気分は少し落ち込んでいたが、綱手や大蛇丸が同じ牛車だと言うので、サスケと二人きりで問い詰められるよりは気がまだ楽だった。




「ほら、露店がいっぱい出てるだろう?」




 綱手は御簾を上げて豪快に笑ってに言う。




「店もたくさん、博打場もたくさんある。本当に楽しい街だよ、ここは。」

「綱手、貴方、博打をまだやめてなかったの?」




 大蛇丸は心底呆れたとでも言うような口調で低く問う。





「別に昔みたいに大きくやってるわけじゃないさ。だが、も見てみたいだろ?」

「ばくち?」

「そうか、おまえは知らないんだな。博打はな…」

「まともな人間は一生覚えなくて良いものだってばよ。」




 ナルトが横から綱手の言葉を遮って口を差し挟む。




「おいおい、そんなことないさ、博打の一つくらい…」

「綱手のばっちゃん、弱いんだからこれを機に足を洗うべきだってばよ。本当に火影だろ?」

「うるさい!火影が趣味の一つや二つ持っていたって良いだろうが!」

「だからって持つべき趣味が違うってばよ!!」





 ナルトと綱手は盛大な口げんかを牛車の中で繰り広げる。それをはおどおどと困った顔で眺めたが、隣に座っていたサスケがの肩をぽんと叩いた。




「放って置け。」

「え、でもサスケ、ばくちってなに?」

「一生知らなくても良いものだ。」

「まぁでも蒼一族は勘が良いから、一度ぐらいやらせてみても良いと思うわよ?」




 大蛇丸は口元に手を当てて怪しく笑う。その拍子に黒い髪が肩から滑り落ちた。

 道中は護衛の意味もあり、基本的にに手練れが着くのが基本と言うことになった。もちろん医療忍者も必要だ。結局大蛇丸の同席の強要などもあり、牛車の窓に近い席から綱手、、サスケ、そして反対側はナルト、大蛇丸という席次で牛車に乗ることになった。

 の熱は下がっており、一応旅館から短冊街の道はそれ程遠くはない。近くの牛車には風影である我愛羅や護衛のテマリ、サクラなども乗っている。




「貴方の父親も暗部にいた時代に博打をしてぼろ儲けしていたわ。あの子、勘だけは鋭かったから。」




 の父である斎が一時、大蛇丸の部下として暗部似たことは周知の事実だ。

 大蛇丸はころころと楽しそうに話すが、そのくせに何故か台詞は随分と皮肉めいていて、サスケは軽く訝しむ。




「引っかかる言い方だな。」

「あら、もちろん勘だけじゃなくて才能も一級品だったわ。ちょっと性格に難があっただけで、」




 大蛇丸は常日頃なら、相手の性格の悪さでも手玉にとって楽しむタイプだ。その彼が“性格に難がある”と評するのなら、余程思い通りにならない人間だったのだろう。





「一度だけならいいだろう?賭博も人生経験だ。」

「だーー!が何も知らないからっていらないこと教えるなってばよ!!」

だって行きたいだろ?」





 突然綱手に話を振られて、はぱっと顔を上げる。




に無茶苦茶おしつけるなってばよ」

「無茶苦茶じゃない。も私となら行きたいだろ?」

「え、…うん。」

!?」





 サスケが慌ててを止めるが、もう遅い。素直なが綱手に誘われていいえ、なんて言えるわけもなく、小さく頷いた後だった。




「よっしゃ!」




 綱手は嬉しそうに笑って、の頭を撫でる。




「どうすんだってばよ!ばっちゃん弱いのに!!」

「大丈夫よ。姫が選ぶのなら、それ程悪いことにはならないは。むしろ伝説のカモ、綱手姫と博打の天才の再来で良いんじゃ無いかしら?」



 大蛇丸はすました顔で言ってから、ぎろりと綱手を睨む。



「ただし、もちろん貴方が選ばないならって前提よ。綱手。」

「わかってるさ。私だって負けてばっかりってのは嫌だしね。」




 綱手もどうやらの“勘”をよく知っているらしい。大蛇丸からしてみれば当然と言えば当然。綱手と同じ千手一族の二代目火影扉間の妻は蒼一族だったのだ。彼女達の勘の良さはよく伝わっている。



