が熱を出したのは襲撃を受けた日の夕方だった。
「…ごめんなさい。」
褥の上に体を横たえているは泣きそうな声音で綱手に謝る。
「気にするな、気にするな。襲撃も受けたことだし、立て直しのためにもどうせ二日はここにいる予定だったんだ。」
綱手はの枕元で笑って、の額に熱冷まし用の手ぬぐいを置いた。
「それに、おまえはよく体調を崩したんだろ?もともとだ。」
はこの間体調を崩してから、サスケと離れ、綱手と暮らしている。その事情もあって、綱手はがイタチといた頃の話もよく聞くようになっていた。
も恋人だったイタチを戦いの中になくしているが、綱手も同じだ。だからこそ、悲しみも共有できる。
の話では、元々はイタチといる頃から体が弱く、すぐに風邪を引いて体調を崩していたのだという。また気候の変化だけでなく、精神的な負荷にも弱く、何かあるとすぐに体調を崩して熱を出し、イタチを心配させていたそうだ。
の体調の悪さは、もともと大戦の時の怪我だけではないのだろう。
「先に行くなら、行って良いよ。わたし…」
「そんなもったいない。あたしはおまえを旅館に連れて行きたいから、参加することに決めたんだ。」
「…でも、」
「、」
綱手はそっとまだ言いつのろうとするの唇に自分の人差し指を当てて、言葉を遮る。
「あたしはおまえと一緒に旅館の贅沢なご飯を食べたいんだ。嫌か?」
「…嬉しい、」
「なら問題無いだろう?」
はどこまでも素直だ。だから綱手が素直に返せば、嫌だとは絶対に言わない。迷惑をかけてはいけないといつも思っているだ。遠慮しなくて、それでちょうどくらいだと綱手は思っている。
「…大丈夫なのか?」
サスケは心配そうな顔で綱手を見る。
こういう時サスケは心の底からを心配し、の体調に不安を抱いている。他人の方に重きを置きすぎて危機感が足りないと、危機感がありすぎて過保護になり、の負担になるサスケは、ある意味で正反対なのかも知れない。
「大丈夫だ。軽い熱さ。襲撃が少し精神的にこたえたんだろう。昔からそういうことがあったと聞いてるからな。」
「そう、なのか?」
「あぁ。だからそう言う程心配することじゃない。」
綱手は極力明るくサスケに言う。彼は綱手の言葉を疑ったようだが、どのみちサスケに医療忍術などわからないため、サスケは小さく安堵の息を吐いてを見下ろした。
「大丈夫なのか?」
「うん。大丈夫だよ。」
はサスケの手を握って言う。その手はいつもより僅かに熱かったが、サスケがその手を握り返せば、弱いながらもちゃんと力がかえってくる。だが紺色の瞳はサスケを見ておらず、目を合わせようとはしない。
先ほど問い詰めたことを、気にしているのだろう。僅かに腫れた目が痛々しくて、聞くに聞けず、サスケはどうすることも出来なかった。
「サクラ、の体調をよく見ておけ。サスケ、に負担をかけるなよ。」
綱手はの目元をなぞって、僅かに眉を寄せる。
「ばっちゃん、俺は俺は?」
「ナルト、おまえはくれぐれも静かにしていろ。」
「酷いってばよ〜」
ナルトは唇を尖らせて子供のように言って、大人しくの褥の隣に座る。
一度前にナルトとは二人揃って室内で水風船遊びをし、部屋を水浸しにしながらそれを笑って割って遊んでいた前科がある。本当に二人揃うとろくな事をしない。は楽しんでいたようだが、それとこれとは話が別だ。
「まだ夕飯までには時間があるな。風邪には一杯寝て、いっぱい食べるのが一番良いのさ。おまえは食が細いのがいけない。夕飯は一緒に食べるかい?」
「うん。一緒に食べたい。」
「わかった、その代わりそれまで寝るんだよ。」
「うん。」
綱手の言葉には小さく笑って、頷く。
綱手は明るく、にあまり細かいことを言わないため、にとっても非常に気楽に接することの出来る存在だった。特に預かられてからはたまに怒る綱手になれ、そう言った彼女の過激なところも気にならなくなっていた。
サスケが不安がるからサスケとともにいたい、でも、が一番心から安心できるのは綱手の傍になりつつあった。それを綱手も分かってか、忙しい身だというのにできる限り一緒にいてくれる。
「綱手様、」
「ん?」
「ありがとう。」
は綱手の綺麗な緑色の瞳を見て言って笑う。すると、綱手も笑い返してくしゃくしゃとの髪を撫でつけてから、部下たちに指示をするためか書類を持って立ち上がった。
「綱手のばっちゃん、本当にを可愛がってるよな。」
ナルトは少し驚いたように言って、綱手を見送る。
「…のお母さん、綱手様のお弟子だったらしいから、思い入れがあるんだと思う。」
サクラはを見下ろして言った。
綱手はの体調や生活を心から気に懸けている。もちろんそれはを閉じ込めた木の葉隠れの里の責任を、火影として重く受け止めているからだが、それだけではなく、やはり並々ならぬ情もある。また既に千手一族のほとんどは死に絶えており、は綱手にとって唯一の近しい親族と言えた。
「けほっ、こっ、」
が小さな咳を繰り返す。
精神的にダメージを受けると、は元々呼吸器官系が弱いので喘息を起こすことがある。一応先ほどそのための注射もしたので、しばらくすれば効果もはっきりするだろう。
「、今はひとまず、全部忘れて少し眠れ。」
サスケはの髪を撫でて目じりを下げる。
先ほどを襲った相手は暁の下部構成員の一人で、イタチとにとって何らか関係のあった人間のはずだ。は嘘をついてでもその相手のことを話したくないのだろう。それが彼女の辛い過去なのか、サスケには分からない。当然問い詰めたい気持ちもサスケにはある。
だが、体調を崩すほど思い詰めるのならば、流石に無理矢理聞き出す気にはなれなかった。
「来い、」
サスケはに声をかけ、の体を引き寄せ、頭を自分の膝に乗せる。人の温もりがあった方が落ち着くだろう。
「でも、頭重たいよ。」
「いっぱい詰まってるのは良いことだ。それに、夕食まで数時間だ。」
頭が重いと言っても夕飯まで数時間だ。足が痺れる程度で、問題はない。ましてやの重さなどたかだか知れている。
「おまえを傷つけさせたりはしないし、不安に思うことは何もない。」
サスケもナルトも、そしてサクラも強い。確かにさっきの襲撃では油断していたが、同じ失敗を繰り返す気は無い。が恐怖を覚える必要はないのだ。
「そうだってばよ。俺ら同室だしな。」
ナルトもを安心させるように手をひらひらさせる。紺色の瞳は、丸くナルトやサスケを映すだけで、感情が乏しい。
「…わたしが貴方たちを傷つけるかも」
ぼそりと鼓膜も震わせないほど小さな声で、が何かを言う。
「え?」
「…なんでも、ない。」
誰も聞き取らなかった言葉を繰り返すことなく、はくるりと丸くなって眠る体勢に入った。サスケはの布団を上から幼い頃にイタチにして貰ったようにとん、とんとゆっくりと叩きながら、を抱き締めた。
沈む 蝕む