暁にいる頃のの世界は、本当にイタチと自分だけだった。
たまに鬼鮫などと動くこともあったが、任務がない時は大抵放浪するか、いくつかあるアジトにとどまることが多かった。廃墟などが多かったが、幽閉されておりもともと普通の生活などしたこともないにとって、どこでも一緒だ。
外の世界の争いなど知らない。たまにイタチや鬼鮫と一緒に出かけて、何人かの人々とただ暮らす。
年を経るごとに少しずつは体調を崩すことが多くなっていたし、子供を作ったりと動けなくなった時期は、廃墟に定住していた。かつての炎一族の幾人かの人間と、イタチ。色々芸事なども教えられたが、結局の所の興味はイタチしかなかった。
―――――――――――俺はおまえに選択肢を与えたい、昔、斎先生が俺にしてくれたように
イタチはそう言っていたけれど、ものを選んだことのないには全く分からなかった。
幽閉され、ただ僅かに与えられるものしか知らなかったにとって、望むことは非常に難しいことだった。望むほど与えられるものはなかったし、望むほど親しくする人間もいなかった。ただ疎まれてずっと育ってきた。
もしも望みがあるとすれば、イタチだけが自分を望んでくれた。だからイタチに愛されていたかった。実際に力を疎むの力を、彼が求めたことは一度もなく、彼はを女としてだけ求めた。多分な愛情を与えてくれた。だからイタチだけに愛されて、彼の傍で死にたかった。
彼がいなくなれば、自分など誰からも必要とされないと知っていたから。世界はイタチと自分だけだと思っていた。
彼が死ぬまでは。
――――――――――――あんたさえいなければ、姉さんは死ぬことはなかった!
自分がそこにいるだけで他者を傷つける存在だと、教えて貰ったはずなのに、忘れていたのだ。あまりに幸せ過ぎて、初めて望んで貰えたから、嬉しすぎて、彼が死ぬまで、忘れていた。
「?」
ふと気づけば、サクラが目の前にいて、心配そうにの目の前で手を振っていた。
「どうしたの?ぼーっとしちゃって、」
「あ、ん、いや、なんでもない。」
は言ってから、サクラの顔を見る。
彼女の顔には先ほどが襲われ、庇ったときに着いたいくつもの傷があり、大きな痣には湿布が貼られていた。は彼女が咄嗟に庇ってくれたおかげで無事だったが、代わりに彼女が傷ついた。それが申し訳なくて目じりを下げていると、彼女も気づいたらしく小さく笑った。
「このぐらい大丈夫よ。それにわたしは医療忍者だから。」
「でも、痛いでしょう?」
「まぁね。でも、たいしたことないわよ。」
サクラは明るく笑って、沈んだ顔をしているの頭を撫でる。
「はなぁんにも気にしなくて良いのよ。温泉、要するにバカンスなんだから。」
この温泉旅行にを誘ってくれたのは火影の綱手だ。五影や手練れの忍たちも集まるため、護衛上の関係もあるのだろうし、人がたくさんいるのは苦手だが、それでも少しだけ行ってみたいと思った。
でも、こんな風に襲われるのなら、うちはの屋敷でじっとしていた方が良かったのかも知れない。
「ナルトも、わたしも一緒の部屋だから、枕投げでもする?」
サクラは言ってのために1つだけしかれている布団の枕を手に取る。
「枕投げ?枕投げるの?なにに?」
「もちろん人に向かってよ。これでナルトかサスケ君をノックアウトするって事。お泊まりの恒例行事よ。」
「…」
バイオレンスな恒例行事だが、サクラの腕力なら十分にノックアウトできることだろう。
街道にあるこの宿屋は警備もしっかりしている上、火影が泊まれるほど贅沢な設備も整っている。たちが与えられた部屋も随分とゆったりとしていて広く、布団を敷く部屋と食事をする部屋がわかれており、外には日本庭園が広がっていた。
たまに池の鯉がはねる音も聞こえる。
「おぉ、結構広いってばよ!」
「本当だな。」
話が終わったのか、ナルトとサスケが襖を開けて入ってきて、部屋を見回して言う。
「おまえ、まだフードを被ってるのか。」