「それにしても、貴方随分おどおどするようになったのね。」




 大蛇丸は窓枠に肘をおいて、のんびりとを見やる。

 もちろんイタチが生きている頃も彼女は別段気が強いわけでは無かったが、ここまでおどおどしてはいなかった。いらないことを言ってイタチに怒られているのを見たこともある。

 その頃のは脳天気で、いらないことまで思わず口にするような少女だった。

 たまにイタチに確認するようなそぶりを見せることはあっても、今のように何かものを言うときに他人の顔色を窺うことなどなかった。




「え、だって、わたし、他の人と、違うんでしょ?」





 は紺色の自分の髪を触りながら、言う。

 確かに紺色の髪は木の葉隠れでは有名な“蒼一族の色”だった。蒼一族は代々紺色の髪と瞳をしており、世界広しといえど、紺色の髪の一族を大蛇丸ですらも知らない。良くも悪くも珍しいのだ。

 はイタチからはなれて外に出て初めて、自分が他人と違うと言うこと、そしてそれが奇異の目を向けられる原因だと言うことを理解したのだ。そしてできる限り他の人間と同じように振る舞おうと、人の目を気にしている。


 イタチがいた頃にはなかった傾向だ。



 イタチはあまりに行儀以外の細かいことを支持しなかったし、言ったとしても笑って終わりだっただろうから好き勝手口に出来たし、振る舞えたが、は彼を亡くして何を基準にしたら良いのか、わからなくなったのだ。

 元々知らないのだから、なおさら戸惑いは大きい。他と違うと言う疎外感は、を孤独にする。

 確かに人見知りはあったが、人を怖がるようになったのもイタチが死んでからだ。要するに木の葉は、そしてサスケはをうまく庇護できていないのだ。

 だが、それを大蛇丸がわざわざ言ってやる意味は無い。




「変だって良いんじゃないの?」




 大蛇丸は長い舌をひらひらさせる。はその姿に「ひっ」と素直な悲鳴を上げて、サスケの方に体を寄せた。




「きっしょっ!」




 ナルトもなんの遠慮もなく隣の大蛇丸から距離を取る。サスケと綱手は慣れているため、ため息をつくに留めた。




「安心しろ、おまえは五体があって少なくとも普通だ。目の前の奴は時々一足歩行だしな。」




 サスケはすました顔で言って、を慰める。

 頭は大蛇丸だが、蛇の下半身で迫ってくるときもあるのだ。そういう点では世界広しといえど大蛇丸以上にアブノーマルな存在はなかなかいない。




「失礼な子たちね。」




 ま、良いけど、と大蛇丸は退屈そうに息を吐く。



、おまえ熱は大丈夫か?」




 サスケはやはりの体調が気になるのか、の額に手を当てる。は不安そうにサスケの反応を窺うようにじっと紺色の瞳でサスケを見上げている。

 サスケが自分の罪悪感故ににどう接して良いか悩み、体調を心配するあまりに厳しく当たったここ一年の間に、彼女は完全にサスケの顔色を窺うことを覚えてしまった。自分の感情や体調よりも、サスケの感情を優先するようになってしまった。

 サスケも先日大蛇丸にそのことを指摘されて、彼は馬鹿ではない、理解できたはずだ。




「なさそうだな。明日は自由時間だそうだから、どこに行きたい?」




 彼女の額に当てていた手をゆっくりとずらして、の紺色の髪を撫でる。



「…」




 はまだサスケの望む答えを探していたが、問われて困惑したように目をそらす。




「…旅館で、じっとしてる方が良い?」




 サスケが前そう望んでいたからだろう。の体調が良くても崩れるのが怖くて、部屋にいることを強制していた。だからそんな答えを最初に返すのだとサスケは気づいたが、気づかないふりをしてに根気強く問う。




「…疲れてるのか?」

「…うぅん。」

「だったら、どこかに出かけよう。」




 ナルトやサクラもいるなら、警備面でも問題は無い。ましてや綱手たちもいるのだ。言うと、は少し考えたが、「サクラに本を見せてもらう、」と小さく答えた。


歩み寄り