目の前には火影である綱手、そして風影我愛羅、護衛であるシズネや我愛羅の姉兄、テマリ、カンクロウを前にして、はまた深々と着物についたフードを被る。

 もともと短冊街は火の国の南西にあるため、一番最初に到着する予定だったが、結局が襲われたため急遽国境地域まで来ていた風影一行と合流し、砂隠れ、木の葉隠れ両方の忍で護衛や班編制や予定を組み直すために、国境付近の宿屋で一泊することになった。





「おまえら二人がついていながら、何をやっとる!」





 綱手は当然だがナルトとサスケを怒鳴りつけた。

 二人がから離れたのは明らかな浅慮だった。は動けない。そのため一人はの足にならなければならない。そして一人が本当の護衛だ。普通の人間の護衛なら、人間は走れるが、は違うのだ。一人では逃げられないのだから、護衛にはいつもより一人多く人がいる。

 ところがその事実を先に理解していたのはサクラのみだった。そのためサクラはの傍から戦いが始まっても離れなかったのだ。なのに、サスケとナルトはを巻き込まないようにとわざわざから距離をとってしまった。

 自動的に敵がつけいる隙を作ってしまった。





「…ごめんだってばよー。そんなこと考えつかなかった…。」





 ナルトはしょんぼりと項垂れる。

 長らく一対一の戦いが多く、敵を倒すことだけの修行をしてきたサスケとナルトは、護衛という任務をすっかりと忘れていた。敵を倒せば良いのではない。今回の目的はを守ることなのだ。から離れるなど言語道断だった。





「まったくしっかりしろ。に何かあったらどうする。」




 綱手はため息混じりに近くにあった干菓子を口に運ぶ。干菓子は先ほどシズネがわざわざ持ってきてくれたものだった。




、おまえも大丈夫か?」





 沈みきった表情で俯いているに、綱手は心配そうに言う。




「…え、あ、うん。」




 は答えたが、酷く歯切れは悪かった。

 やはり自分が狙われているのを目の当たりにすれば、恐怖を抱くだろう。はチャクラを使えないのでなおさらだ。





「そうだ、おまえ、奴のことを知ってるのか?」





 サスケはフードを被って完全に表情を隠しているに問いかける。

 どうやらは敵を知っているらしかったし、話が正しければがイタチといる頃に何らかの接触があったと見て間違いない。敵の情報は知っているに越したことはない。

 はゆっくりと顔を上げてサスケを見上げる。その大きな紺色の瞳にいつもは悲しみの色も、苦しみもない。彼女は過去のあまりにも暗いしがらみや境遇に反して、いつも光を持った、無邪気な、明るく澄んだ瞳をしている。


 だが、その黒より薄いはずの紺色の瞳が、今は混沌としていた。






「…、」






 サスケは彼女の混沌を知っている。

 イタチが死に、トビによって連れてこられて出会った頃の、何にも興味のない、それでいて壊れてしまいそうな儚い、すべてを諦め、怯え、恐怖し、すべてを疑う、混沌とした闇だけを抱える瞳。

 はサスケと違ってあまりに人と触れあわなかったため、他者に自分の心をぶつけたりしない。

 だからこそ抱える闇は誰よりも深く大きい。自己完結しなければならない収まりどころのない感情を口にしないだけにため込み続ける。発散することを知らず、そのまま抱えて、絶望を育てながら時が来るのを待つ。





「…知らな、い。」






 震えた声音が、絞り出すように乾いた唇から漏れる。が返した答えは、それだけだった。 

 はそのまま俯き、フードを持って自分を誰からも隠すように手で深く被ろうと引っ張る。人の視線も、何もかも怖がる彼女は、時々その存在ごと消えたいのではないかと思う事がある。無理矢理聞いてしまえば壊れてしまう気がして、サスケはいつも尋ねることが出来なくなる。

 彼女の絶望と混沌は誰よりも希望を与えられなかった故に誰よりも深い。





「テマリ、カンクロウ。後で呼ぶから席を外してくれ。他の護衛もだ。」




 我愛羅はを慮ってか、周りの忍たちに言う。





「わかった。」





 ある程度火影からの事情を聞いているテマリとカンクロウは何も言わずに頷いて立ち上がり、席を辞した。他の忍も訝しみながらもそれに従う。




、安全のためにも、おまえには俺か火影と行動して貰うことになる。」 






 我愛羅はに告げる。

 別部隊で動いた方が気楽だろうと思っていたが、彼女が襲われるようでは元も子もない。サスケとナルトがいるとはいえ、二人だけでは護衛が難しいと分かった今、影とともに動くのが彼女にとって一番安全だろう。






