ぱちりと、薪が赤い光を宿して燃えている。









 サスケは乾きつつある自分の服を着て、の様子を確認している。

 青い顔をしているが、ひとまず息はしているようだ。


 山の川の水は冷たいし、は熱に強いようだが、おそらく寒さには弱いだろう。

 もう一枚乾いていた上着をに掛けてやった。


 最初から、崖の下の川が深いことは知っていた。

 一人で落ちれば、崖の岩にあたらなくても死んでいただろう。

 彼女が泳げないことは、初めて会った時に知っている。

 初めて会った時も、おぼれている彼女を助けたのだから。


 それがわかっていたから、がチャクラを封じられ、全く動けないことがわかった時、サスケは迷いなく手を伸
ばしていた。


 一人で落ちれば死ぬだろうが、二人で落ちれば、サスケは泳げる。

 生きる気力のないが水中で暴れることもないので、助けられることはわかっていた。

 サスケは青白いの頬をそっと撫でる。

 冷たいが、温もりがないわけではないことに、サスケは安堵した。






「まったく」






 忌々しげに悪態をつき、近くの岩に腰を下ろす。

 第八研究所の研究員に見つかる可能性もあるので、サスケは一応川沿いの洞窟で暖を取ることにした。


 しかし、洞窟は風が通らないぶん温かくなるのも早いが、なにぶん煙たい。

 ひらひらと手で煙をよけたが、慰めにもならなかった。




 水月達は、適当にやっているだろう。

 薪の勢いが落ちてきたので、木を入れる。


 その気配に反応してか、がぴくりと動いた。

 目を覚ましたようだ。

 ゆっくりとした動作で起き上がり、ぼんやりとした瞳で周りを伺う。






「くら・・・い・・・・、」







 怖い、と体を丸めて小さくなってしまった。

 もう夕刻で、日は落ちている。


 洞窟の中を照らすのは薪だけだ。

 は頭を抱えて、震えている。






、」






 サスケが声をかけると、びくりと大きく肩を震わせる。

 怒られることをしたのはわかっているのだろう。






「ど、して・・・」






 は小さな声で尋ねる。







「どして・・・助けたの?」






 泣きそうな高い声音は、震えていた。


 結界の中においていけば、サスケ達がを見捨てるとでも思ったのだろうか。

 だったら、心外だ。

 彼女は、仲間だ。






「助けたも何も、おまえも“鷹”の一員だろうが。」

「わたしは・・・マダラのつけたお荷物だよ。」







 はふっと自嘲気味の笑みを浮かべる。


 とて、サスケが自分を連れて行きたかったわけではないことは理解していた。

 も、マダラにイタチの弟について行けと言われたから、従っただけだ。


 マダラはイタチとの契約で、を粗雑に扱うことが出来ない。

 イタチはの不安定で暴走しやすい能力を持ち前のチャクラコントロールと絶対的な信頼でうまく扱っていたが
、そんなことの出来る才能と力を持った人間が早々いるものではない。

