我愛羅が彼女をサスケの所に送り届けようと、彼女を砂に乗せて彼女の部屋の近くまで行くと、慌てた様子のサスケが血相を変えて駆け寄ってきた。




!どこに行ってたんだ!?」





 怒鳴りつけるサスケが恐ろしいのか、はすぐに俯く。フードを被っているためか、我愛羅が部屋の廊下に彼女を下ろすと、背が小さいのも手伝って全くと言って良いほど彼女の顔は見えない。だが、が酷く怯えているように見えた。





「サスケ君!」





 サクラが慌てた様子でサスケを止めるが、そんなに簡単に止まる彼ではない。彼としても心配しているのだろうが、言葉選びが色々と問題だし、今を怖がらせてもよい事はないだろう。





「すまない。庭を見に連れて行っていた。」






 我愛羅が短く言うと、サスケはを追求する言葉を詰まらせた。

 一応身分をわきまえている彼はそれ以上風影を追求することは出来なかったらしい。は廊下に座って俯いていたが、顔を上げて我愛羅の方を目を丸くして見る。

 彼女はサスケに何も言わず、勝手にあそこまで出てきていたのだ。先日体調を崩していたと言うから、サスケが許可するはずもない。もしも這ってあんなところまでいっていたとサスケにばれれば、は叱られるだろう。

 その罪を我愛羅が被ったことに驚いているのだ。





「ここの庭は広いからな。熱も下がったらしいし、気も紛れるだろうと思ったんだ。だがもうすぐ雨が来るらしい、」

「雨って…あれ?」





 ナルトが先ほどまで晴れていたので不思議そうに首を傾げて廊下の方へと歩いてきたが、外を見て驚いた。青い空の向こう、遠くにどす黒い雲が見える。先ほどまで雲一つなかったと言うのに、驚きだ。

 我愛羅の言葉に後ろのサスケは明らかに面白くなさそうに不愉快だという態度をしていたが、サクラはそれがに見えないように遮る位置にすぃっと場所を移動した。





「全然気づかなかったわ。さっきまで清々しい程に晴れてたのに」





 サクラは雲行きが怪しくなってきた空を見上げる。確かに、僅かだが雨の香りがした。少し風があるから、雲が回るのも早い。あと一時間ほどで雨が降り出しそうだ。





「あぁ、が言い出した。どうやら空を見るだけで天気が分かるらしい。10分ほど前から言っていたんだ。」

「えー、すっげぇな。」






 我愛羅が言うと、ナルトは素直に感心したのか、の顔をのぞき込む。フードを被っているの表情は相変わらず窺えない。だが、はフードを僅かにあげて、我愛羅を見上げる。





「あ、あの、我愛羅、さん?」

「我愛羅で良い。」





 我愛羅さん、という響きは、初めて聞く物だった。我愛羅様と呼ばれたことはあるが、あまりさん付けで呼ばれたことはない。どちらにしても、自分は風影とは言え、仰々しいだろう。





「あ、えっと、我愛羅。」






 は少し口にするのに困ったような顔をしたが、意を決したように言う。





「ぁ、ありがとう。」

「そんなに、難しいことじゃない。」






 確かに我愛羅は彼女を庇ったが、別にそれは簡単な事だ。お礼を言われるほどのことではなかったが、少し嬉しくなって、我愛羅はの頭にフードの上から手を置く。軽く撫でると、フードははらりととれてしまったが、は別にそれを手で追ったりはしなかった。

