昼過ぎに短冊街の宿に到着すると、はサクラに短冊街のガイドブックを借りた。少し休んで明日には皆でいろいろな所に観光をすることになっている。





は甘い物が好きだから、甘味屋さんに行かない?」

「でもサスケは甘い物嫌いだよ?」

「そんなことは良いのよ、別に。サスケ君、まさか来ないなんて言わないわよね。」

がそれで良いなら、好きにすれば良い。」






 サスケは素っ気なく言って、ガイドブックを眺めているの頭を軽く撫でる。

 もちろん彼女がそのガイドブックの内容をすべて理解できるとは思えないが、写真を見て選ぶだけでも楽しいだろう。が楽しめるのなら一番良いのだ。それに意外なことに雷影も合流すると聞いているから、値段が多少張っても大丈夫だろう。彼は既に到着しており、夕食の席には同席する予定だという。

 雷影はなんだかんだ言って宿敵の娘であるが気になるらしい。が行きたいと言えば、折れるだろう。




「ねえ、この魚屋さんおもしろい。」

「…、ここ、ゲテモノも置いている店よ。ウミヘビとかまで食べるわよ。」

「ウミヘビ、食べたことない。」




 食べてみたいな、と言外に無邪気な紺色の瞳で言われてしまえば、サクラはもう口を噤むしかない。サスケも予想外の方面に結論が出て、ガイドブックに出ていたその写真を見て目をぱちくりさせたが、に決断を任せた限りは黙るしかない。




「へー面白そうじゃん、なんかデメキンみたいな魚だってばよ」




 ナルトはの決断を好意的に受け止めたらしい、楽しそうにの隣に座ってガイドブックをのぞき込む。




「おいしいのかな、でめきん?」

「俺も食ったことないってばよ。でもおいしんだろ。」

「いや、デメキンは金魚だぞ。それは金目鯛だ。」

「え?デメキンじゃないのか?」

「あの小さい金魚をおまえは食いたいのか?このウスラトンカチ」

「もしかしたらおいしいかもしれないよ。」

「だよな〜、サスケは珍しい物食いたくないのかよ。」

「うまいなら食いたいが、ゲテモノを食いたいわけじゃない。」




 はっきりと返すが、ナルトはデメキンの存在は知っているが、別に美味しければ食べても良いと思っているらしい。は食べられないものと食べれるもの、一般人が食べたくないものの区別がないので、結局ナルトと同じだろう。




「金魚は赤くておいしそうだよ。だって、タコもカニもおいしいでしょう?」

「…、カニもタコも元は赤くないんだぞ。ゆでたら赤くなるんだ。」

「うん。でも同じで赤いでしょ?きっと美味しいよ。」




 はにこにこ笑って意味の分からない自分理論を話す。どちらにしてもにとって金魚もなんでも食べてみたいのだろう。元々に好き嫌いはない。常識がないので、常識的な嫌悪感もない。虫でもなんでも言われれば食べてしまいそうだ。

 サスケとしては正直あまり食べたい物ではなかったが、その一言をぐっと堪える。もしもにそれを口にすれば、サスケが行きたくないからとすぐに先ほどの意見を取り下げるだろう。それは良くないと、大蛇丸に言外に言われたばかりだ。


 が、完全にサスケの顔色を窺っていると。





「どうだ?行きたい場所はしぼれそうか?」





 サスケはできる限りの意見が尊重できるように、あまり決めつけないように尋ねる言い方を選んだ。は「んー」とガイドブックのページをぱらぱらとめくりながら、ふと目をとめた。