「…ごめんなさい。」

「おまえが狙われることはおまえのせいではない。だから、気にするな。」





 震える声で謝るに我愛羅は言ってから、綱手に目を向ける。





「うちはイタチのことを知っているとなると、相手は完全に暁の奴だな。」







 当然暁には主要な構成員の他にも多数の協力者がいたはずだ。一応里同士が平和になったとは言え細々した問題は乱立しているし、小国との小競り合いも未だに多い。そのため、それに不満を持つ者が、暁を信奉して活動をするということが何度かあった。

 残党狩りはどこの国でも大きな問題だ。





「そうだな。どちらにしてもが利用されるわけにはいかん。」





 が捕まえられれば、透先眼以外はほとんど使えず、他者に攻撃も出来ない今のでは利用され尽くされて終わる。綱手としても、国家としても、そして五大国としてもを暁の残党に捕らえられるわけにはいかなかった。





、おまえは疲れているだろう。サクラ、部屋に先に案内しろ。サスケ、おまえは話があるから残れ。」





 綱手はそう言って、フードを被ったまま顔を上げないの背中を軽く撫でる。





「そうですね。、行こう。」





 サクラはそう言って、を抱き上げる。まだ体重が戻っていないを抱き上げることは、サクラにとって難しくない。綱手はとサクラの背中を見送って、息を吐いた。






「相手は一体誰だったんだ?」

「…わからない。生憎オレも暁については詳しくない。」







 サスケは首を横に振る。

 がイタチが死ぬまで暁でどんな生活をしていたのか、正直まったくサスケは知らない。イタチとの暮らしについて少しぐらいは聞いたことがあるが、それでも本当に一部のことで、楽しかった思い出しか聞いたことが無かった。

 そもそもイタチは暁において他の構成員がに近づくのを非常に嫌っており、基本的に全くと言って良いほど関わりがなかったという。だが、だからこそ、何かトラブルが起こっていればある程度絞られる相手のはずだ。





「構成員の生き残りはいないってばよ。」




 ナルトも大きなため息をついた。

 が自分から話さないなら、正直全くと言って良いほど分からないし、相手の予測もつかない。暁の情報は巧妙に隠されていた。そのためおそらく今裏で手を引いている人間を探し当てるのは簡単ではないだろう。





「もしかしたら、大蛇丸辺りなら知ってるかも知れないな。」





 綱手は顎に手を当てて、あからさまに嫌そうな顔をした。




「短冊街には奴も茶々入れしに来るのか?」

「…らしいぞ。」






 我愛羅も複雑そうな顔で尋ねるが、一応綱手とサスケが受けた連絡によると、彼は部下たちを連れてくるらしい。今となっては断る理由も少ないので、嫌だが受け入れることになっている。

 の体は非常に貴重な血継限界を有しており、普通の人間と薬も違う。大蛇丸は炎一族の研究を長年行っていたこともあり、の検査のためもあるので、綱手とサスケも大手を振って拒否できないという裏もあった。






「俺はどちらかというと彼女の様子の方が気になる。おまえらも目を離すなよ。」







 我愛羅は体調や先ほどの敵の襲撃よりも、それを受けたの精神状態の方が気になっているらしく、彼女が消えた扉を見つめる。





、なんか沈んでるっぽいよな。」





 ナルトも同じ心持ちなのか、心配そうに目じりを下げる。

 少しだけの過去を見せてもらったことがあるナルトにとって、彼女が抱える闇は自分と同じものだと知っている。否、彼女の方がもっと深いかも知れない。


 力を持つが故に疎まれ、時に望まれてきたナルトや我愛羅とは違う。


 あまりに人とは違う力を持ったが故に、疎まれ、希望すら与えられず、ただ日々を過ごした彼女の十数年間に育った心の闇は、例え僅かにイタチという光があったとしても、彼女の心に深く根付きすぎている。

 それをナルトと我愛羅は重々承知だった。





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