 さらりと少し強くなってきた風に、肩までに切り揃えられた紺色の髪が揺れる。






、中に入るぞ。」







 サスケが不機嫌さを隠しきれない声音で言うと彼女はびくりとその細い肩をふるわせた。





「…まだ良いんじゃないか?すぐ降り出しそうじゃない。」





 我愛羅は言って、彼女の隣に腰を下ろす。

 まだ青空が見えているので、すぐ降り出すというわけではないだろう。風は強くなってきているが、風邪を引くほどの強い風ではなかった。別に特別涼しいというわけでもない。





「それに、は空を見るのが好きなんだろう?」





 我愛羅が問うと、は返事を返さなかったが、こくこくと頷いた。






「あれ?いつの間に仲良くなったんだってばよ。我愛羅。」







 ナルトが不思議そうに我愛羅の隣に座る。





「少し話しをしたからな。」

「ふーん。なんかおまえとならぼけっと空眺めてそうだってばよ。」

「ナルト、おまえとならとんでもないところに話が進みそうだ。」

「二人ともだもんね。」







 サクラがナルトと我愛羅の掛け合いに口を差し挟むと、が小さく吹き出した。

 いつもナルトとが話し出すと、分からないことを推測だけで語るので、全然違う結論に話が飛んでいく。この間も『お茶は緑だ』という話から、何故か『でも紅茶の葉っぱは茶色い』『きっと色をつけている』と勝手に発展して、最終的な結論は『食べ物の色は全部絵の具だ』と言う結論に落ち着いていた。

 もナルトも性格がよく言えば大らか、悪く言えば適当なので、勝手に解釈してそのまま勝手にすすんでいくわけだ。






は庭が見たかったのかぁ。ここ庭広いって綱手のばっちゃんも言ってたもんなぁ。面白い物あったか?」

「え、えっと、金魚がいたよ。」 








 は実際に庭を見たわけじゃないが、ちらりと見えた池に金魚がいたような気がして、咄嗟に言う。






「…金魚ではなく鯉だと思うがな。」





 我愛羅は一応訂正をしておいた。庭にいたのは赤い鯉だった。

 案の定は紺色の瞳を瞬いて、首を傾げたが、別にどちらでも良かったのだろう。





「ふぅん。じゃあおいしいんだね。」






 と、的外れな答えを返した。






「…、庭で飼われている鯉は食べないぞ。」





 サスケが少し困ったように言う。

 庭で飼われている鯉はあくまで食用ではなく観賞用で、だから赤や綺麗な白のまだら模様なのだ。あんなのが自然界にいれば明らかに良いターゲットになり、食われて終わりである。






「え、でも前にイタチと食べたよ。美味しかったし。」





 イタチは抜け忍だったため、川魚として鯉を食べたのだろう。は多くの動物を食用として見ていることが多い。それは抜け忍であるイタチと暮らしていたため、普通の食事よりも野宿をして食べる食事の方が多かったからだろう。






「あのな、、庭で飼われている鯉は見るためで、食べないんだ。色が美しいだろう?」






 サスケは子供に言い聞かせるようにに簡単な説明をする。少なくとも川で取った鯉は色が黒かったはずだ。自然界ではあまりに美しいと逆に生きてけない。






「え、おいしくないの?」

「いや、そういう問題じゃない。」

「ふぅん。」







 は納得した風はまったくなかったが、一応問うのをやめてふらふらと体を横に揺らしてみせる。別段興味も無いらしい。




、寒くないか?」





 少しずつ雨が近くなっているのか、風が出てきている。寒がりなには辛いだろうし、風邪などを引いても困る。






「ん?…んー、ちょっと。」

「だろうな。」






 もうすぐ秋も近くなっていて、寒くなる季節だ。炎の血継限界故に炎に強く、手を火に突っ込んでも火傷すらしないは、反対に寒さに弱く少し寒いと毛皮を着込みまくる傾向にある。にとっては厳しい季節がやってくる。

 サスケはの答えにきびすを返し、上着を取りに行く。






「もう一年になるんだな。」






 我愛羅はしみじみと空を見上げて呟く。

 大戦が終わって、世界が救われ、五大国が同盟を結ぶと同時にその後、友好的な関係を結びかつてない平和が訪れた。もちろん多数の問題は残っているが、温泉地に五影が揃って集まるくらいに関係は良好である。





「そっかぁ、あっという間だったね。」 





 は同じように空を見上げながら言う。

 大戦の後すぐに入院し、手術を繰り返していたにとってはなおさらにあっという間だっただろう。それでも彼女にとっては激動の一年だったことに変わりは無い。イタチが死んでから、彼女は苦労したはずだ。

 そして何よりも、彼女の傷を癒やすには、一年はあまりに短かった。



傷は寸刻、されど