「ふぅん、これは酷いわね。」




 予定を繰り上げてやってきた大蛇丸は、旅館に停泊していたの診察をして、物憂げに目を伏せた。




「どうなんだ?」




 綱手も心配そうに見下ろして、診察結果を窺う。心持ちは皆同じで、サスケもの背中を支えながら、縋るような気持ちで大蛇丸を見た。

 綱手と大蛇丸、正直世界でも医療忍者としてこれほどに優れた人間は他にいない。綱手の結論は非常に厳しいもので、それでもに治療に尽力してくれた。後は大蛇丸の診察で大体今後の方針が決定することになっている。




「まず目だけど、これは不可能ね。」



 大蛇丸はそっとの前髪を掻き上げ、紺色の瞳を見る。

 色合いは変わらないが、既に片方の目は透先眼にはならないし、視力も片方ない。見えているのは一方だけだ。




「貴方、これを結界の糧に使ったんでしょう?」

「わかるの?」




 は小首を傾げて、大蛇丸を見上げる。

 白炎を使う時、は他人を傷つけないようにまず強力な結界を背後に張った。それは白炎から他の忍を守ると同時に、マダラや十尾の攻撃から彼らを守ってくれるほどに強力な物だった。



「わかるわ。これは完全に持ってかれてる。それに、貴方はチャクラの微調整が苦手だもの。」



 の父方の蒼家の人間は結界術を得意としていたが、炎一族として莫大なチャクラを持って生まれてきたは結界を張れるほどチャクラコントロールがうまくない。そのが結界を張ることが出来た原因は一つ、目を犠牲に結界を張ったのだ。

 透先眼は千里眼の効用も持つ非常に力のある目だ。それとチャクラを直接焼く白炎を用いた結界は、当然強力で然るべきだ。はその力を持って、十尾を閉じ込め、勝利したのだ。

 大蛇丸にとって戦いを間近で見ていたからこそ、状態と推測でその結論にたどり着くことは難しくなかった。




「…俺の写輪眼を犠牲にするとか、そう言った方法では戻らないか?」




 サスケは動揺する心を押し殺して、尋ねる。だが大蛇丸は首を横に振った。




「透先眼は異空に通じる目と言われる。予言の目よ。サスケ君、貴方の両目を犠牲にしても、この目を手に入れることも、元に戻すことも出来ないわ。」




 戦いの力として用いられてきた写輪眼や白眼、輪廻眼と違い、透先眼は神事や予言に使われてきた、古代の力の名残だ。大蛇丸も研究しようとしたことがあるが、既にあまりに生き残りが少なすぎてどうしようもなかった。

 要するにデータも少ないわけだが、どちらにしても、何を犠牲にしても透先眼も彼女の視界も取り戻すことは出来ないということだけが分かっていた。

 サスケはぐっと唇を噛んで引き下がる。




「足の方は、どうなんだ…」

「完全に再生すると言うなら可能だけれど、今のところ、姫がその手術に耐えられるような状態ではないわ。」




 動かすことの出来なくなった両足だが、こちらは可能性はなくはない。それは綱手も同じ結論を出していた。だが、どちらにしても今の状態のではそもそも麻酔自体が心臓に負担がかかる上、肺活量がなさ過ぎる。



「歩けるようになるために姫が死んだのでは意味が無いわ。」



 誰もがが生きていることを望んでいるというのに、足を取り戻すためにの命を危険にさらすのは、大きな決断になるし、今のところ大蛇丸が思うに分の悪い賭だった。彼女の身体機能は莫大なチャクラに晒されたまま、完全に回復したわけではないし、元々体も弱い。筋力もない。

 幼い頃から幽閉されて一室に閉じ込められて育ったは手足の筋力も他人より弱く、前からチャクラでそれを手伝って動かしていた。だが今チャクラを大きく使用することは出来ない。仮に足を動かせる状態にしたとしても、一年以上歩いていない上にその事情がある。

 リハビリには他人の倍、それどころか手術をしたところで歩けるまで回復しない可能性も高かった。

 ましてやの一族である炎、蒼の両一族のデータは大蛇丸ですらも持っていないほど非常に少なく、頼れるのは綱手がこの間治療したときに積み重ねた知識だけだ。しかしそれで手術をするのはあまりに無謀な賭だと言えた。




