自分の心に重くのしかかる責任と悲しみ、罪悪感に抗う方法を、自分の心を整理する方法をまだ見つけられないでいる。



姫を襲ったことのある暁の人間?」



 大蛇丸は口元に手を当てて、不思議そうな顔をした。

 を襲撃した相手は間違いなくとイタチに関わる暁関係の人間のはずだ。それだけは間違いない。の敵を見た時の反応を見ても、どうやら彼女は知っているようだった。だが、が怯え、話さないのならば、誰か知っている人間に聞くしか無い。

 とはいえ、サスケは暁と手を組んだことはあるが、利害の一致程度の物で深くは知らないし、他に構成員で生き残っている人間もいない。大蛇丸なら噂程度なら知っているだろうとサスケが尋ねると、彼は不気味な笑みを浮かべた。




「そうねぇ、確かに噂だけれど、一人、イタチの寵姫を襲ってあのうちはイタチに殺された奴がいるって噂があったわ。」




 それは大蛇丸にとって楽しい話題だった。

 あのすました顔であまり感情的にならない、人殺しを避けて通る節のあったうちはイタチが、のために下部構成員を殺したのかと驚いたものだった。

 は大蛇丸にとって確かに研究としても欲しい存在だったが、イタチがいては常に無理だった。彼はの安全に最大限の注意を払っており、慎重に隠していたし、知っているのはおそらく鬼鮫ぐらいの物だっただろう。


 他の構成員であっても、の居場所がどこか、知らなかったはずだ。


 なのにその噂が出てきたと言うことは、イタチはそれを臆面も無く他の構成員のいるところで画部構成員を殺したと言うことになる。しかものために。

 その大々的な行動に意味があるのだろう、だが、その意味までを当然大蛇丸は知らない。




「そいつの詳細を知ってるか?」

「知らないわ。でも女だったって噂よ。」




 大蛇丸とて興味はあったが、流石に暁の事をすべて知っているわけではない。

 ただスパイの話では女だったと言う。サソリとはそこそこ交流があり、カブトがサソリの部下だった時期があるが、わかったのは相手は女で、詳しい経緯は分からないが、イタチにだけでなく、に危害を加えようとしたらしい。

 イタチはをどういう意味かはともかく溺愛していたので、手を出せばただではすまなかっただろう。




「そう、か。」




 サスケは少し考えるそぶりを見せる。

 確かにを襲った人間も女だった。くすんだ茶色の髪の、女。だが昔会ったことがあると言う事実以外はなんの情報も無いと言うことだ。バックグラウンドが見えなければ、相手を探ることも、能力を予想することも出来ない。

 どちらにしても、の機嫌の良いときに、本人から聞き出した方が良いだろう。




「うちはイタチはいつも、姫を壊れやすい玻璃のように扱っていたわ。」



 大蛇丸はその光景を思い出すように目を細めた。

 の体調が許す限り、イタチは彼女をずっと連れていた。残酷なところは全く見せず、常に大切に、ただ、世界の美しいところだけが見えるように、真綿でくるむように育てていた。うちは一族が滅んでから、おそらく彼が笑いかけ、愛情を注ぐ存在は彼女だけだった。

 が妊娠など頻繁に体調を崩すようになってからは、廃墟の屋敷や不知火を行き来し、彼女をすべての揃った籠の中に閉じ込めていた。それは、彼女が籠の中でしか生きられないと知っていたからだったのかも知れない。



 今となっては誰も分からないことだ。





「サスケ、いるかー。」




 ナルトの明るい声が響いて、襖が開く。彼は室内に大蛇丸がいるのを見るとあからさまに嫌な顔をした。




「失礼な子ね、ナルト君。」

「うるせぇってばよ。」




 相変わらずナルトの中には大蛇丸に対する苦手意識は健在らしい。




「どうした?」

「いや、の熱も下がったし、明日また牛車に乗って短冊街に出発するって。」




 既に我愛羅、綱手以外の影たちは短冊街の温泉に護衛とともに着いているらしい。綱手たちも二日遅れることになるが、影たちに既に事情は伝わっているという。




「そうか。は?」

「んー、やっぱ沈んでるって言うか、サクラちゃんの話では綱手のばっちゃんとは楽しそうに話してたらしいけど、やっぱ襲ってきた相手が誰かは言わなかったって。」




 綱手もを襲撃した相手を知りたかったらしい。だが、はやはりそのことについては俯いて口を噤んだ。それからは質問を警戒してか、も黙り込んでしまい、綱手も少し言い過ぎたのかと困惑していた。