 マダラにその才能がないとは言えないが、少なくともはマダラが大嫌いだし、彼もそのことを感じていただろ
うから、扱いにくいお荷物だと思ったはずだ。

 イタチがおいていったお荷物を、弟のサスケに押しつけた。

 誰に言われなくともそんなこと、わかる。



 それだけだ。



 そして、その待遇に拒絶もせず甘んじていたのは、だ。

 イタチの時と同じように。






「もう良いよ。」






 はいつの間にかの肩に戻っていた白い蝶を手で包む。


 危険な、血継限界の媒介。

 輝く光は、滅びしかもたらさない。

 何かを守れる訳じゃない。



 滅びを必要とする人間などいるだろうか。

 だからこそ、はこの世界から消えるべきなのだ。








「助けてくれてありがとう。研究所の成功作、彼らの倒し方もだいたいわかったから、もうサスケ達は暁に戻った
らいいよ。」

「おまえはどうする気だ。」

「成功作を殺しに行くよ。」

「その後は?」

「・・・・・」






 は無言で返す。

 サスケは大きなため息をついた。

 答えなど聞かずともわかる。


 生きようなどとは微塵も思っていないのだろう。

 チャクラを封じれば死ねることがわかった今、成功作達を殺せば彼女が生きる意味は、ない。







「イタチは、おまえが生きることを望んでいただろう。」

「だろうね。」

「だったら生きようと思わないのか。」






 ここでが死ねば、イタチのしたことは無駄になる。

 木の葉から連れ出し、守り、育てた。


 未来に何も残らなければ、彼がしたことの意味は、なくなる。





「サスケは・・・・誰にも必要とされず、他者を犠牲に自分がただそこにあり続ける苦痛を知らないんだね。」






 自らの存在すら、憎々しくなる。

 自分を自分自身で殺したくなる。

 サスケはイタチを殺した自分が憎くないのかと尋ねた。



 は、彼を憎いとは思わない。



 むしろ、イタチを助けられなかった、共に戦おうともせず、守られるばかりだった自分の方が憎いと思う。

 必要とされない苦しみ。自分に対する絶望。

 そこに存在することすら望まれないのに、あり続けなければならない痛みが、彼にわかるだろうか。 



 は淡く笑って、洞窟の入り口から空を見上げる。

 漆黒の空には、かつてイタチと見上げたのと同じ、この間サスケと見たのと同じ、たくさんの星と月が浮かぶ。

 僅かにかけた月は、の白い頬を僅かに照らした。






「わたしは、なんのために生まれてきたんだろうね。」








 は心から呟く。

 結局壊す力だけを持って、一番大切なイタチに重荷を背負わせ、自分は一体何の意味があって生まれてきたんだ
ろう。


 がいなければ、彼らもひっそりと隠れ暮らし、研究所の実験体達も生まれてこなかった。

 あかねも死なずにすんだ。


 何も生み出さない力を持って、なんのために生まれてきたんだろう。







「わたしは、ここまでだ。」








 もう前にも後ろにも行けない。

 逃げることにも、進むことにも疲れてしまった。  



 ぱちりと、薪が音を立ててはじける。






「言いたいことはそれだけか。」






 静かな憤りを湛えた声が、に向けられる。

 怒りを宿した赤い瞳が、を睨み付ける。

 サスケはの胸元の着物を掴むと、洞窟の壁面に押しつけた。







「誰にも必要とされない痛み?そんなもの知っているに決まってる。イタチはうちは一族を滅ぼして里を出たんだ
ぞ。」







 父、母、親戚、せんべい屋の主人夫妻、友達、

 うちはの名を持つ、ありとあらゆる人々が、イタチによって殺された。

 幼いサスケにとっては入ったばかりのアカデミーでの友人よりも、うちは一族の知り合いの方が多かった。






「イタチには俺を守るというれっきとした理由があった。でも、よく考えてみろ、一族の奴らは、みんな俺のため
に殺されたような物なんだぞ。」







 イタチはサスケだけは助けようと里に頼み込んだ。

 そしてその願いと引き替えに、多くの同族が殺された。


 自分の存在は、彼らの命で出来ている。


 自分を殺したいほどの憎しみを、サスケは知っている。

 それでも、ここにあって、生きて、復讐を願っている。





「生まれてきた意味なんて知らない。でもここで死んだら、今まで死んだ一族のみんなは、イタチはなんのために
死んだんだ!」






 自分のために、死んだ人々。


 もうこの世界に存在しない、死んだ人々の覚悟に比べたら、自分たちの苦しみなんて、軽い物だ。

 生きているサスケやは、また幸せを見つけることも、寄り添うことも出来る。

 だが、死んだ人はもう出来ない。





、兄貴を想うなら、兄貴の死を無駄にしないでくれ。」





 サスケは、の胸ぐらを放し、抱きしめる。






「誰かに必要とされないと生きていけないんなら、俺が必要としてやる。だから、死なないでくれ。」






 もう失うのは十分だ。


 サスケの大切にした人々は、もういなくなってしまった。

 友人達を裏切ってまで信じていたイタチへの復讐すら曖昧になって、次は木の葉への復讐を願っている自分が、
こんなことを言うのはおかしいのかもしれない。



 けれど、もう、誰も死んでほしくない。

 兄の残してくれた温もりを、二度と失いたくはない。 






「わた、しは・・・・・・・・」






 がくしゃりと表情を歪め、泣きじゃくりながら、サスケに抱きつく。

 サスケは細いその体を抱きしめ肩に顔を埋めた。


 優しい温もりに、心が揺られる。

 イタチを失ってから張り詰めていた物が、少しだけ溶かされる。

 寄り添っても、傍にいても、傷が癒えることはない。



 まだ時間はかかるだろう。




 でも、それがわかっていても、寄り添い、寂しいときに傍にいて、慰め合うことは出来る。

 同じ思いを知るもの同士、お互いに支え合うことが出来るはずだ。


 は、堰を切ったかのように激しく、子どものように泣く。

 の泣き声を聞きながら、サスケも少しだけ泣いた。











どうして生まれてきたかは しらないけれど

( あなたとよりそうことで 傷をなめあうことは出来るから )