「ひとまず少しでも筋力を養うために体調を見ながら、リハビリしなさい。話は全部、それからよ。」




 大蛇丸にしてやれることは、おそらくほとんど無い。清廉を旨とする蒼一族の体は、おそらく歪んだ術のすべてを受け入れないだろう。どちらにしても、手術の負担に耐えられはしない。



「ふぅん。」




 本人のは、診察が退屈だったらしく、体を横に揺らしながら興味もなさそうに紺色の丸い瞳で床の間に飾られている花を見ている。診察中も体を触られるのが鬱陶しいのか、すぐにむくれて質問に適当な答えを返すので、サスケから怒られていた。

 失った物を取り戻す気が無いのか、本質的に、失った物が戻らないことを理解しているのか、大蛇丸には分からないが、どちらにしてもサスケにとっては辛い現実だろう。

 彼女はサスケに巻き込まれ、そしてすべてを失ったのだから。




「ま、おまえが心配することはない。木の葉は全力でおまえをサポートするからな。」




 綱手はわざと明るく笑って言う。は綱手を見て目をぱちくりさせたが、「うん?」とよく分からない返事を返した。あまり大蛇丸の話を真面目に聞いていなかったのかも知れない。と言うか、にとって大蛇丸の話は別段どうでも良いことだったのだろう。




「あの花が気になるの?」





 あまりに聞いていなかったことを全く繕わない素直な反応のに大蛇丸は小さな笑みを零して、に問う。診察中はずっと床の間の立葵ばかりを見ていた。




「うん。立葵でしょう?」

「あら、知ってるの。」

「うん、イタチに昔もらったから。」

「ふぅん。幽閉時代に?」

「そうだよ。」

「面白いわね。」





 大蛇丸はクスクスと笑って立ち上がり、床の間に飾ってあった立葵をにとってやる。




「知ってる?立葵の花言葉。」




 存外芸事にも通じており、のお琴や三味線をさせていたイタチのことだ、当然その花言葉も知っていた事だろう。




「大きな志、とかね、大望って意味があるのよ。あとは、率直、とか。」




 彼はある意味で里にいたままでは、を助けられないと知っていたのかも知れない。だからこそ、すべてを受け入れて抜け忍となった。もちろんその発端はうちは一族の反乱未遂にあったことは間違いないが、彼も理解していただろう。

 彼が“木の葉の忍”である限り、形を変えることは出来ても、は一生幽閉されたままだったし、イタチが攫うことも出来なかった。

 イタチは幽閉されていたに、いったいどんな気持ちでそれを摘んできたのだろう。




「人間に、生きている意味なんて、ないのかもしれない。…でも」



 だからこそ、その意味を誰よりも探していたのは大蛇丸だ。幼い頃から幽閉され、誰にも必要とされなかったも同じだろう。だが、はきっと運命づけられていたのだ。




「貴方は、うちはのための花だったのね。」




 紺色の切り揃えられた髪が揺れる。

 かつて蒼一族にはうちは一族に嫁いだ女がいたという。歴史の中で、それがマダラにだったのか、彼の弟にだったのかは失われてしまった。でも、同じようにもまたイタチに愛され、そして今サスケに愛されている。

 争いは、蒼の花を持ったうちはから始まり、蒼の花を持ったうちはで終わる。




「長生きなさい、人生は楽しいわよ。」




 大蛇丸はそっとの紺色の髪を撫でつける。

 長く生きれば、それだけ様々な物を見る事が出来る。退屈を覚えることもあれば、諦めを覚えてしまうこともある。それでもここまで一回りして、時間はかかったが、穏やかに次の世代を見つめられるまでになった。





 ――――――――――――気持ち悪いよね。粘膜系で




 彼女と同じ顔をして楽しそうに、屈託なく笑っていた彼女の父親は、自来也の弟子の一人で、暗部で大蛇丸の部下だった。と同じまっすぐでさらさらの紺色の髪で、その同じ童顔で、同じように笑っていた。

 もちろん彼が吐く言葉はとはもちろん別物だったが、の笑顔は大蛇丸に懐かしさを覚えさせる。

 過去を取り戻すことは出来ない。でも、今を取り戻す手助けをすることは出来ると、大蛇丸も考えていた。



過去は取り戻せない