「そうか。…吐かすか。」




 サスケが徹底的に責めれば、は泣きながらでも言うだろう。明日移動するなら襲われる可能性も高いわけだし、早いほうが良いのかも知れない。




「やめなさい、サスケ君。貴方、随分せっかちね。」




 大蛇丸は低い声で、サスケの思案を唐突に途切れさせる。



「あの子には、問い詰めない方が良いわ。いつか、心を壊すわよ。」



 は責められることに非常に弱く、確かにサスケがその事実を突っつけば答えはするだろう。だがそれはの心の傷を広げるのと同時に、のサスケに対する信頼すらも犠牲にすることになる。その信頼がなければ、が木の葉にいる意味はなくなる。

 きっと、この世に存在する意味さえも。




「だが、はどう考えても相手を知ってる。それを言わないなんて、」

「口にするのも嫌な、思い出があるんでしょう。」




 は元来素直な娘だ、その彼女がこれほどに嫌がるのだから、余程辛い記憶なのだ。

 彼女とて護衛の関係から相手の情報が詳しく分かっていた方が良いことは承知の上だろう。それでも口に出すことが出来ない程に、辛く悲しい出来事だったのだろう。




「サスケ君、貴方はとても賢い子。だから必要性を理解している。でも、短絡的に彼女を問い詰めるのはあまりよくないわ。」




 サスケは護衛をするために必要な情報をが知っているのならとから得ようとしている。だが、模試彼女を問い詰めて無理矢理言わせるならば、間違いなく彼女は傷つくだろう。それは彼女の過去の傷を大きく広げることで、事実を知ることになる。

 その天秤をサスケは理解するべきだ。




「…」

「それに、あの子は、現実は見てるわよ。だから、言わないのよ。だって捕まったらどうなるか分かる?」

「どうするって、」




 黙り込んだサスケの代わりに、ナルトは首を傾げて、考え込む。そして、「あれ?」と間の抜けた言葉を吐いて、口をぽかんと開けた。

 が仮に捕まったとして、敵はの力を利用しようとするだろう。そしてはそれに抵抗しようとチャクラを使う。だが今はチャクラを大きく使用すれば、身体機能を支えきれずに死ぬことになるだろう。だからこっぴどくチャクラを動かすなとサクラなどに念を押されているのだ。

 当然捕まれば、チャクラを使わざる得なくなる。





「敵のアジトで白炎を暴走させれば、暁の残党も焼き殺せて一挙解決。とか思わないかしら。」




 事実として、まだ確かに他の暁の残党は多い。が暁の残党が多くいるその場所で白炎を使えば、奴らを一掃できると考える事だって出来るのだ。

 サスケはその可能性に思い当たらなかった自分にぞっとする。




「あいつなら、」



 は他人を守るために身を犠牲にすることが平気だ。それを別段他人のせいだと思っていない。身を犠牲にしても、誰かの役に立つことが出来るのならばそれが最良の道だと信じて疑わない。



「体調やらを何もおいても、姫に必要なのは、誰かに必要とされているという実感。それがすべてをうまく運ぶわ。」



 大蛇丸の洞察力は、の本質をこれ以上無いほどまっすぐ見据えている。

 は難しい能力をその身に宿しているし、抱えたトラウマや闇も、ナルトよりもずっと大きい。今となっては体も悪い。だが、彼女の本質は別の所にある。

 彼女は今も昔も、誰かに必要にされたいと思っている。



「だからこそ、うちはイタチは姫と、驚くほどうまくやったのよ。」




 イタチは女としてを求めた。だから女としては芸事にも精を出したし、できる限り彼にこたえた。望むままにすべてを受け入れた。そしてイタチはを大切にし、心からに必要とされている存在だという実感を与えた。

 結果的にそれはの絶対的な信頼を勝ち得、イタチに間接的とはいえの白炎を操る術を与え、を掬うこととなった。




「肝に銘じておきなさい。体が彼女を生かすんじゃないわ。」




 心が、彼女を生かすのだ。体が生きていることが重要なのではなく、心が生きていることが重要なのだ。それをサスケは、が死ぬのを恐れるあまりに失念しているようにすら見えた。
心を守って