「あ、可愛いじゃない。」





 サクラも反対側からそのページをのぞき込んで思わず呟く。

 少し古風で、繊細な細工の簪を扱う店だ。いくつかサンプルとして写真が載せられているが、小さな細工が綺麗で、確かに女性が明らかに好みそうな場所だった。




「ピンとかも置いてるし、私も行きたいわ。」




 サクラもも今は髪があまり長くないので、簪で髪の毛をまとめるのは難しい。だが、ピンであれば短くてもつけることが出来る。




「うん、可愛い。…でも、」



 は語尾を濁して、ページをすぐにめくろうとする。男のサスケには興味はないと思ったのだろう。が、サスケはそれを見て、ガイドブックをから取り上げた。



「ここから近いな。」




 地図を確認すれば、この簪屋は別にこの宿から非常に近く、2軒先の通りを左に曲がるだけだった。




「あ、」

「行きたいんじゃないのか?」

「えっと…」





 は意見をはっきりとは口にせず、目を伏せながらもちらりとサスケの表情を窺う。それからサクラを、次にナルトを見た。

 自分の意見を言うことに怯えるようなの行動に、サスケは彼女が木の葉に来てどれほどの負担を強いられていたかを知る。

 彼女の体調は悪かった。誰かを窺えるような余裕はどこにもなかったはずだ。しかしはいつもが死ぬことに怯えて不安定になるサスケの意向を先に読み取り、行動しようと努力しようとしていた。何も言ってくれないと憤りながら、その機会を奪い、外に出たいと思うを邪魔していたのはサスケ自身だ。





「木の葉に来てから、生活必需品以外買ってないし、良いだろ。」




 は木の葉に保護されてから体調を崩し、少し体調が安定してからは旧うちは邸に軟禁。足も悪くなったため恩赦を貰った後も自力で買い物に行けず、頼みのサスケも犯罪者として外出を許されない。人見知りで、挙げ句幽閉されていたりで友もいないは、ほとんど外に行けなかった。

 暗部などから生活必需品は支給されていたが、おしゃれな物品など買えるはずもなく、ここ一年を過ごしていた。

 たまには簪やピンを買っても良いはずだし、女なのだから、そういう物を好んで当然だ。




「確かにな。ついでに着物とかも買っても良いんじゃね?」




 ナルトもサスケの意見に賛同して明るく笑う。

 の着物も昔の蒼一族邸に保管されていた年代物の中古だったり、暗部から支給された色の褪せた物ばかりだ。あまりに見かねて我愛羅と会った時は綱手が綺麗な物を見繕ったし、何着か綱手の若いときの着物などを渡されていたが、それも今風とは言えない。

 短冊街なら最新のファッションもあるし、舶来物の着物も置いている。ショッピングをするのにこれほど適した場所もない。




「え、で、でも、みんないるんだし、」

「大丈夫よ。時間もあるし、それに綱手様だって絶対に行くって言うわよ。」





 綱手としてはは娘か、孫娘のような印象らしい。実際に遠い親戚にもあたる。だから思い入れも大きいのか、何かと世話を焼いていたし、それが楽しいらしい。戦争によって近しい家族をすべて奪われた綱手にとって、は新たに出来た自分の家族そのものなのだ。

 そして同じように、恋人を亡くした痛みを無理せずに共有できる存在でもある。




「欲しい物のリストでも作っておいたらどうだ?」




 サスケはそう言って、にガイドブックを返す。

 もしもあらかじめが欲しいと思っている物が分かっていれば、サスケだって先に下調べをすることも出来るし、それに沿って動いてやることも出来る。




「う、うー、でも良いの、かな?」




 は未だに不安なのか、上目遣いでサスケを見やる。





「良いだろう。俺たちは何度か来てるからな。」




 サスケやナルト、サクラは任務で何度か短冊街を訪れているし、火影の綱手など勝手知ったる庭の勢いだ。別に特別観光がしたいわけではない。ならばあまり来たことの無いが見て回りたいのならば、それに従うべきだし、買い物も彼女がしたいのならつきあう。

 彼女の望みが一番大事なのだ。




「そっか、じゃあ簪屋さんは行きたいなぁ。」




 がぽつりと本当に小さな声で呟く。それを何とか捉えたサスケは僅かに唇の端をつり上げる。




「なら、そこが最初だな。」




 少しずつ、望みを知ってくれれば良い。臆することなく口にしてくれれば良い。それを、サスケは全力でかなえてみせるから。







望みのありか