がなおさら判断力を鈍らせる。





「サクラちゃん!?」






 ナルトは砂埃が立ちこめる場所に向かって、叫ぶ。





「くっ、」

「サクラ、大丈夫?」





 何とか避けたサクラはを抱えたまま、木を背にして隠れていた。怪我を負ったのか、声は苦しげで、がサクラを気遣う声が聞こえて、サスケは舌打ちをした。

 サスケとナルトの二人ともがの側を離れたのは大きな間違えだったのだ。戦えない、一人で動けない要人の護衛は、当然誰も経験をしたことがなかった。





「次は、外さないわ。」





 女が楽しそうに笑って、もう一度雷遁の印を結ぶ。先ほどの威力を考えれば、サクラたちが隠れている木など、簡単に吹っ飛ぶだろう。

 だが、その女を穏やかな声が制した。






「そう簡単にはいかない。」






 冷え切った声が響いて、砂が辺りを埋め尽くし、とサクラの前に庇うように大きな砂の壁が作られる。とサクラが後ろを振り向けば、そこには我愛羅が砂のひょうたんを背に立っていた。



過去からの死者
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