サスケはの姿に眉を寄せると、軽く手でくいっとの着物のフードを引っ張った。さらりとフードはの背中に落ちそうになって、は思わずそれを手で止めてしまう。
フードなんてただの布きれだ。でも、少なくとも他者の視線から自分をその薄い布きれが遮ってくれるような気がして、どうしても被るのをやめられない。精神的に不安定になったりするとなおさらで、ぎゅっとフードを手で掴んでいると、サスケがの前に腰を下ろした。
「、俺の前でそのフードはやめろ。」
そう言って、彼はフードを掴んだまま握りしめているの手を解く。
「言ったはずだ。言えないことやいいたくないことは構わない。でも隠し事だけはするな、って。」
最初に一緒に歩み始めたとき、サスケはに言った。
『言いたいことや言いたくないことはまだあると思う。俺にだってある。だからそれは待つから、隠し事だけはしないでくれ。』
心の準備が出来なくて、まだ言えないことは沢山ある。だからそれは言えないで構わない。ただ、隠し事や嘘はつかないと約束したはずだ。
「本当にあの女を知らないのか?」
闘いの中でが顔色を変えて泣くほど取り乱したことを考えれば、誰が考えてもが襲ってきたあの女を知らなかったとは思えない。しかしはサスケが綱手や我愛羅のまで知っているかを尋ねたとき、知らないと答えた。
それは絶対的な嘘だ。
はあまり嘘はつかない。元々嘘がうまいタイプではなく、今までサスケに嘘をついたことは一度もない。解釈の違いはあっても、明確な嘘をついたのは今回が初めてだった。
「……」
は黙り込んだが、フードを掴む手はカタカタと小さく小刻みに震えていた。俯いているため表情は窺えない。
「怒っているわけじゃない。これも言ったことだが、オレは察しは良い方だが、心が読めるわけじゃない。何故かは説明できるだろう?」
サスケはできる限り早口にならないように、ゆっくりと感情を押さえて言う。だがそれが逆に酷く重々しく響いて、がびくりと肩をふるわせた。目じりの下がったサスケの表情が俯いているには分からない。
「…ぁ」
の桜色の唇から小さな声が漏れるが、それは言葉にならぬままに掠れた。
サスケの眉間に皺が寄る。彼が口を開くよりも先に、ナルトが俯いているの隣に座って、フードの下のの表情をのぞき込もうとした。それをは嫌がってますます俯く。
「?」
ナルトの窺わしげな声音にサスケの方がはっとして、の顎に手を当てて無理矢理上を向かせる。
「やっ、」
珍しくが悲鳴を上げてサスケの手を振り払ったが、一瞬見えた表情にサスケは焦った。フードがあるから全く見えなかったし、窺えなかったが、の目には大粒の涙がたまっていて、表情もくしゃくしゃになっていた。
「ど、どうしたんだってばよ!」
ナルトも一瞬見えたの泣き顔に狼狽して焦ってわたわたし、サスケとの顔を何度も往復して見る。
「…ごめっ、なさ」
は震える声もそのままに言う。それは何に対する謝罪なのか、その声すら掠れていた。ぎゅっとはすべての視線から逃げるようにフードの端を握りしめて深く被ろうとする。それがここにいたくないとすら言っているようで、サスケはをどうして良いのかよく分からなくなった。
「、」
助けてと言われれば、手をさしのべてやることも出来る。ここが不安だと言ってくれればどこか別の場所を探すし、その不安を言葉で溶かしてやることも出来る。
だが彼女はあまりに他人に助けを求めることを知らなすぎる。
「どうしたら、わかるんだろうな。」
サスケはそっとに手を伸ばして、こつんと額を合わせる。
こうして、僅かでも近くにいれば、心まで見透かすことが出来れば良いのにと思う。
フード越しでは彼女の心は愚か、表情も窺えず、髪の毛の感触すらも分からない。理解してやることが出来れば、してやれることも増える。だがは自分から言うことはない。だから、サスケが彼女を理解するのは本当に難しい。
ましてや自分でも自覚があるほどの自己中で、他人の思いを踏みにじってきた自分だ。
歩み寄ると言うことは、決して簡単なことではなかった。
蝕み続ける闇を問う